彼は人気者です。
「今日いい天気だねぇ」
「うん」
「でも夕方雨降るんだってぇ」
「そっか」
「今日買い物行きたいんだけどなぁ」
「へぇ」
カフェテリアのテーブルに座り、2人で話す男女。
女の子のほうは明らかに彼に気があるのに、彼はにこにこ笑って会話に相槌を打つだけ。
彼女はちらちら、と上目使いで何かを訴えているも、目の前にいる彼には通じていない。それが何とも痛々しい。
緩やかな色の茶色いふわふわした髪に琥珀のような薄い色の目。全体的に色素の薄い彼はその肌までが病弱のように白く、細い。
彼を知る人にしてみたらこの頃血色がよくなって、一般的に見ても透き通るような美しい肌は女子が羨むほど。
全体的に華奢で儚そうだけれど人目を惹く美しい造作を見れば密に群がる蝶のようにわらわらと人が集まる。
そして私は彼をよく知る一人なのだけれど。
遠くで見ていても分かる。
ちゃんと話を聞いているようでまったく聞いていない顔だ、あれは。
女の子の言葉が右から左に流れて行っているのが見える。
気を引こうとしている上目使いも、彼の視線が自分の手元にある携帯に行っていては全く意味がない。
呆れを通り越して不憫にすらなる。
にしても、彼女ができてもいまだ彼の人気は不滅らしい。
本人は「彼女がね」と公言してのろけているという噂を聞くけれど、女の子たちは元の彼を知っているからそう簡単には諦めない。
そう、彼は元はとても節操なし。
日替わりで女の子がいたくらい。
そんな彼に彼女ができても女の子はすぐには本気にしない。
浮気だって簡単にすると考える。
よって、彼女のように言い寄る人はいっぱいいる。
彼の絶大な人気にはとても感心させられる反面、呆れすら覚えるけれど。
何度か女に怒鳴られるなんてことを経験したし、学校で睨まれるなんて日常茶飯事。つい最近、彼の家を訪ねてきた女にビンタされた記憶は新しい。
つまり彼は存在だけで女をいざこざに巻き込めるだけの力がある。
そう言い切れる私は、奴の彼女なわけだけれど。
「ハルくん今日のご飯なにー?」
「んー……、まだ決めてない」
「じゃあ買い行こうよー」
「まだいいや」
「えー」
どうやらまったく気づいていないらしい。
別にかわいい子が隣にいても嫉妬なんてしない。だって彼がほかの女に興味がないのは分かっているから。
その様子をどうなるかと、彼との約束の時間を過ぎた今も観察していられる余裕があるくらい。
こっちからは顔も声も聞こえるけれどあっちからは見えない。本当にちょうどいい場所。
あ、携帯触った。
ハルが会話中に携帯を触るなんて私の前じゃ絶対にない。
あれは綺麗に笑顔を作っているようで面倒くさいと思っている。
話なんて聞いていない。後で「何話してたの?」なんて聞いてみたら、絶対に「さぁ?」って帰ってくるパターンだ。
なんて平然と観察していたけれど、
「ハルくん今日ひまー?」
「んー」
「一緒にご飯行こうよー」
彼女がアクションをし始めた。
べつにハルのことは信用しているし、女の子にも話をするくらいなら全然許しているけれど。
それ以上を許しているつもりは全くない。
「ハル」
近づいて、呼びかけてみる。
今まで一定の柔らかな色を浮かべていたその顔が――私を映した瞬間、一瞬できらめきを放つ。
「みどりちゃん」
嬉しそうに上がった口元。
その手が私を捕まえようとして前に出る。
優しく、でも強く握られた手。この人の愛情は私だけに向けられていると、小さな優越感。
その目の前で、女の子は悔しそうに私を睨みつけてくる。
我ながら意地悪だなぁとは思うけれど、先に他人の彼氏にちょっかいを出してきたのはそっち。
敵対する気は皆無だけれど、自分のものに手を出されるのはすごい嫌。
これがいわゆる嫉妬なのだけれど。
私が現れた途端ハルの視線は私にくぎ付けだから、彼女の存在なんて忘れているに違いない。
「今日類先輩は?」
「なんか教授に呼ばれてた」
「へぇ」
あの保護者みたいな先輩がいないなんて珍しい、なんて思ってみたらそういうことか。
でなかったらあの先輩がハルから離れるなんてこともないだろうけれど。
「ご飯は?」
「まだ」
でしょうとも。
ハルがくい、っと手を引っ張ってくる。これは座れという合図なのだろう。
きっと私を睨んでいる彼女が座りたかった場所。それに当たり前みたいに私を座らせるハル。
羨ましげな、憎々しげなばさばさまつ毛の目が痛い。
無視しているというよりもういないものと認識しているのだろう、ハルの視線は私に熱いぐらい注がれていて、彼女に同情を否めない。
そんなに熱い視線を送られると溶けそうなのですが。
もちろん甘ったるい意味は全くない。
どっちかというと痛々しい視線と一緒になって見返したくない。
これはいたたまれない。
ハルくんの隣にいるあんた、ずるいのよ、なんて目で見てくる女性に是非とも変わっていただきたい。
本気では変わらないけれど。
もともと人と連れ立って歩くなんてことがない私。ハルと付き合うようになってからこうなっただけであって、性質的には一人をこよなく愛する。
いつもベタベタされているだけあって、少しは離れたいとも思う。
それを許してくれないのがハルなのだけれど。
「みどりちゃん」
ふわふわ笑って、机の上に置いた私の手に手を重ねて指を絡めて嬉しそうに笑う。
過剰なスキンシップ。嬉しくないわけじゃない。
「……」
「……」
ただ、時と場合を選んでほしい。
途端にきつくなる刺々しいそれはもはや刃に等しい。
切れそう。本気で。
ここに来たのは失敗だったかな、と思った瞬間。
「ちょっと、誰」
聞こえてきた声は低く冷たく響いて、女の子がブルっと背中を震わせる。
視線を向ければ、眉間にしわを寄せて女の子を指さす類先輩。
……類先輩、人を指すのは失礼です。
「えっと、もう用事すみましたから!」
類先輩の顔を見て歓迎されていないのに気付いたのか、彼女があたふたと席を立って去っていく。
その判断力があるなら私が来た時に帰ればよかったのに。
「なにあれ」
「まぁ、いつものですね」
「追い返せばいいのに」
「ご自分の意志で帰っていただきたいので」
争い事は好みません、なんて言えば、さっきまで彼女のいた椅子に座る類先輩に呆れ顔を向けられる。
「相変わらずだね、そういうとこ」
嫉妬はしても相手と戦おうとは思わない。普通ならヤキモチを焼いて彼氏を束縛するかもしれないところ、絶対的なハルの愛情を与えられている余裕が、これを生む。
性格的に彼氏に依存、ということが薄いのも理由にはなるけれど。
これを人は冷たいという。冷めているという。
けれど私的には別れようという気が起きないことのほうがすごいことで、これはちゃんとハルが好きだから。それで十分依存しているといえる。
「嫉妬なんてほとんど無意味ですから」
だって、これ。と目で指すほうには、私の右手のリングを見て口元を緩めてふわふわしたオーラを放っているハル。
いつやらにプレゼントされたペアのそれ。束縛なんて嫌いなハルが送ってきた束縛アイテム。しかも私とハルの名前入り。
もはや疑う気も起きない。
「まぁ、確かに」
ハルの性格を知っている類先輩。
人気ものでも、一途だから。浮気なんて心配は、しません。
(彼は人気ものです。)
まぁ、本当に少しは嫉妬しますけど、好きだから仕方がないのです。
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