ダンジョン生まれダンジョン育ちの少年が現代日本で学園生活を送ります
緑黄色の覇気
第1話 ダンジョンでの邂逅
「よし」
とある少年が5.6mはあろうかという樹木を見上げていた。少しくせのある短い黒髪に黒い目を持ったまだあどけなさの残る少年、もとい九条千景は地面を思い切り蹴って飛び上がり、そのまま勢いよく木の幹を駆け上がって枝に飛び乗った。
「よいしょ...」
千景の目当ては木に成っている果実であり、猿のように軽い身のこなしで枝の上を移動しながら果実をもぎ取っていく。
「こんなもんでいいかな」
1分ほど樹上を飛び回って木の実を7つ集めると千景は満足そうな顔を浮かべて地面に降り立った。
千景はダンジョンと呼ばれる巨大な地下空間におり、物心付いた頃からこのダンジョンで過ごしてきた。ダンジョンには凶暴なモンスターが跋扈しているが、それらを退けて今のように食料を自身で調達しながら生活していた。
「ん?」
いつものように手に入れた果実を鞄につめていると、千景は何か違和感を覚えた。
ここから少し先にモンスターの気配を感じていたのだが、モンスターと一緒に不可思議な気配も混じっていた。それは千景が今までダンジョンの生活で感じたことのない気配だった。
(なんだろう...?)
千景は不可思議な気配のする方へ歩いていった。
「きゃー!」
「!?」
そうして2.3分ほど歩いていると突然甲高い叫び声が聞こえた。声は気配のしている方向から聞こえ、千景はすぐに走り出した。
「くそっ!」
「何でオーガがここに...!」
1.2分ほど森を走っていると先ほど聞こえた声の他にも悲鳴や叫び声が聞こえた。そして声の発生源にたどり着くとそこには男女四人組がおり、赤い巨躯の化け物が四人に襲いかかっていた。
「喰らえっ!」
四人はそれぞれ武装しており、青年の一人が手に持った武器らしきものをオーガと呼ばれた化け物に振り下ろした。
「ちっ...!」
振り下ろされた武器がオーガの肩に当たった瞬間、まるで鉱石を岩肌にぶつけたかのように鋭く甲高い音が鳴り響いた。青年の一撃はオーガを切り裂くどころか皮膚一つ傷つけることはできず、青年は顔をしかめて思わず舌打ちをした。
「ガアアアァァァ!!!」
全く効いてはいなかったものの自身に危害が加えられたという認識はきちんとあるのか、オーガは怒ったように咆哮をあげた。そしてその山脈のようにごつごつと盛り上がった、成人男性の胴体ほどはあろうかという隆々の腕を大きく引き、そのまま青年目がけて腕を振り抜いた。
「ごっ...がぁ...!!」
オーガの強烈なパンチに晒された青年は武器で拳を受け止めようとしたもののその勢いは全く衰えることはなく、青年は声にならない悲鳴をあげながら大きく後方に吹き飛んでいった。
「はやみせんぱいっ...!」
「かなえくんっ!」
「まじかよっ...!」
青年は数秒宙に浮いて飛行し、そのまま木の幹に叩きつけられた。吹き飛んでいった仲間を見て女性2人は名前を呼んで心配し、もう一人の男性は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
「グウウゥゥッ...」
オーガは小さく唸り声を上げると次は最も近くにいた女性の一人に標的を定めた。
「グオオオォォォ!!」
オーガは女性の方に向き直ると咆哮を上げながら目標目がけて突進し始めた。
「ひっ...」
近づいてくるオーガを前に女性は恐怖で顔を歪めた。巨躯に見合わずその身のこなしは俊敏で、瞬く間に女性に接近した。回避は間に合わないと判断したのか、女性は体をよじらせて腕を前に出し、何とか防御の構えを取った。
「くそっ...!」
「危ないっ...!」
残った男性の一人が駆け付けようとするがオーガは既に女性の目前であり、オーガの巨体が華奢な女性の体を轢き潰さんとした。
「はあっ...!」
千景は地面を蹴ってひとっ飛びでオーガの眼前に迫り、まさしく横槍を入れる形でオーガの顔に飛び蹴りを喰らわせた。
