あの夏目漱石の千円札二枚はレジの中にはなかった。おまけにタバコの会計をしたレジの点検をしてみたが、売り上げ金の数値にも誤差はない。千円札は無いのにお釣りだけを渡したのであればマイナス五百円以上の数字が出ることになるのだが、販売データ自体が無いのだ。

 では防犯カメラには……ただ俺がタバコの棚をいじってたり、眺めては前を向く、そんな落ち着きがなく無意味に動いているだけのような姿が。

 肝心のあの二人は映っていなかった。

「ちょっと岡野君、どうしちゃったの? レジと映像の記録を見る限りは岡野君の自作自演ってことになるけど」

「そんなはずはないんですけどね……」

 お札を俺は受け取ったし、お釣りを俺は渡したし、男と女の声も聞いた、だからキャスターとメビウスのタバコを取ったんだ。

 あれが全部、無かったことになっているのか?

 店を出た時も俺が一連の行動でキャスターと二つのメビウスを棚から取り出してなぜか台の上に置いた物を持って出て行ったことになっていた。

「三十分も店の外で何をやってたの?」

 二人を追いかけて、その後は……と、この話をしても信用されることはなさそうだな。俺は諦めの境地になっていた。

「あの二人が来店してタバコを買った事実はないということでしたら、店を出た後の記憶はありません」

 これにはマネージャーはひどく当惑していた。

 ここまで仕事ができるアルバイトとして頼りにされて、この店の中心人物だった俺が幻覚でも見ていたようなことを真剣に語っているんだ。だからこそ頭ごなしに否定する言葉は出てはこなかったのが救いだ。

「……この件はもう忘れることにしようか、ねっ」


 あの業務用スーパー店員の行方不明事件は全国的に報じられて情報提供を呼びかける事態にまでなっていた。幾つかの街の防犯カメラにその店員と思われる人は映っていたものの、駅を囲むようにして造られた商業地区から出ていると確認できることはなかった。

 このことからそう遠くへは行っていないのでは? と推測することができるわけだが、だったらその店員は何処にいるんだってことになる。誘拐されたとして事件現場のど真ん中から離れずここまで果たして隠し通すことなんてできるのか。

 そしてこれは地元住民、近くで働く者の間で流れている噂だから知り得た情報なのだが店員が道案内をしたとされる老人らしき人は店内のどこの防犯カメラを調べても見当たらなかったということだ。

 店員が店を出た瞬間はしっかりと録画されていたが、そこに付き添う人はいなかった。

 外で待機をしている?

 いや、この店員は出入り口からは遠い奥の通路で作業をしていて近くで作業している別の店員に道案内をしてくるからちょっと外へ出てくると断りをいれている。

 なら店員と道を聞いてきたその老人、二人同時に店を出るのが自然なのではないか?

 俺と同じだ。違うのは俺は戻って来れたこと——

 なぜ俺は戻って来れたのか?

 考えられるのは、というものが俺にはあったことか。

 踏んでしまったあのタバコ——あれが落ちていたということは結局あの二人はタバコを実際に持つことができないのではないか?

 ってことはあの二人は彷徨う幽霊とでも……?

 今では滅多に見かけなくなったひと昔前の千円札にタバコの値上がりに驚く男、何よりあの見たことのない商店街はまさか……。

 俺はこの駅周辺の歴史を調べてみることにした。


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