第3話 弱点はカウンター
「隣が佐藤くんで良かったよー」
「えっ、なんでなんで?」
一時間目が終わると、さっそく一ノ瀬さんの前の席の前田さんが、質問を始めた。
「教科書持ってるかって、聞いてくれたの」
「へえ、佐藤優しいじゃん」
ちょっと派手目な前田さんは、俺を弄るように笑う。
「でさ、一ノ瀬は結局どんな人が好きなの?」
「やっぱり、優しい人かな」
「この話の流れだと、佐藤みたいじゃん」
「あはは」
「どうなんだよ佐藤、うれしいんじゃないのー?」
そう言って前田さんは、俺の肩をバシバシ叩く。
……いや、そりゃまあ嫌な気はしないけど。
でも経験上「もしかして俺のことが好きなのでは?」は、100%勘違いなんだよな。
そんなに世の中、甘くない……っ!
「それで実際のところどうなの? 一ノ瀬って好きな人はいるの?」
「……内緒」
「いいじゃん、教えてよ」
「んー。昔から好きな人がいる……かな」
「あらー、昔からってことは……残念だったね佐藤」
「俺を置き去りにして話し続けて、最後には同情って何事だよ」
「「「あははははっ」」」
前田さんと一ノ瀬さんが声を合わせて笑うと、興味津々でやってきた同級生たちも笑い出した。
まあ実際、今の話を聞いてがっかりしたような、少しだけホッとしたような。
そんな不思議な感覚も、ちょっとあるけど。
「でさ。その一ノ瀬が好きな人って、どんな感じなの?」
「最近久しぶりに再会して、やっぱりいい人だなって思ったんだ」
「ええー、なにそれ! なんか運命的じゃん!」
「そうかなぁ。えへへへへ」
「佐藤、女なんていっぱいいるから。元気だしなよ」
「うるさいよ」
「がっかりしてんじゃないのー?」
「そうなの? 佐藤くん」
なぜか、ちょっとうれしそうな一ノ瀬さん。
俺の肩をポンポンと叩いていたのは、いつの間にか来ていた大友だった。
そんな前田さんのいじりと、ニヤニヤした大友の笑みにクスクス笑う同級生たち。
なにこれ、集まる視線がめちゃくちゃ恥ずかしいんだけど!
「それならさ、そんな佐藤にはいないの? ――――好きな子」
「っ!?」
前田さんの問いに突然、ガタン! と音が鳴った。
見れば、一ノ瀬さんが立ち上がっていた。
大きく開いた目は、さっきまでとは表情も一変。
「……どうしたの?」
前田さんが聞くと、一ノ瀬さんは思い出したかのように、引きつった笑みを浮かべる。
「ちょ、ちょっと、ののの飲み物買ってくるね! こ、心の準備がいるかもだから……っ!」
そう言って、早歩きで席を離れていく。
「あたっ!? ごめんなさいっ!」
足取りがフラフラの一ノ瀬さんは、色んな机の角に何度もぶつかりながら教室を出て行った。
なぜか両手で、耳を塞いだ状態で。
「心の準備?」
「どういうこと?」
前田さんと大友が、首を傾げる。
「で、どうなの?」
前田さんはちょっと、イタズラな顔で聞いてくる。
「いや、いるわけねーだろ。ていうか何で大友まで興味津々なんだよ」
お前は知ってんだろ。
「もう大友と付き合っちゃえば」
「「なんでだよ」」
「あははははっ! 仲良しじゃん!」
声が重なった俺たちを見て、楽しそうに笑う前田さん。
「あ、一ノ瀬帰ってきた」
俺が大友と一緒にいじられてると、一ノ瀬さんが戻ってきた。
なぜか、覚悟を決めたかのような顔で。
まるで勝負を控えた騎士のような、圧倒的な神妙さ。
でも、両手を胸の前で組む姿はどこか頼りない。
ぎこちない歩き方で席に戻ってきた一ノ瀬さんは、そっと椅子に座った。
それから、大きく一度深呼吸。
「それで……ど、どうなの……?」
「何が?」
思わず問いかける。
「佐藤くんは、す、好きな人とか……いるの?」
「いや、いないけど」
「そう……なんだぁ……」
組んでいた手をほどき、そのまま机に突っ伏す一ノ瀬さん。
その妙な行動に、俺たちはもう首を傾げるしかない。
「あ、そう言えば次の時間って移動じゃなかった?」
黒板の横に張られた時間割を見ながら、大友が言った。
「ああ、理科室か」
「行こうぜ」
「ほら、一ノ瀬も行こうよ」
前田さんがそう言うと、パッと顔を上げ、勢いよく立ち上がった一ノ瀬さん。
「うん、そうだねっ」
そのまま教室の出口まで、まさかのスキップ移動。
「スキップしてるやつ、すげー久しぶりに見た……」
「教室スキップは、人生初めてかも」
何がそんなにうれしいのか、一ノ瀬さんは教室の出口でくるっと半回転。
長く綺麗な黒髪を、フワッと舞わせた。
「ほらほら佐藤くん早くー! 理科室に案内してーっ!」
ご機嫌な笑顔で振り返ると、なぜか俺に向かってそう言った。
……あれ?
一ノ瀬さんは、飲み物を買いに言ったはずでは?
空っぽの手を見て、俺はさらに首をかしげるのだった。
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