第2話 婚約
「ふんっ、王家の恥さらしが。」
部屋に戻る途中、兄に会ったらそう言われた。
そして、思いっきり剣のさやが足にぶつかる。わざとなんだろうな。今年に入ってから、これで20回目だから。
それも当然なのかもしれない。
だって私は白髪なのだから。
白い髪の者は、災いを呼んだとされる北の魔女と同じだから、忌み子として嫌われ、いじめられる定めなのだ。
そういえば、どうして先ほどのハンカチを貸してくれた人は忌み子である私に優しくしてくれたのだろうか?そんなことをしても自分に何の利益も出ないだろうに。
そんなことを考えながら、私は痛めた足を引きずるようにして部屋に向かった。
私が自分の部屋につくと、部屋は荒らされていた。とても派手に。
ドレスはびりびりに破かれ、水をぶちまけられ、とても散々なありさまだった。
ああ、本当に何でこんなことされてまで私は_。
そんなことを思いながら、とりあえず部屋についているベランダへ歩いて行った。
夜空には美しい月が輝いている。
消えてしまいたい。単純にそう思った。
このまま、夜の月へとけて消えることができたのなら、そんなに素晴らしいことはないだろう。素直に、そう思ってしまった。
ベランダの手すりへ腰を掛ける。
私は、消えたほうがきっとみんな喜ぶよね。
心から私を必要とする人なんていない。
みんな私のことがきっと嫌いだ。
でも、今死んだら、唯一心残りがある。それは、先ほどあった人にハンカチを洗って返せなかったことだな。
よし、今度ハンカチを洗って返すまでは生きよう。
その後は、月にとけてもいい。
そう思い、私はジュースの染みたハンカチを握りしめた。
そこへ、コンコン、とドアをノックする音が聞こえる。
「だれ?」
私がそう言うと、扉があいた。
そこには先ほどあったばかりの赤髪の青年_ラベルクがいた。
「―――これはいったいどういうことだ?」
私の部屋を見て、驚いたようにそう言った。
「去年にもこんなことがありましたので大丈夫です。ハンカチなら明日洗ってかえします。それで、何の用ですか_?」
私は緊張して早口でそう言ってしまった。
すると、ラベルクは驚いた様子で、
「あ、ああ。いや、さっきは挨拶もしていなかったな、と思って。」
と、言った。
「ああ、そうなんですね。」
「というか、絶対大丈夫じゃないだろ?去年もあったって、どういうことだ_?」
しまった。口が滑って去年もあったと言ってしまったのか。
みんなにまたぶたれてしまう。今度こそは食事抜き程度じゃすまないかもしれない。
「いえ、本当に大丈夫です。」
「いや、絶対大丈夫じゃないだろ。助けてやるから言え。」
「いえ、助けられても返せるものが何もないので。」
「助けるっていうのは見返りを求めるもんじゃないだろ。俺はひどいことをされている人を見て見ぬ振りができないんだ。お願いだ、助けさせてくれ。」
うそでしょ?
はじめてそんなこと聞いた。
助けさせてくれ、なんて。
そんなことを誰かに言っている人なんて見たことがない。
ましてや、自分へ言われたことなんて一度もない。
でも、頼まれてしまった以上私が断ったら、後でみんなからお仕置きをされるかもしれない。それは嫌だ。
「わ、わかった。言うから。」
私は、ラベルクに今までみんなから暴行を受けていたことなどを話した。
ラベルクは、笑わなかった。
一国の王女がそんな馬鹿げた話をしているのに。
以前に、他の人に話したことはあったがその人は私の言った内容を妄想だと笑い飛ばした。本当のことを言ったのに。だから、私は他の人にこの話をするのをやめた。どうせ誰も助けてくれないから。笑い飛ばすだけだから。
けど、何で笑わないんだろう、この人は。
「今まで、つらかったな。」
そう言って、ラベルクは私の頭を撫でた。
「泣いても、良いんだぞ?」
「え?」
「それだけ、つらい思いをしていたら、泣きたくなるだろう。俺の前では、偽りの表情なんて浮かべなくたっていい。泣いて、いいんだぞ。」
はじめて、そんなことを言われた。
どうして、この人はこんなに優しい言葉を私にかけてくれるのだろう。
そんなに優しい言葉を私にかけたって何の得もないはずなのに。
私は、気が付いたら泣いていた。
涙が、止まらなかった。
泣いてはいけないと、幼いころからずっと自分に暗示をかけていた。
だって、泣いたらみんなが喜ぶから。
泣かないのが私の唯一の報復だと思っていた。
だから、ずっと泣かなかった。
もしかしたら、ここ十年間は泣いていなかったかもしれない。
十年分の涙が今、流れた。
「今まで、よく頑張ったな。」
そう言って、私の頭を優しくなでてくれた。
私が泣き止むまで、ずっと。
次の日、朝起きると朝日がまぶしかった。
昨日、帰ってきたときに部屋のカーテンがびりびりに破かれた状態だったからか、そうじゃないのかはわからなかった。
私は、いつも通りに支度をして、昨日かしてもらったハンカチをきれいに洗って乾かした。そして、城の廊下を歩いてラベルクを探しに行く。
しかし、ラベルクは見つからなかった。
私は人に聞くことにした。教えてもらえないのかもしれない、と思いながら。
メイドに聞こうと思い、メイドに話しかけようとすると、おびえた目で見られた。
他にも、今まで私を蔑んだ目で見てきたみんなは、私を瞬間怯えた目で見てきた。どういうことなんだろうか_?
私が不思議に思っていると、背後から、
「おはよう。」
と、声がした。
私は驚いて振り向くと、そこにはラベルクがいた。
「あ、そうだ。昨日言い忘れていたんだけど、俺たち、婚約したから。」
「え_?」
一瞬、言われた内容が理解できなかった。
こんやく_?
何それ?
数十秒間してからそれが婚約だということに気が付く。
そして、ラベルクに私の耳元で
「お前をこいつらから助けるにはこの方法しか思いつかなかったんだ。許せ。」
と、ささやかれた。
「えっ、あ、えっ?」
混乱していると、急にラベルクに手を引かれて、どこかへ連れていかれた。
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