第5話翌日

 翌日。教室の扉を開けた先で月見里はいつもの席に座っていた。

 あれから月見里の安否は本人の声によって確認され、事態はそれほど大事になること無く収束の一途を辿った。失踪した理由は未だ明かされておらず、学園とネット上ではなぜ彼女が失踪したのかについての議論が飛び交っている。

 勇気を出した一人の女子生徒が仲間を引き連れて月見里の元へとやってきた。

 

「……月見里さん、昨日は大丈夫だった?どうして失踪なんてしてたの?」


「んー……恋の逃避行、ってことにしておこうかしらね」


 月見里は俺の方に目配せをしながら言った。その言葉に教室からは黄色い声が上がった。……関わらねぇからな俺は。

 匂わせるような発言からクラスの女子達の間で今度はどんな男なのかの憶測が飛び交い始めた。


「騒ぎになっちゃってるわね」


「んな他人事みたいに……お前が匂わせるからだろ」


「別に間違いではないもの。私と千堂くんの関係も後々には公にするつもりだし」


 そうなったらきっと俺には逃げ道がなくなるのだろう。考えるだけで恐ろしい。俺は思考を放棄することにした。

 

「そうなったら千堂くんに近づく女はいなくなる…ふふっ、ふふ…♡」


「……月見里、何を考えてるかわからんが変なことを考えるのはやめろ。ろくなことにならない」


「変なことじゃないわ。私と千堂くんの関係を知らしめるための過程よ。私と千堂くんの人生において、重要なイベントになるわ」


「いつから俺はお前と人生を共にすることになったんだ?」


「……嫌なの?」


 ぞわり、と背筋を冷たいものが伝った。その一言で会話の風向きが良くない方向へ切られたことを瞬時に察した俺はすぐさま訂正の弁を取り繕い始める。


「……私とはやっぱり嫌なの?彼女さんのことが忘れられないの?」


「ちょっと待て、今のは別にお前を拒絶したわけじゃ……」


「なんでなんでなんでなんで」


「ちょ、ストーップ!」


 取り返しのつかない事を言いふらす前に俺は月見里の口を片手で押さえつけた。


「……ちょっと落ち着け。俺はお前のことが嫌いって言ってるわけじゃない。俺は今の状態のお前との接し方がイマイチよく分かってないんだ。下手に関係を構築して歪な関係になるのは御免だ。……分かってくれるか?」


「……えぇ。ごめんなさい、少し取り乱したわ。千堂くんが私の事裏切るわけないものね」


「あぁ、そうだ。俺は当分はお前の側を離れるつもりはない。だから落ち着け」


 月見里は納得したように頷いた。必死に頭で浮かべた言葉でその場は取り繕ったが、その後終始蕩けた瞳で笑っている月見里を見ていると今度からこの弁解方法はやめようと強く感じた。


▽▼


「ねぇ、聞いた?京田くんの話」


「聞いた聞いた。なんか色々ヤってたんだってね……」


 学園は月見里の話題で持ち切り、ということはなかった。

 彼女の手によって引導を渡された京田はこの学園を去ることになった。あの後拡散された動画はすぐさま学園の教師陣に見つかり、緊急会議が行われた。情状酌量の余地も無いと判断した学園側は彼に自主退学を言い渡した。

 噂が動画と共にすぐさま広がり、彼の本性を知らなかった生徒達は動揺していた。


 被害にあった身としてはいい気分だった。悪は必ず成敗され、正義が勝つ。何事においてもこの理が崩れることは無い。それを掲げるか恨むかは人の視点によるだろう。


「……黎斗くん」


「……仁菜」


 俺の元カノ、日野月仁菜の呼び出しに応じた俺は屋上に来ていた。春風が頬をかすめる青空の下で儚げな雰囲気を纏う彼女に俺は視線を据えた。


「……なんの用だよ」


「少しお話したいなって。……京田くんのことで」


 まぁ十中八九そうだろうと踏んでいた俺は聞き返す事無く仁菜の次の言葉を待つ。


「……黎斗くんがやったのかな?」


「まぁ、そう思うのが定石だな。だが、残念なことに犯人は俺じゃない」


「……別に怒ってるわけじゃないんだ。ただ、悲しいなって」


「まわりくどいな。何が言いたいんだ?はっきりと言え」


「もう一度、やり直さない?」


 きっと俺は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていた。刹那の空白に俺は戸惑う。


「一度は別れちゃったけど、まだやり直せると思うんだ。私達、昔から一緒に…」


「無理だろ」


 仁菜の言葉を遮るように俺は冷淡な言葉を突きつけた。俺の言葉に驚いた様相の彼女に俺はさらに追撃を与えんと言葉を紡ぐ。


「俺を一度捨てたのはお前の方だ。都合が悪くなったからってもう一度付き合おうなんて虫の良い事、俺は飲み込める程馬鹿じゃねぇぞ」


「で、でも、私達相思相愛だったじゃん!あれは嘘だったの?」


「嘘じゃない。あの時はそうだった。俺の言葉と気持ちに嘘偽りは無い。嘘をついたのはお前の方だろ」


 図星だったのか、仁菜は言葉を喉に詰まらせた。彼女の思惑など、既に俺には筒抜けだ。京田がいなくなった今、彼女を支えるものはなにも無い。今更よりを戻そうなど、誰が許すか。


「何が相思相愛だよ。男を自分を昇華するための道具としか見てないお前にそんな言葉を使う権利は無い」


 容赦など無い。この女は俺が思っているよりも腐っている。この数分で俺はそれを理解していた。


「なんで、なんでよ!私達付き合ってたじゃん!」


「感情で語ろうとするな。俺がお前と付き合ってたのは事実であり俺の人生最大の汚点だ……自分も巻き込まれなかっただけ運が良かったと思え。金輪際俺に関わってくるな」


 バッサリと切り捨てた俺は踵を返して屋上を去る。ヒステリックになる前に話を終わらせたほうがいい。途端に言葉が通じなくなる。

 過去の自分と決別をつけた俺は振り返ることはなかった。


「……あの女のせいだ」

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