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    私の出身地、居住地、それにあの歴史物の長編があるせいか、よくキリシタン、いやいやクリスチャンかと勘違いされるのですが私も無宗教ですね。
    親戚知人には当然のようにカトリック教徒も多くいるのですが。
    カクヨム内にも宗教に似た団体がありますよね。うっかりその団体の自主企画に足を踏み入れると「教祖様」への賛美が(以下自粛)。
    「全ての人は『神の下で』平等」とアルメイダも言っています(多分)。
    教祖も信者も異教徒も平等だと健全な宗教と呼べるのかなぁ。

    作者からの返信

    西野ゆうさん

    キリスト教はじめ、歴史ある宗派はきいても「へーそうなんだー」くらいですが、ややこしい系だと「お、おう」と身構えますよね。代替わりするにつれてマイルド系に舵をきってるみたいですが、とはいっても一歩なかに入ったらヤバい人が大勢いそうです。
    カクヨム内の教祖さまも、一人ではなくいろんなジャンルに新旧いて、それぞれが大きな島を持ってそうですね(笑) その人たちはそういう強い星に生まれついてるんだろうな~。
    崇めているというか、媚びてるというか、イエスマンの人たちが大勢集結しているような島には近寄らないようにしています。必要な人数はもう足りてそうだし(;´▽`A``

    教祖と信者が平地に平等というのも実はかなり難しそうです。やっぱり父的なものであったり、冒しがたく盤石である存在、つまりは「神」の代替としての存在を人は教祖に求めるので、白でも黒と言い切るような、ある種のカリスマや独裁者的な特異なメンタルをもってる人がそのポジションにおさまりやすいのではないでしょうか。
    または私利私欲を捨て去った修行僧みたいなタイプか。

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    信仰自体は否定しないのですが、現代では神というのは虚像だということがはっきりしています。日本人的な崇拝する神としては「お天道様が見ている」のような性善説で成り立っているので、祈りが足りないだの、お布施が足りないだのというものはもはや宗教ですらない気がします。
    あまり声高に言うと「変な奴」と認定されるので、人前で言うことはないですけどね。同じような考え方をアインシュタインもしていましたので、あながち間違いではないと思うのですが。

    作者からの返信

    中里朔さん

    こんにちは!
    虚像であれ、幻覚や、現人神であれ、人間が必要としてきたから今にいたるまで神の概念は消滅せずに残っているので、完全には否定できないんですよね。
    ままならぬ天候や天災、病や死に揺さぶられてきた人間が、何かに向かって祈る。その気持ちが「神」に集約された結果なのでしょう。

    教祖だけが大儲けというタイプの新興宗教が雨後の筍のようにまったく絶えることがないのも不思議ですが、ああいうのは日常生活ではお目にかかることのない威圧や脅しでもって入信を迫ってくるので、靡きやすい人は魔術に引っかかるようにして、コロッともっていかれるみたいですね。
    ちょっと陰謀論にも似てるでしょうか?
    自分だけが真理を掴んでいるのだという優越感が魅力なのかもしれません。
    とりあえず他人に迷惑かけるなと。


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    深入りしたらヤバいかもしれない宗教と言うテーマをしっかり捉えた、いいエッセイだと思います。

    それでは、未来の地球を見てきたようなことを書かせてもらいます。

    人間も含めて生物が文明や宗教を持つというのは、その生物が現状に満足していないからに外なりません。

    さて、3億年先の未来の地球では、たとえ人類が核戦争で滅んでも生き残ると考えられている「ゴキブリ」が生き残っています。

    彼らは、「ゴキブリ」の形をした神様や仏様を拝んでいます。
    その頃の地球では、彼らが文明を持つ少し前の地球環境の違い(紫外線の強度)によってそうなった、白っぽいゴキブリと黒っぽいゴキブリが、5000年も宗教戦争をしています。

    彼らは、やはり、光ったものと高いところが好きです。

    そして、羽があるのに、自分の羽で飛ぶのは疲れるからと言って、ドローン型の自家用飛行機を乗り回しています。

    やがて彼らも気づきます・・・このまま地球環境を汚し続けたら、その内に「ゴキブリ」も住めない地球になるのではないかと・・・
    しかしながら、文明を持ったということは、実情に満足していないからであり、それはそのまま、自滅の道を歩むことになるのです・・・人間がそうしたように。

