第6話 最高に楽しい思い出が、最低な思い出に変わる瞬間

 朝十時、渋谷パチ公前。

 あり得ないぐらいに様々な人種に囲まれながら、一人ベンチに座る。

 凄いな大都会東京、埼玉の僻地とは人間の数が違い過ぎるぜ。

 

「あ、有馬君、やっと見つけたー!」


 やっと見つかりましたか。

 まったくもう、九時の約束だったのに誰も来ないから焦っ――――


 いやまって! 春夏冬あきなしさんの可愛いさに目が焼かれるかと思った!


 灰色と黒のツートン、大き目サイズのストライプニットセーターとか、いやいや、可愛いすぎじゃね?なにこの子、写真のモデルがそのまま飛び出してきた感じですか? しかもそれに合わせた黒のミニフレアスカートに、同じカラーリングのツートンソックスに黒く輝く丸いブーツがヤバイ。


 いるだけで衆目を集める、そんな彼女が、僕の横にすとんと座り込んだ。

 良い匂いがする、香水まで付けてきたのか? これはもう、完全おしゃれモードじゃないか。


「ヒラリちゃんとも全然連絡がつかなくってさ、そういえば私達、なんで連絡先交換しておかなかったんだろうね。今からでもしておこうよ、有馬君もlime使ってるでしょ?」

「も、もちろん」

「じゃあはい、これ私のQRだから、有馬君登録しちゃって」


 中一の時に購入してもらったスマートフォン。

 ようやく母親以外の異性が登録されました。


「もー、ヒラリちゃん、どうしちゃったのかな」


 春夏冬あきなしさんのアイコン、どこかの競技場なのかな。

 ちょっとタップ……、……! きょ、競技服の春夏冬あきなしさんがピースしている姿が!

 ヤバイだろこれ、速攻で落として、僕の家宝にしないと!


「ねぇ、有馬君は何か聞いてないの?」

「え!? ああ、うん、何も聞いてないですね!」

 

 本当に何も聞いてない。

 なんの話題だったのかな? 

 

「そっか、ヒラリちゃんも楽しみにしてたはずなのにな」


 ああ、鮫田さんか。

 そういえばいないな、どうしたんだか。


「あ、limeにメッセージ来た……え、ヒラリちゃん、今日来れないんだって」

「そうなの?」

「うん、お祖母ちゃん亡くなったって。えー、結構ショックかも」


 お祖母ちゃんが亡くなるって、休み言い訳ベスト3に入るぐらい苦しい感じがするんだけど。


「ヒラリちゃん、今日のイベント楽しみにしてたのにな」

「でも、お祖母ちゃんが亡くなったのなら、それはしょうがないんじゃないかな。病気とかだったらお見舞いに行ったりしたいけど、冠婚葬祭はちょっとね、いきなり尋ねるのも失礼だろうし」

「まぁ、そうなんだけどね。でも、有馬君と二人かぁ……ヒラリちゃんに申し訳ないなぁ」


 僕は全然構いませんが。

 何ひとつ申し訳なくないと思います。

 

「うー、でもまぁ、私もイベント装備欲しいし、今日は有馬君と遊んじゃおうかな」

「むしろ、ガッチガチに強化して、鮫田さんに自慢するのもアリかも?」

「ああ、それはあるかも。いつもヒラリちゃん余裕たっぷりの顔してるから、たまには悔しがらせてあげようかな。そうと決まれば有馬君! 一時間の遅れを取り戻すよ!」

「了解! それじゃあまずは、周囲のレア敵を狩りつくしに行きますか!」

「おー!」


 この、地図上にレアモンスターが出るっていうイベントは、想像以上に楽しかった。


 特設会場では大きなモニュメントを前に二人で写真を撮り、お揃いの腕輪を貰っては二人で写真を撮り、昼休憩にレストランに入っては二人でどこに行くかを相談し、緊急イベント発生に気付いた春夏冬あきなしさんが僕の手を引っ張ったり、疲れ果てて公園のベンチで休んだり。


