第33話 新人戦④
二ゲーム目は葉樹枝のサーブから始まった。
前ゲームと同じような強めのサーブ、だけど、何かが違う。
相手コートで一回跳ねたボールが、そのままノーバウンドで僕のコートの隅まで飛んで来る。
卓球は、自コートでのバウンドが必須だ。
ノーバウンドでの返球は相手の得点になってしまう。
ノーバウント返球が認められるのは、エンドラインを超えた球のみ。
オーバーミス、要はバウンドせずに台を通過した球のみとなっている。
つまり言い換えれば、触らなければ僕の得点になる球であり、相手のオーバーミスは喜んでお迎えしたいところなのだけれども。
でも、これは、この球は。
僕のコートの隅、台のエッジ部分に――――
カッ
嫌な音と共に、球の軌道が変わった。
台に掠った証拠、間違いのないエッジボール。
「0-1」
葉樹枝の顔に笑顔が戻った。
掠る球を毎回打てる、そんなはずがない。
どれだけの精度を要求されると思ってるんだ。
「0-2」
また、エッジを掠った。
間違いない、葉樹枝はエッジボールを狙って打てる球を研究している。
そんなこと出来るのか? プロの選手でもいないし、そもそもエッジボールはラッキーボールとも呼ばれているんだ。打った相手選手が謝罪までしてしまうような現象なのに、それを狙って? あり得ない、そんなこと、あっちゃいけない。どうあがいたって返せないじゃないか。
集中が切れる、僕のサーブが乱れる。
回転が掛かり切ってない、下回転が足りなかったか。
「0-3」
単なる緩い球となった白球相手に、悠然と葉樹枝はラケットを振り、得点を決める。
さすがに油断しすぎだ、もっと気合を入れ直さないと。
サーブ権での減点はダメだ、ゲームを捨てる、そんな選択肢があるはずがない。
――――決める、僕は相手の枠を狙う必要はない。
「1-3」
綺麗な下回転の球が決まり、葉樹枝のコートでバウンドした球が僕の方に戻ってきた。
葉樹枝の奴、そもそも拾う気が無かったのか、最初の場所から動こうとしていない。
サーブだけで決められる、そんな顔をしているけど。
「1-4」
サーブ権が移るなり、エッジボールを決められてしまった。
エッジボールはインボールと同じ、有効打として認められている。
つまり、返せなかった僕が悪い、という扱いになってしまうんだ。
ワンバウンド、つまりは掠った後の球を拾いあげないといけない。
そんな悪球、返したところでビーンボールになる可能性が高い。
緩い打球は、速度のあるスマッシュで終わる。
「1-5」
エッジボールを狙い過ぎた、バックスピンサーブに身体が反応できなかった。
四点差、ここからの巻き上げはかなりきつい。
周囲の視線が葉樹枝に向いているのを感じる。
出来るだけ体力を温存し、葉樹枝のミスを誘うか。
「2-5」
アイツ、僕のサーブを返す気がないな?
自分のサーブ権だけで勝てると判断しているのか?
でも、この得点差は不味い。サーブ権で得点を重ねられると、それだけで負ける。
「3-5」
葉樹枝にサーブ権が移った。
魔球か、しゃがみ込みか、ロングエッジサーブか。
背中を向けた、魔球か。
この三種類の中で、魔球が一番返しやすい。
相手の左肩を見ろ、右手は意識するな。
――違う、右手の振りが大きい。
「3-6」
エッジを掠るボールを、魔球スタイルから打てるのか。
葉樹枝のバリエーションがどこまでも増えていく。
弱点を見出さないとヤバい、こんな曲芸みたいな奴にやられてたまるか。
「3-7」
取れない。
いや、取れることは出来るようになった。
でも、元々ロングサーブは速度のある球だ、葉樹枝が撃つ威力が強すぎる。
強い上に正確、どうなってんだチクショウ。
「4-7」
当然の如く、僕のサーブは拾うつもりもないらしい。
体力温存か、アイツの種目は確か短距離だもんな。
疲れさせてバテさせる戦法は、通用しないってことか。
「5-7」
だからと言って、油断した球を打つ訳にもいかない。
YGサーブを繰り出して強引にでも点を奪いに行く。
だけど、葉樹枝は動かない、体力温存の為だけに、僕のサーブ権を利用している。
「5-8」
あり得ないだろ、なんでエッジを狙えるんだ。
こんなのプロの試合でも見たことがない。
いや、本来こんな場所を狙うのはプロじゃない。
リスクが高すぎるんだ。
エッジを掠らなかったら相手の得点になってしまう、そんな球をプロが打つはずがない。
「5-9」
やっぱり、取れない。
掠った球、つまり僕が打てる状態になった球は、卓球台の下に位置している。
そこから打った球は、どうあがいても山なり。
葉樹枝にとってのスマッシュポイントになってしまう。
「6-9」
「7-9」
むなしい得点コールが続いた後、葉樹枝のロングエッジサーブが決まる。
「7-10」
「7-11 ゲームトゥ葉樹枝選手、セブン、イレブン」
エッジを掠った一撃が決まった瞬間、会場が沸いた。
観客や壁際にいた記者たちがカメラを構える。
無論相手は僕じゃない、葉樹枝を、全員が見ている。
それだけ一方的な内容だったってことだ。
点差だけ見れば僅差に見えるけど、その実、僕は葉樹枝のサーブを一球も拾えていない。
頭をガリガリと掻いた、このままじゃやられる。
葉樹枝相手に負けてしまう。
「有馬、ちょっと耳貸せ」
一分間休憩の時間、氷川先輩が座り込んだ僕に話しかける。