    以上は、とある国立大学法人の名誉教授さんが偉そうに言った言葉です。

    作者からの返信

    こんにちは。

    とある国立大学法人の名誉教授さんはゴ○○○の知能の限界については無視ですか(;´Д`)
    人類が滅亡した後のことは何が生き残って地球がどうなるのかは、記録する者もおらず、太陽が爆発するのを待つばかりになりそうです。

    宗教や文明を持ったのは、現状に満足していないから。というのはそうかもしれませんね。

    現状、幸せに生きていたり、なにかが不足でも日々の愉しみを見つけることが出来る人は、あんまり怪しげな宗教には吸い寄せられない気がします。

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    こんばんわ
    しっかりしたエッセイ読み応えありました
    宗教を信じるのは良いとして周りを拒絶する感じでいながらこちらへ来かなければ堕落だと貶める
    そんな親の元に生まれ宗教を押し付けられる
    宗教でなくても自分の意思とは異なった進路を強制されることもあるでしょうし
    親子と言えども別人格なんだということをキチンと理解しないといけないですね

    作者からの返信

    凛花さん

    ありがとうございます~。
    もともと、人と社会に迷惑をかけないのなら誰がどんな宗教の信者だろうが好きにしたらいいじゃん、くらいの気持ちなんですけど、社会に迷惑どころか、世界史にも刻まれるようなテロ集団と化した団体もあったりするので、新興宗教のイメージはすこぶる悪いですよね。

    強引な勧誘と、なんだかんだ云いながら金を取り上げていくという点が、好きにはなれないところです。

    それでもそれが自分の考えた選択ならしょうがないのですが、二世さんは自分が選んだわけでもないのに、生まれた時から勝手に組み込まれちゃってるので、子どもらしい子ども時代すらないんですよね。
    テレビもゲームも読書も、あれもこれも禁止されてしまうので。

    そんな純粋培養ともいえるような二世さんでも、逃げ出すので(笑)、いくら外との情報を遮断していても「おかしい」と気づくくらいには、内部は相当歪んでるんだろうな……と。

    そんな悪いところばかりではないでしょうから、たまには悪くはないところもある、かも、しれません(^^;)


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    こんばんは。

    私は親が新興宗教にどっぷりでして、手術や輸血はダメだと言われ育ったのですが、私自身は手術もするし趣味は神社巡り(新興宗教全く関係ない普通の神社)という外道でございます笑

    インチキな宗教団体がやたら末端の信者に「勧誘」をさせるのは、実は「信者を増やす為」と共に「地域のコミュニティから孤立させて宗教団体に依存させる為」だったりします。
    中々闇深いです。
    神様が存在するかは別にして、教えに説得力があれば自然と人が集まる様な気がいたします。

    「宗教は本来、自分と人を救うものとして作られたことを疑わない。」
    おっしゃる通りです。
    心の拠り所である分には良いと思うのですが、人生を壊すような宗教団体は無くなって欲しいなと思います。

    作者からの返信

    縦縞ヨリさん

    こんにちは!
    ヤバいことで悪名名高い(この時点でどうなのそれ……)あれや、あれや、あれ、だけでなく、あまり知名度が高くないところも一歩なかに入ると大変みたいですね。
    二世の方の証言を読んで知るばかりですが、完全に虐待じゃないかと。
    手術や輸血を禁止にしているところもちらほらありますけれど、わが子が大怪我してもそれを貫けるのなら、頭おかしいでしょ(暴言)

    教団に依存させるために宗教勧誘をさせて、過去の人間関係と縁を切らせて一般社会に戻れなくするなんて、やり口が外道のひとことで愕きです。
    裏を返せばそれくらい、堂々と名乗れない・社会には歓迎されない・知られたくないことをやっている。
    実際に、宗教にはまった親族と縁を切ったなんて話も珍しくありません。
    保険の勧誘をすると友だちを失うみたいな話ですよね。

    説得力は、きっとあるんでしょう。
    それに加えて、カリスマ性があったり。
    独裁者になれるか? といったら普通の人はなれませんが、悪い意味でのその適性と才覚がある人が稀にいて、悪徳宗教の教祖もそれと同じなんでしょうね~。

    勧誘の手口が広まっていても、それでも人間は何かで行き詰って、孤独になって、どこにも行く処がないとなったら、もしそこに「どうぞどうぞ」と手招く門があれば頼ってしまう。
    そんな人間の弱みにつけこんで、結局は「金」を吸い取るのが目的の悪い宗教は、厳しく取り締まって欲しいですよね。


