【青春恋愛短編小説】蝶の軌跡と君の言葉 ~私たちの知らない世界の見つけ方~(約9,000字)
藍埜佑(あいのたすく)
第1章:『顕微鏡越しの視線』
春風が桜の花びらを舞い上げる四月の午後、
「やっぱり、これは……」
空央は思わずつぶやいた。プレパラートに封入された試料からは、予想もしなかった構造が見えていた。
ノックの音が聞こえ、ドアが開く。
「失礼します。生物実験室は……あ」
文芸部の
「葉山くん? こんなところで何してるの?」
「ああ、美咲さん。ちょっと気になる試料があって」
空央は顕微鏡から顔を上げた。机の上には、観察ノートが広げられ、緻密なスケッチが描かれている。
「へぇ、すごい細かい絵……これって何の?」
「うん、実は蝶の翅なんだ。でも、普通とはちょっと違う構造が見えて」
月詩は興味深そうに覗き込んだ。
「わぁ、きれい……! まるで万華鏡みたい」
その瞬間、二人の手が触れた。慌てて離れる二人の間に、微妙な空気が流れる。
「あ、ごめんなさい。私、文芸部の原稿用紙を取りに来ただけだから」
「ああ、そっちの棚にあると思うよ」
空央が指差した方向に歩きながら、月詩は何か言いかけて止めた。彼女の長い黒髪が、夕陽に照らされて輝いている。
文具を手に取った月詩は、何度か空央の方をちらりと見たが、結局何も言わずに部室を出て行った。
扉が閉まる音を聞きながら、空央は深いため息をついた。隣のクラスだった一年の頃から気になっている女子だが、どう接していいのか分からない。特に最近は、彼女が文芸部の部長になってからますます話しかけづらくなっていた。
空央は再び顕微鏡をのぞき込んだ。蝶の翅の構造に、これまで見たことのない干渉色が見える。この発見は、きっと生物部の研究に新しい視点をもたらすはずだ。
だが、どこか心ここにあらずの様子で、空央は窓の外を見やった。校庭を横切っていく月詩の姿が、夕陽に溶けていくように消えていった。
その日の夜、自室のデスクに向かった月詩は、一冊のノートを開いた。
「今日は、不思議な出会いがあった」
万年筆を走らせながら、彼女は午後の出来事を書き留めていく。
「顕微鏡をのぞいていた葉山くんは、まるで違う世界の住人のようだった。私には見えない何かを、彼は見ているのかもしれない」
ペンを止めて、月詩は窓の外を見上げた。満月が優しく輝いている。
「でも、それは私にも分かるのかな……?」
つぶやきは、誰にも聞かれることなく、静かな夜空に溶けていった。
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