 とにかくもう、どこまでも楽しくて仕方がない一日だった。


「あはは、すっごい、今日一日で素材集まり過ぎ」

春夏冬あきなしさん、途中から僕より頑張ってましたもんね」

「だって楽しいんだもん。ふふっ、ヒラリちゃん悔しがるだろうね」

「そりゃもう、落ち込むぐらい悔しがるんじゃないんですか?」

「むっふふー、ちょっとスクショ撮って送っちゃおっと」


 帰りの電車の中で、春夏冬あきなしさんは無邪気に微笑む。

 急遽二人だけになっちゃったけど、無事楽しい一日になって良かった。

 

 ただ、僕はなぜか、最高レアの素材、一個も手に入らなかったんだよね。

 春夏冬あきなしさんは三十個も集まったのに、なぜにこんな差が。

 ほんと、物欲センサーなんて死ねばいいのに。


「えい」

「え?」


 春夏冬あきなしさん、スマホのレンズを僕へと向けて、パシャリと撮った。

 なぜに、僕の写真を?


「ヒラリちゃんとね、今回のイベントで有馬君よりも強くなったら、絶対に有馬君落ち込むよねって話してたんだ。で、今まさにそんな顔をしていたから、ヒラリちゃんに送ってあげようと思ったの」

「……まぁ、僕は、最高レアのドロップゼロ個でしたからね……ははっ」

「あー、良い顔、ヒラリちゃんがめっちゃ喜ぶ顔してるね」


 どんだけサドなんだよ。

 まぁ、そんな感じはするけどさ。


「あ、もう駅か」

「そうですね、春夏冬あきなしさんはここからバスですよね」

「うん、有馬君は自転車?」

「はい、駅近くの駐輪場に停めてあります」

「そっか……ねぇ、有馬君」


 スマホを仕舞うと、春夏冬あきなしさんはニッコリと笑顔になった。


「ヒラリちゃんのこと、どう思ってる?」

「鮫田さんのこと? どうって言われても」

「じゃあ、好きか嫌いかで言えば?」

「好きか嫌いか? そりゃあ、なんだかんだで付き合いありますし、好きだと思いますよ?」


 嫌いだったら話もしないだろうしね。

 会話をする以上、その天秤は絶対に好きに傾いていると思う。

 でも、なんでこんな質問してきたんだろう。


「そっか、わかった。じゃあ、また月曜日に学校でね」

「はい、あの……今日一日、楽しかったです。また、一緒に行きましょうね」

「うん。でも次は、ヒラリちゃんも一緒ね」


 バスの扉が閉まる。

 笑顔の春夏冬あきなしさんは、見えなくなるまで手を振ってくれたんだ。

 

「鮫田さんも一緒か」


 素直な気持ちを、一人ごちる。

 まぁ、そうだよな。

 鮫田さんも今日のイベント、とても楽しみにしていたし。

 次のイベントがいつになるのかは分からないけど、その時は鮫田さんも一緒に、だな。



 月曜日。



 いつも通りに自転車で春夏冬あきなしさんの家へと向かうと、そこには鮫田さんの姿があった。

 見れば、春夏冬あきなしさんはまだ出て来ていない、なら、聞くなら今しかない。


「土曜日は悪かったな、でも、楽しめただろ?」

「あの、鮫田さん……お祖母ちゃん、本当に亡くなったんですか?」

「おうよ、アタシの母さんの兄さんの嫁の弟の嫁の姉のお祖母ちゃんがな」


 これ、間違いなく、お祖母ちゃん健在だな。

 