    前向きな二世の座談会なんかを流し見ていたら最近はお金を出さなくても参加できたりするみたいです(奉仕活動はあります)
    納得した上で、二十代の安い給料から何分の一か、お金を差し出す二世の若者もいます。
    その活動が自分にとって生き甲斐になり、社会に迷惑をかけず、自己完結できるのであれば、意外と悪くないところもあるのかもしれませんね。

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    マルチもそうだけど末端の信者は高級車なんて乗らずに安い軽に乗って仕事をして稼いだお金からお布施を払って仕事が終わってから毎日お祈りして教会の掃除をして、大抵良い人達なんですよね。
    それなのに宗教に染まらない奴らは悪だからあいつらを布教しろ、教義を信じない奴らは敵だからもう関わらないとか言われても、末端の人たちは良い人達だから逆らわずに真面目に受け取るんですよね。
    だから新興宗教は嫌いなんですよ。

    作者からの返信

    海猫ほたるさん

    大変よい人たちというか……お人よしというか……。それが「功徳」になると刷り込まれて、疑問を抱くことすら禁止にされているからでしょうか。マインドコントロールと云われているとおりです。
    悪い宗教ほど自分の意志を持つ人をすごく嫌うのは、自分の頭で考える人がいたら、恫喝や犯罪行為を行って君臨している教祖などたちまちその正体がばれてしまうからです。
    ごく短期間でばっと信者を集めて、何十億と貢がせて教祖がドロンしたケースを知っていますが、ほんとうに莫迦らしいというか、騙す方が悪いけれど、騙されるほうも騙されるほうで、言葉の端々からその教祖がどんな人間性か分かるだろうに、とあきれていました。
    救いを求めている弱い人から金をまきあげる宗教はこれからもどんどん出てきては消えていくんでしょうね。

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    今、長いコメントを書いたら、消えてしまいました。これって「書くな」ということかなとしばし考えたのですが、やはり書くことにします。
    「神国へのお誘い」という珍しいタイトルを見て、ファンタジー小説かしらと思いましたが、エッセイでした。宗教の話。
    私の家には仏壇があり、実家に帰るとまず仏壇へ。中高はキリスト教の学校で、洗礼を受けようと考えたことも。長いこと中東で暮らしていたので、イスラム教には同調するところがあり、破壊と創造の神が同じというヒンズー教にも興味があります。が、どの神々からもお導きがないようで、私は無宗教です。でも、興味や疑問はあり、時々、小説には小さなエピソードを少しいれたりはしますが。
    この作品は、朝吹さんが「短編創作フェス」のお題「薔薇色」で書き下ろしたそうですが、カクヨムコンにもフェスにも出されないのですよね。それほどまでして、ここで書きたいものは何だったのかしら。私なら、書かないなと思いました。
    あるものを盲信的に信じている人と話をしても仕方がないし、また宗教を全く知らない人と話しても仕方がないし、何かを書いて、冷水を浴びるくらいなら、書かないほうがいい思うから。弱々しく生きているように見えるかもしれませんが、そんな私でも、別のテーマでは、氷水をかぶっても、ひとりで立ち向かっていくことがあるかもしれませんが、このテーマではありません。
    でも、そんなことをもろともしないで、書きたいことを書くのが、他の人にはできない朝吹さんの朝吹さんらしいところだと思います。そこが一番惹かれるところ。
    でも、正直に書くと、このエネルギーをここに使わずに、あの短編を仕上げてほしい。すごくいいのがあるじゃないですか。改作で、☆3だって、いいじゃないですか。舞台に出してやってください。




    作者からの返信

    九月ソナタさん

    宗派については、先祖代々の墓はお寺にあるから、ぼんやりと仏教? くらいのものです。しっかりと仏教に触れたわけではないので、無宗教といってもいいでしょう。

    なんか天啓を受けるらしいじゃないですか。
    教祖になる人なんかはよくそう云いますよね。

    お寺が役所というか、そこで生きて死ぬ村人を束ねていた頃はお寺とお布施の関係もうまく回っていたのでしょうが、人が外に勝手に出ていけるようになったら、みるみるその制度も崩壊しちゃいましたよね。
    お墓ですら、今は暮らしたこともない田舎の先祖の墓になんか入らなくて、違う土地で育った人はあたらしく墓地を買い直して誰もが勝手にやってます。