「次のゲーム、サーブ権で得点を重ねていけば、必ず勝てる」
「……本当ですか」
「ああ、俺を信用しろ、大丈夫だ」
ぽんと肩を叩かれると、ちょうど一分間の休憩が終わりを迎えた。
三ゲーム目は僕のサーブ権から始まる。
言われた通り、一球もサーブ権を外さない、必ず得点につなげる。
「1-0」
葉樹枝もサーブ権での得点に全力で挑んでくるだろう。
最終的には10-10になってしまい、そこから先は互いのサーブがミスするのを待つことになる。
「2-0」
僕のサーブを、葉樹枝は拾おうともしない。
「2-1」
そして僕も、彼のサーブを拾うことが出来ない。
「2-2」
予想通りの試合展開、ラリーが発生していないから、無駄に試合経過だけが早い。
「3-2」
「4-2」
「4-3」
「4-4」
葉樹枝のロングエッジサーブが決まるたびに、歓声が上がるようになった。
他の場所でも試合は行われているのに、数多の人たちがこの試合に注目している。
エッジ球は謝罪が必要なボールのはずなのに、そういうのを観客は理解していない。
「5-4」
「6-4」
「6-5」
「6-6」
順当に得点を重ねていき、既に試合もゲーム後半に突入しているのに。
身体が、全然疲れていない。
ここまで来て互いの打球を数えても十二回しか球を打っていないんだ。
疲れる訳がない、そして疲れの無さは、葉樹枝にとって追い風となる。
「7-6」
「8-6」
「8-7」
「8-8」
せめてラリー、葉樹枝の体力を奪う試合運びをしたいのに、アイツはそれが分かっているからか、僕のサーブを前にラケットを振りもしない。ただ構えただけ、試合放棄にも近いスタイルのままここまで来やがった。許せない、なのに、僕は一度もアイツのサーブを拾えない。
「9-8」
「10-8」
「10-9」
「10-10」
卓球には長時間に及ぶ試合の場合、試合を強引に進めるための促進ルールというものがある。双方の総得点が十八点に届かない場合、レシーブを受ける側が十三回返球した際、レシーブ側に得点が入る制度だけど。
この試合の場合、そもそもラリーが発生していない。
そして残念ながら双方の得点合計は二十、促進ルールはそもそも適用されない。
「11-10」
ここからは、サーブを一回交代で打つ事となる。
僕が決めた後、葉樹枝もサーブを打つ。
「11-11」
「12-11」
「12-12」
先に二点入れた方がゲームを取る。
この状態、僕は葉樹枝のサーブを拾えない以上、圧倒的不利な立場になってしまう。
なぜなら、アイツは僕のサーブを拾えるからだ。
ナックルボールも返せない訳じゃない、ストップボール、YGサーブだって拾おうと思えば拾える。
ただ単に、葉樹枝が拾ってこないだけの話だ。
「13-12」
「13-13」
「14-13」
「14-14」
無限に続くんじゃないかって思えた第三ゲームだけど。
「15-14」
「15-15」
「16-15」
「16-16」
「17-16」
「17-17」
「18-17」
「18-18」
「19-18」
「19-19」
「20-19」
――Booooooo!
――Booooo!
――Boooo!
――Booooooo!
葉樹枝にサーブ権が移った後、サーブ前になって急にブーイングが鳴り響いた。
もしかして浴内さんがしているんじゃないかって冷や汗ものだったけど、どうやら違う。
「サーブ前の発声はしないようお願いします! 発声はしないで下さい!」
審判団や運営さんが指導する相手、それは他の卓球部のチームだった。
選手なら、今の葉樹枝がしていることがどれだけマナー違反なのかは、だれよりも理解出来る。
だからこそのブーイング、エッジを狙うのを辞めろと、ブーイングで伝えているのだけど。
「うるせえ!」
ブーイングに対し、誰でもない葉樹枝が叫んだ。
「俺はルールに則ってサーブしてるだけだ! 悔しいんならお前等も打ってみればいいじゃねぇか! 俺がしてることがどれだけ凄いことか、お前等なら理解できるだろうが!」
とても強気に言い放ち、ブーイングが鳴りやまない中、彼はサーブの姿勢を取った。
メンタルに関しては、彼はこの場にいる誰よりも強いらしい。
――――でも。
ここにきて、葉樹枝はロングエッジサーブをしくじった。
掠らずにそのまま球は台の上を飛び越え、床に落ちる。
「21-19 ゲームトゥ有馬選手、トゥエンティワン、ナインティ」
元々、リスクのある打ち方なんだ、もっと早くこの結果が訪れていてもおかしくはない。
けれど、葉樹枝はそれでも僕を睨みつけた。
氷川先輩の言う通り、サーブ権を保持するだけで、試合には勝てた。
でも、これは〝勝負に負けて〟って言葉がくっつく勝ち方だ。
こんなの、僕も納得できない。
だから次の第四ゲーム。
僕は変化球を一切使わなかった。
葉樹枝のサーブを一切拾わなかったし、葉樹枝が打ちやすい球だけをサーブで打った。
「いいのかよ」
第四ゲームを葉樹枝が取った後、彼は僕に問うた。
「いいんだよ」
そうだ、これでいい。
互いに納得のいかない勝負に意味なんてない。
外野は黙ってろ。
これは、僕と葉樹枝の、サシの勝負なんだからさ。
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