「ありがとうございます」

「別にいいって、これでコーヒーの貸し借りは無しな」

「むしろ、今度また奢りますよ」

「はっ、相当だったんだな。まぁ、それが正しい形だ」


 正しい形? どういう意味だろうって思ったけど、敢えて聞かなかった。

 僕が到着してから数分後、春夏冬あきなし家の玄関が開く。


「お待たせ、だんだん寒くなってきたね」

「こんな寒い中、全速力で自転車漕ぐバカがいるらしいぜ?」

「バカって言うな、ほれ触ってみろよ、足の筋肉、凄いだろ?」

「……お、なんだこりゃ、凄いな」

「ちゃんと成果が出てんだよ。一月の新人戦、絶対にいいとこ喰いこんでやるからな」


 太もも、ふくらはぎのバンプアップが半端ない。

 自転車全力ってこんなにも成果があるものなんだなって、驚きだ。


「じゃあ気を付けて、また学校でな」

「ああ、今日こそ追い抜いてみせるからね」

「危ないから、スピードはほどほどにするんだよ?」


 閉まる扉、それと共にペダルに力を込める。

 まぁ、バスに自転車が追いつけるはずもなく。

 当然のように正門で待つ二人と合流し、それから校内へと向かった。


 それはさておき。


 突然だが、私立影立かげたつ高校は、スマートフォンに寛大な校風だ。

 休憩時間にスマートフォンで遊ぶことも、基本的に許されている。

 

 昼休みに鮫田さんと春夏冬あきなしさんは、今日は教室の中央辺り、ギャル集団と共にお弁当を食べていた。僕は当然の如く、ひとり廊下側の一番前の自席にて黙々とお弁当を食べ、その後はスマートフォンを起動し、ドラゴンNOWに没頭していた。つまりは日常、いつも通りの過ごし方だ。


 その後、春夏冬あきなしさんは自分の席、つまりは僕の隣の席に戻ると、お弁当をリュックに収納し、鮫田さんたちと共にどこかへと消えた。まぁ、普通に考えたら女子トイレなのだろう。ご飯を食べたらリップが取れるし、ギャル軍団なら化粧崩れも気になるところだ。


 トイレへと消えてから十五分ぐらい経過して、春夏冬あきなしさんが自分の席に戻った。

 そして鮫田さんがスマートフォンを手に取り、空いていた僕達の後ろの席に座り込む。


「そういや二人共、かなり強くなったんだって? 見せてみてよ」

「ああ、いいぜ、鮫田さんがどれだけ驚くのか、僕達も楽しみにしてたんだ」

「にひひ、ビックリしちゃうよ? えっとスマホ……あ、机の上に置きっぱなしだったや」


 この時、春夏冬あきなしさんが発している『机の上』とは、自分の席のことではない。

 お弁当を食べていた教室中央付近、要は、鮫田さんの席の近くだ。

 放置されていたスマートフォンを回収すると、彼女は疑問符と共に自席へと戻る。


「あれ? 私のアカウント……初期化されてる?」


 最初は、ゲームのバグだと思った。

 再起動すれば直る程度のものだと。


「最近のゲームって、アカウントを紐づけしているから、復帰は簡単なはずなんだけど」


 面倒なパスワード設定が必要なゲームもあるけど、ドラゴンNOWは違う。

 機種変更をしたとしても、紐づけされたメールアドレスからの復帰が可能なはずなんだ。


 だけど、春夏冬あきなしさんのアカウントは、復帰できなかった。

 

 メールに紐づけされたアカウントが削除され、そして新たに登録されてしまっている。

 紐づけされたデータが今の初期化されたデータである以上、復帰は望めない。


 それはつまり、誰かが操作して、この状態にしてしまったということ。

 ワードやエクセルにおける『上書き保存』と同じ状態。

 つまり、春夏冬あきなしさんのアカウントは、もう二度と、元には戻らない。


 沈黙が、僕達を包み込んだ。


「有馬、有馬なら、どうにか出来るんじゃないのか?」

「どうにかって言われても……僕達に出来ることと言えば、運営に間違って消してしまったって報告するぐらいしかないと思う。春夏冬あきなしさん、ちょっとスマートフォン借りるね、運営に報告してみるから」

 

 困惑する彼女からスマートフォンを預かり、タイトル画面をタップした。

 設定から運営への報告が出来るから、その為に起動したんだけど。


「……!」


 キャラクター名が、決められていた。

 初期の男キャラ、ソイツの上の文字を読み、僕は絶句した。


『寝取り女』


 そう、書かれていたのだから。

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