    でも宗教というものは人間にとって必要だったから消えることなく残っているものです。
    それに救われる人だっているでしょう。

    社会問題になるような新興宗教が現実にあるので、それについては問題視されていますけれど、善悪の区別がついているよい新興宗教だってあることは疑いません。
    盲信している人に何を説いても無駄なのはそのとおりなんですが、悪徳宗教ほど関わりたくなくても、世間一般の人を相手に布教にくるんですよね。
    信者(搾取対象)を増やさないといけないから。

    人に迷惑をかけず、他者の労力と金をせびらず。
    「あれをやれ、これをやれ」と脅さず偉ぶらず。
    その宗教の中で自己完結してくれるのならば、日本は宗教の自由が認められている国ですので、勝手にどうぞ、です。


    特定の宗教の名を出しているわけではないので、冷や水をかけるとしたら誰がかけるんだろう。
    あまり深く考えてなくて、お題が薔薇色だったので、想いついたものを書いただけですよ~。
    宗教を撲滅しろ! と云っているわけでもないのに、題材が宗教だと命懸けで闘っているように見えるのかな?
    今年はエッセイは出さないと決めていたので、このエッセイをカクヨムコンにエントリしなかった理由はそれです。

    交流力のある人が圧巻の強さをみせるカクヨムコンは、参加型のお祭りと思ったほうがいいかもしれません(;´▽`A``

    そういえばソナタさんの言葉を受けてカクヨムコンに出した作品が目立つように表紙を変えてみたのですが、まったく音沙汰無しでした(笑)
    カクヨムコンマスターさんが云っているように、とにかく交流票だろうが何だろうが使えるものは使って、ランキングで上に行かないと駄目みたいですね~(;´Д`)

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    宗教そのものが悪いのではなく、それを利用する人間が駄目なのに、「宗教を信じている」ということが胡散臭いイメージに繋がりがちなのは、寂しいことだなあと思います。

    物語の創作者が、どれだけ世界の宗教が培ってきたものの恩恵と影響を受けていることか。
    本来豊かであるはずのものが、一部の人たちの利害によって極端に歪められてしまう事例がなくなると良いのですが。

    子供は生まれる環境を選べないので、二世や三世で親と違う考え方を持っている方は、本当に大変だと思います。
    田舎でのお付き合いも、相当に大変そうですね(;・∀・)

    作者からの返信

    鐘古こよみさん

    田舎の遠縁はごちゃごちゃうるさいからお金だけ払えば黙るやろ、くらいの割り切り方をしていて(笑)信者でも何でもないんですけど(笑)、逆にいえば、信者の数のほうが圧倒的な田舎だと、入会しないとそこで生きていくことは出来なくなるということでもありますよね。
    教団もそうなるようにそうなるように、村八分の雰囲気を作ってもっていきますから。

    といってももう時代が変わっていますし、二代目三代目がその土地から逃げ出しちゃって、強引な勧誘被害の実態が暴露されて糾弾もされて、一時に比べるとかなりマイルドになっている宗教もあるみたいですね。

    ものすごく評判の悪い宗教でも、末端の信者は善良だったりします。
    勧誘の時のいいことばかりを鵜呑みにしちゃうほど単純で純真だからです。

    でも結局は「お金」で、それもうまいこと云うんですよ。
    この地上に天国を作るためには、それにはどうしても現代ではお金が必要になるから、と。

    それで教祖とその周囲だけが豪邸を建てて、信者の皆さんは破産してる。
    でも「教祖さまに疑問をもつのはいけないことだ」と刷り込まれているので、土地や家を手放して家族が離散していても、それだけ敬虔だったという、変なマウントになっていて、喜んで無料で活動している。

    本人が納得づくならそれでいいんですけど、他人に迷惑をかけたり、生まれた時からその仕組みに勝手に組み込まれている子どもは悲惨ですよね。

    宗教二世三世の人たちは、子どもらしい歓びやアイデンティティを奪われています。
    それで疑問をもって、脱走というかたちで教団から逃げ出してくる。

    それを外に出てきてから訴えてくれるんですが、本当に変わらなければならない教団の中にはその声は届かない。
    あちらは「こちらが上なのだから、上の存在に対して疑問や不満を抱くのは禁止」しかありませんから。

    無宗教だと堂々と云える日本人のほうが世界的にみて特殊ですけれども、それだけに、更地に変な新興宗教が根付いてしまいやすいのかな~。
    といってもメイン宗教に列なるところにもエゲつないのがあるので、どこでもここでも、末端信者がいちばん善良というのは変わりないのかもしれません。