「ガアアアァァァ!!??」
オーガの突進の軌道は大きく曲がり、標的であった女性から大きく逸れてあらぬ方向へ吹き飛んでいった。1.2秒宙に浮いた後そのままオーガは地面をもんどりうって転がった。意識外から強烈な一撃をもらったオーガは思わず驚愕の声を上げていた。
「なに?」
「なんだ...?」
急に吹き飛んでいったオーガを見て四人組の面々は何がなんだか分からないといった様子だった。完全に固まっている面々を差し置いて、千景は追撃のためにまた地面を蹴って吹き飛んでいったオーガの元へひとっ飛びで近づいた。
「グオオッ!!」
地面に転がっていたオーガはすぐに体勢を立て直し向かってくる千景を見据えた。自身に一撃を加えたのが誰なのかをにわかに理解したのか、オーガの目は敵意が剥き出しだった。
立ち上がったオーガは上半身を90°ほど回転させて大きくしならせた。
「ガルアアァッ!!!」
そして千景が眼前まで迫ると上半身を反時計回りに回転させ、右腕を鞭のようにしならせた。上半身の回転としなりという勢いが加えられた右腕による一撃で、オーガは無防備にもこちらへ猛進してくる千景を迎撃しようとした。
「グアッ!?」
しかしオーガへ直進していた千景はその右腕が当たる直前に屈みこみ、オーガの腕は千景の頭上で空を切った。自身の渾身の一撃が空振ったことでオーガはすっとんきょうな声を上げ、勢いをつけすぎたせいで大きく体勢を崩してしまった。
「これでっ...!」
千景は一瞬全身に力を込めるとがら空きになったオーガの腹へ掌底を打ち込んだ。
「ガァッ...ゴァッ...!」
腹に一撃を入れられたオーガは声がつまって苦しそうに呻きながら動きが止まった。そして白目を剥いて前のめりに地面に倒れ伏し、そのままぴくりとも動かなくなったかと思うと、オーガの全身が淡く発光し始めて光の粒子となって跡形もなく消えてしまった。
千景とオーガでは一回りも二回りも体格に差があったが、千景の小さな手の平の一撃によりオーガはあっさりと倒されてしまった。
「ふぅ...」
周囲に他の脅威がないことを確認すると千景は体の力みを抜き、小さく息を吐いた。そして一番近くにいた、先ほどオーガに襲われかけていた女性に近づいた。一連の出来事は十秒ほどのことであり、四人組は呆然としていた。
「あ~、え~っと...」
女性に声をかけようとするが何と声をかけてよいか分からず、千景は不審な態度をとってしまう。
「あ、ありがとうございます...!助けてくれたんですよね...?」
まごつく千景を不思議そうに眺めながらも、まず女性は感謝の言葉を千景に述べた。
「...!」
そしてその言葉を聞いて千景は驚愕して目を見開いた。
「えっ...!?えっと...もしかして...日本の人...ですか...?」
女性が確かに日本語で謝辞を述べたのを聞いて千景は信じられないといった様子であり、身震いまでしていた。
「え...?はい...そうですけど...」
意味のある言葉を言ったかと思えば、意味の分からない問いかけをされて女性は困惑の表情を隠せないでいた。
「本当に...?本当にですよね...?早く父さんと母さんに伝えなきゃ...」
千景は混乱しているようでもあり興奮しているようでもあり、とにもかくにも平常心を保っていられない様子であった。
「す、すみません皆さん!すぐに戻ってくるのでここにいてください!周りにモンスターの気配はないので大丈夫だと思います!」
何やらぶつぶつと唱えていると思ったら急に大声を上げ、千景は来た方向へきびすを返して森の中へ忽然と消えていった。
――――――――――――――――――――
新連載です、よろしくお願いします。20話くらいまでは書き終わっているのでそれまでは毎日投稿します。学校に入学するのは16話からなのでそれまで気長にお付き合いください。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます