第4話 好きな人の笑顔を見ることが出来れば、僕は満足です。
「有馬、ちょっと時間あるか?」
もう彼女は敵じゃない、それに呼び止められる理由はいわずもがな。
僕が一人では絶対に入らないであろう珈琲店へと連れていかれると、二人席へと腰かける。
こうして改めて見ると、鮫田さんは背が高いけど、顔は相当に良い。
目が三白眼の一重ってこともあって無駄に眼力があるけど、それだって見方によってはチャームポイントだ。全身がすらっとしていて、髪はウルフなショート。耳にはピアス穴らしき痕があるけど、付けているのを見たことはない。バンドか何かをやっていそうな、そんな雰囲気すら感じさせる。
「
「まぁ、大体は聞いた」
「そうか、なら、アタシの方からも謝罪する。勘違いして済まなかった。許せないのなら罵倒してもいいし、殴ってもいいし、キスぐらいまでなら全部許してやる。したいようにしていい、これまで有馬が受けてきた傷が癒えるのなら、癒えるまで好きなようにしていいから」
両手をテーブルに添えて、頭を下げる。
とても、男らしい謝罪をされてしまった。
思えば、鮫田さんは五月のあの日以降、僕との接点はほぼほぼ無かった。
浴内さんの件は彼女の暴走であり、鮫田さんは一切絡んでいないというし。
現在のクラスの状態は、僕が異常行動を取ったのが何よりもの原因なのだろうから。
「謝罪なんかしなくていいよ、僕が一番の原因なんだからさ」
「そうだな、そう言われればそうだ。謝罪を取り消そう」
自分から言ったとはいえ、まさか秒で取り消すとは。
「冗談だ。さて、互いのわだかまりが無くなったことで、本題に入ろうか」
「わだかまり……まぁいいや、どうぞ」
「
その差がどこまで大きいのか知らないけど、当人は悔しくてしょうがないんだろうな。
しかし陸上か、どうりで
でも、それだけの大会で優秀な成績を収めているのなら、メンタル強そうなものだけど。
「明日から彼女は復学する予定だ。だが、猫屋敷メイの脅威が無くなった訳じゃない。アタシが全面的に彼女を護る予定だが、それだって一人でどこまで出来るか。そこでなんだが」
「僕にも、
「……すまないな。しかし有馬はお人好しなんだな、浴内のダイエットに付き合ったり、今もこうしてアタシの相談ごとに乗ってくれたりしてさ。最初の印象とは随分と変わったよ」
「最初はどんなだったんだよ」
「異常者だと思ってたよ」
冷めた笑みと共にアイスコーヒーを飲み干すと、鮫田は店を後にした。
僕もブラックコーヒーを一口すすり、余りの苦さに店員さんにガムシロをお願いした。
格好つけてブラックなんか頼むもんじゃないな。僕にはまだ、甘い飲み物の方がいいらしい。
それにしても、鮫田さんって意外と良い人なのかもしれないな。
人は見かけによらない、僕も反省しないとだ。
「二人分のお会計、1600円になります」
「鮫田の野郎、お会計していかなかったのかよッ!」
見かけ通りだった。
反省する必要が無くなった。
翌朝、九月半ばにしてはやたら熱い日差しの中、僕は一人、自転車を漕いでいた。
努力義務であるヘルメットをかぶり、背中にリュックを背負い、ペダルに力を込める。
時刻は朝の7時15分、予定時刻通り、目的地へと到着することが出来た。
四角い建物、三階建ての屋上付き一戸建て。
「え、有馬君?」
7時20分、制服に包まれた彼女が、一人玄関を開けた。
「おはよう
普通の会話。
僕は脳内で何十回と予行練習した通りの言葉を発する。
「え? え? だって私、バス通学だよ?」
「うん、だから、バス停まで一緒に行くよ」
「それから、どうするの?」
「自転車でバスに追いつく」
「そんな無茶な」
呆れ顔をするも、それでも彼女は朝日と共に微笑む。
「有馬君、優しいね」
この笑顔が見られるのならば、僕は本望さ。
「いや、異常者だろ」
せっかく人がノスタルジックな感傷に浸っているに、もう一人のお迎えが来てしまった。
鮫田ヒラリ、身長の高いこの女が背後に立つと、あの巨人を思い出させる。
その日、人類は思い出した。的な感じだ。
結局、僕と
「名月の家を教えた途端にコレかよ。お前、ストーカーの素質があるな」
「初日なんだ、心配するに決まってるだろ」
「だからって朝から待ち伏せとかするか? どうすんだお前、名月がまた学校に行きたくないって言いだしたら」
「その時は僕も男だ、潔く退学でも転校でもしてやるよ」
「言ったな? ちゃんと録音してやったからな?」
鮫田さん、胸ポケットから小型レコーダーを取り出してきた。
なんでレコーダーを持っているのか、なんて事は考えるまでもない。
イジメ対策に証拠は必須だ。僕だって自分用に持っていたのが鞄の中にある。
「さぁ、さっそく聞いてみようか」
糸みたいに細まった目をしながら、鮫田さんはレコーダーの再生ボタンを押した。
まぁ、性能試験も兼ねているのだろうね。
聞かさせてもらおうか、鮫田さんが購入したレコーダーの性能とやらを。
『……僕…………退学……し……よ』
若干のノイズと共に、僕の退学宣言が聞こえてきた。
「ちょっと待て! なんだそのやたらと性能の悪いレコーダーは!」
「お? ネットで買ったんだけど、安いとやっぱダメだな」
「お前! これじゃあまるで僕が退学したいみたいじゃないか!」
「間違いじゃないだろ? ストーカー染みたことしてんだからよ」
もう、このまま取っ組み合いの喧嘩でもしてやろうか、そう思った時だ。
「あははは! 二人とも面白、あははははは!」
彼女の笑顔を見て、僕も鮫田さんも眉を下げ、停戦協定を結ばざるをえなかった。
「じゃあ、頑張ってね」
「無理すんなよ」
「ああ、これでも卓球部なんだ。足腰には自信があるんだよ」
足腰にどれだけ自信があっても、文明には勝てない。
それでも十分程の遅れをもって、僕は正門で待つ、二人と合流することが出来た。
明日からは僕もバスで彼女の家に向かおう、そう一人、心に誓いながら。
それはそうと。
僕はその詳細を知らないけど、それがどれほどの出来事だったのかは、二人を見れば分かる。
「ヒラリちゃん、ありがとね」
「いいよ、気にすんな」
握り締めた手に、力が込められている。
教室に入るだけなのに、これだけの覚悟を要してしまう。
並々ならぬ出来事があったのだけは、間違いない。
教えて貰えない事実、僕はまだ、そこまで踏み込めてはいないということか。
「あ、
「名月、おはよー!」
「やっと来てくれた! みんな待ってたんだからね!」
予め鮫田さんが仕込んでいたのであろう。
クラスの女子が一斉に
復帰を喜び、影立高校一年二組全員が、彼女を迎え入れようとしていたんだ。
だけど、渦中のその子だけは、全く違う視線を送っていた。
事情を知れば、確かに違う。
その敵意が、むき出し過ぎる。
猫屋敷メイ。
明らか過ぎる敵意は、それでも静かに、ひっそりと隠されていたのであった。
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