第6話 生贄

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人間社会から遠く離れた、外部との関わりがほとんどない集落には、神という存在がいたりする。


集落の人々は神を崇め、神は集落を護った。

神の存在感は絶対的で、神さえいればどんな危険な魔物でさえ近づいてこない。

そんな神に人々は感謝し、供物を捧げた。


供物の種類は集落によって異なるが、私がいた集落では野菜や果物がほとんどだった。

神は供物を貰う代わりに、集落を護り続ける。

集落の誰もが神に感謝していた。


しかし、神とて野菜と果実ばかりでは飽きる。

ある時、神は言った。


「肉が欲しい」と。


私のいた集落では肉を食べる文化がなく、人々は苦悩した。

そもそも自分達以外の生き物は神の存在感により気圧され、虫の一匹すら入ってこないような場所だ。

肉なんて用意する術がなかった。


しかし、肉を用意しなければたちまち神は去ってしまうだろう。

人々はそれを恐れた。

神を失えば、どんな強力な魔物が集落を襲ってくるか分からない。

強力な魔物に襲われた時、長らく神によって安寧を享受していた人々には、それを退けることなど不可能だ。


よって、人々は考え出した。

生贄という概念を。


集落に産まれた1人の子供を、生贄として育て、神へと献上した。

種族的な影響か、その子供は多くの食べ物を食べて育ったのにも関わらず細身だった。

人々はそのことで神が去ってしまわないかと危惧したが、存外にも神はそれをいたく気に入った。


それ以来、その集落では定期的に生贄を捧げることが習わしとなり、何世代にも渡って生贄を捧げ続けた。

生贄に選ばれることは栄誉なことであり、自分の子が生贄に選ばれた親はそれを喜ぶ。

生贄となった子供も、それは栄誉なことであると理解し、神の口に合う身体になるよう励んだ。


そんな集落に私は産まれ、神に選ばれ、生贄となった。

生贄は栄誉なことであると教えられ、生贄としての心構えを説かれた。

食事は集落の誰よりも豪華で、私はそれを毎回完食した。


私が7歳となった時、神は言った。


「肉が食べたい」と。


神が周期よりも先に肉を求めることは珍しかったが、かと言って前例がない訳でもない。

よって、私は12歳になった時に生贄として完成すると予定されていたが、それを早めることになった。


私は神へと献上され、集落の全ての人々から羨望の眼差しを向けられる。


誰もがそれを無上の栄誉であると信じて疑わなかった。


そう、私以外は。


私は異質だった。

神に生贄に選ばれた時、誰がお前に食われるか、と思った。

自分に生贄がいかに栄誉あることかを説いてくる奴らを、頭がおかしいんじゃないか、と思った。

神への生贄?

そんな退屈な人生なんて絶対御免だと思った。


だから、私は反逆した。


圧倒的な存在感を放つ神に、一発拳をぶち込んでやった。

私は密かに磨いていた魔力操作を存分に解放し、神へ牙を向いた。

殺してやろう、そう意気込んで。


結果から言うと、神を殺すことは叶わなかった。

圧倒的な存在感を放つだけあって肉体だけは強力で、どれだけ殴っても殺せる気がしなかった。

ボコボコにしてやったが。


長きに渡り、人々から献上される供物を食べ続け、惰眠を貪っていた神は、無駄に図体がでかいだけの軟弱者だった。

肉体に宿るエネルギーは人のものを遙かに凌駕していたとしても、戦いの術を一切知らず、魔力が込められた私の拳を食らっては泣いていた。


しばらくの間一方的に殴り続けた後、今の自分では殺し切ることが出来ないとわかったので、集落を去ることにした。

しかし、私と神による戦いの間ずっと震えていた人々の中にも、多少度胸のあるものがいた。

そのもの達は戦い方など何一つ知らなかったが、食器や家具などから武器になりそうな物を見繕い、私に挑んだ。

きっと、神に見放されることを恐れたのだろう。


私はそのもの達に一切興味がなかったが、挑んでくるものはもれなく返り討ちにしてやった。

同じ環境で育っているのにも関わらず、私と彼らでは圧倒的なまでの力量差が存在した。

それを作ったのは食事か、心持ちか、才能か、その全てだったのかもしれない。


私はそのもの達から武器を奪い、一人ずつ殺していった。

立ち上がった者達の内、半数くらいを葬れば誰1人として私に楯突くことは無くなった。


邪魔をするものが居なくなったので、私は集落を去った。

いつの日か思い出したら、あの神を屠りに来ようと考えながら。


斯くして私は生贄の運命から解放された訳だが、それで人生が良い物に好転したとは言えなかった。

半月程度歩くことで森を抜け人間の街へと出向いたが、そもそも金がなかったので何もすることがなかった。

食料は森で獣を狩っておけば困らないものの、実に退屈な生活である。


そんな時だった、森で奴隷商なる存在を知った。

奴らはまだ幼い子供を主に扱っているようで、その子供達を奴隷として金持ちに売るのだそう。


ちょうどいい、そう思った。


私は自分の容姿には自信があった。

その奴隷商の元に向かい、か弱く身寄りのない少女を演じれば、すぐに私を奴隷にしてくれた。

「私たちが助けてやろう。」とか言って奴隷にするのだ、なかなか面白い冗談だろう。


その後、私はとあるボンボンの元に、奴隷商達が扱ってきた中では過去最高の金額で売られた。

そのボンボンは相当な金持ちだったようで、奴隷として買われた私にも部屋を一室寄越し食事も豪華だった。

量だけ見れば集落で暮らしていた時より少なかったが、質の面では圧倒的。

人間社会は随分料理が発展しているなと思いながら完食した。


ボンボンの元に売られてから数日すると、ボンボンが私の部屋へやってきた。

なにをしようとしたか詳細は省くが、どうやらボンボンには幼女趣味があったらしい。

そのボンボンに操を奪われるのは素直に気持ち悪かったので、その場でボコボコにしてやった。

ボンボンの頭を殴り気絶させ、ちょいちょいお金をくすねてから屋敷を去った。


今度はお金ができたので街で買い物をしてみたが、どうにも退屈だった。

それでも何もしないよりはましだったので、しばらくの間遊んでいれば次第にくすねた金も無くなっていった。


お金が無くなったので、新しい奴隷商を見つけて一芝居打った。

再度奴隷になり、ボンボンの元へ売られ、金をくすねて街で遊ぶ。

各地を転々としながらそんなことをし続けていた。


しかし、私の退屈はなくならない。

金を使って一時的に凌ぐことができたとしても、根本的な解決には至らない。


この地でも金が尽きたので、適当に奴隷商を探し回った。

だが残念なことにここには奴隷商がおらず、仕方無く適当な盗賊に捕まってやった。


それが、今日の昼くらいの出来事だ。


夜になり、今回はどんなボンボンに売られるのだろうかと考えていると、外が騒がしくなった。

どうやら盗賊が何者かに襲われているらしい。

今までも何度か盗賊の元にいたことはあったが、こんな事は初めてだ。

退屈を凌げるかも、と少し心が踊った。


盗賊は即刻始末されてしまったらしく、その何者かが私の元へ向かってくるのがわかった。

戦いになるだろうか、その者の家に行くことになるだろうか、なんでもいいから退屈を凌げるものを期待した。


バサッ


布がめくられる。


私は得体の知れない黒ローブと目があった。

3秒ほど見つめ合った後に、黒ローブは何かを悟った様子で気まずそうに布を被せてきた。


予想外なその行動に、私は口角が上がるのを感じた。



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