幻影の追跡
影守 燈
第1話 終わりの無い追跡
冷たい空気が肌にまとわりつく。薄暗い廊下の先に何かが見えるわけでもないが、心の奥底で何かを感じる。それは、必ずや来る恐怖の兆しであり、背後から迫る足音がその不安を確実に現実のものにしていた。
足音はだんだんと大きくなり、次第に足の裏に伝わる振動となって俺の体全体に響く。その音の一歩一歩が迫るたびに、恐怖の波が増していく。だが、この瞬間、何かが変わった。以前と違って、焦りや恐怖の中にも、ある種の覚悟が生まれた。
「この辺にいるのは分かっているんだ。早く出ておいで。」
その低く、ねっとりとした声が屋敷全体に響き渡った。鬼の声だ。恐ろしいほど冷徹で、心を打つその声には命を奪う意志が込められている。その言葉が耳に届くたび、俺の胸の鼓動が速くなり、全身を震わせた。
俺は身を縮めて毛布の中に潜り込む。手で口を押さえ、息を潜めながら、心臓の鼓動を感じる。それはまるで爆弾のようで、体内で重く響く。その音がやがて鼓動とともに屋敷の壁に吸い込まれ、鬼に聞こえているのではないかと恐れる。
冷や汗が額を伝い、体全体を濡らす。手が震えるのを感じながらも、毛布を一枚一枚、息を殺して押し込んでいく。冷たい空気が毛布越しに触れてくるたび、肌が凍るような感覚が走る。周囲に何もないが、目の前には死が確実に迫っていると感じていた。
「やはりこの毛布が怪しいです。」
その声が、さっきの鬼の声とは違って、冷徹で計算されたものだった。狼使いだ。彼は何度も俺の匂いを追ってきた。足音が近づく中、狼の鼻が次第に俺の匂いを嗅ぎ取っているのを感じる。鼻がひくひくと動き、僅かな音で俺の存在を確認しているのだ。
喉が乾き、息を荒げるまいと必死に堪える。息をしても音が立たないように、手で顔を覆い、身を小さくする。死ぬのは嫌だ。こんなところで、こんな恐ろしい連中に捕まるなんて耐えられない。俺にはまだやり残したことがある、逃げる、戦うしかない。
毛布越しに、鬼の影がじわじわと近づいてくる。まるで闇が歩いているかのようだ。足音が近くに迫り、次第に俺の心臓が音を立てそうになる。その恐怖が今、身の回りの空気を固めていく。目を閉じると、過去の思い出が走馬灯のように浮かび上がってくる。幼い頃の家族との時間、親友との約束、そして今まで失ってきたものたち。どれもがかけがえのないものだった。
「まだ、死にたくない。」
その瞬間、何かが弾けた。これまでの全てを投げ出して逃げるために、そして死にたくないという必死の思いから、俺は決断した。
毛布を一気に振り払うと、瞬間的に全身全霊で鬼をなぎ倒した。目の前で彼の巨大な姿がよろめき、俺の手が一瞬だけ、彼を打ち砕いたかのように感じた。続けざまに、狼使いの腹に蹴りを入れる。驚きの表情を浮かべた二人の顔が、目の前で引きつるのを見た。無言で、俺は全速力で屋敷の廊下を駆け抜けた。
足元は不安定だったが、次の一歩が命を分けるという思いで、速足で走り続ける。俺の頭の中には、これまで何度も逃げた記憶が鮮明に蘇った。廊下の罠、階段の仕掛け、そして安全地帯の場所。これらの情報はすべて頭に入っている。逃げ続けてきたからこそ、全てが分かっていた。
「今だ。」
ようやく、安全地帯に辿り着いた。壁に背を預けるようにして、息を整える。頭の中で警戒しながらも、しばしの安堵を感じた。鬼の足音はもう遠くからしか聞こえない。この場所は、奴らが踏み込むことができない安全な場所だ。
だが、この瞬間に感じた安心感も束の間だった。目を開けて見渡すと、屋敷の内部は依然として不気味な静寂に包まれており、完全に抜け出す方法は見えていない。
「まだ……この屋敷から完全に逃げ出す方法が分からない。」
その言葉が、すぐに俺の口をついて出た。追跡劇は終わっていなかった。どれだけ逃げても、この鬼ごっこは終わらない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます