第45話 土下座クインテット


 マリアはほんのりと赤くなった。

 すると、八畳院は突然笑い出した。


「ふ、ふふふふふ。はははははっ!」


 一瞬、頭がおかしくなったかと思うも、こういうのは異世界でも目にした。

 確か、真の奥の手を出す悪党が、こんな笑い方だった。

 他の理事メンバーも、忍び笑いを漏らしている。


「本当に優秀な彼女さんだな。うらやましいくらいだよ。だが、そんな映像がなんだと言うんだ?」


「なんだと?」


 勝ち誇った顔で、八畳院は朗々と語り始めた。


「どうやら君らは、権力というものをなにもわかっていないみたいだな。その映像を作りもののフェイク動画という扱いにすればいいだけだ。世界を支配する魔法業界。その頂点に君臨する我々の力は警察上層部にも絶大な影響力を持つ。ガキ一人が撮影した動画の鑑定結果など、いくらでも操作できるのだよ!」


 堂々と犯罪宣言をしながら、八畳院はさらに上から目線に、威風堂々と構えた。


「証拠などいくらでも捏造できる。証拠を出して正論を突きつければ勝てるのはアニメの世界だけが。東雲朝俊、君がどれだけ魔法の達人でも、大人の世界には疎かったみたいだな。つまり、こういうこともできる」


 会議室奥のドアと、俺らの背後のドアが勢いよく開いた。

 そこから、次々魔法官の制服姿の男女がなだれ込んできた。


「自衛隊の中でも、殺人に特化した魔法官を集めた特殊部隊だ。君らの力は知っているが、彼ら彼女らの実力は決して見劣りするものではないよ。それにこの人数だ。悪いけれど、この場で消えてもらうよ」


 この態度と状況に、俺は自分の中で、人として大切なモノが急激に冷えていくのがわかった。


「……殺すのか?」


「君らが従順な姿勢を見せれば、訓練方法の情報を秘匿することと監視付きの生活を条件に命だけは助けるという手もあったがね。こうも反抗的では困るんだ」


「俺らの力を使えば、日本が他国に有利な立場を取ることもできると思いますけど?」


「君らにそんな従順さがあるとは思えないね。それに、日本が有利になってもそれで我々の権益が損なわれては意味がないんだ」


 八畳院の声音が合図だったのか、魔法官たちが全員一斉に臨戦態勢に入った。

 その光景と八畳院を含む理事会の傲慢さに、俺は殺意が芽生えた。

 大きすぎる力を危険視して命を狙う。

 権力者が自身の権益を守るために、無実の子供を殺そうとする。


 ――ああ本当に。人間ては奴は異世界も地球も変わらないな。


 ルーシーが魔王にならざるを得なかった状況に、俺は想った。



 ――こいつらマジで救う価値ねぇなぁ!



 一週目の人生で、俺は地球で反吐が出る程の悪意に触れてきた。

 そして異世界でも、俺は殺意しか感じられない程の悪意に触れてきた。


 さらに三度目の人生でこれかと、ほとほと人間がいやになる。

 全員皆殺しにして、地獄に叩き落としたい。


 俺こそが、終末時計の原因になってしまいたいとさえ思う。

 だからこそ、俺は八畳院に感謝したくなった。


「ありがとう八畳院。おかげで今まで以上にルーシーを愛せるよ」

「は?」


 八畳院が困惑の声を上げると、五人の視線が中空に止まった。

 それは、本人にしか見えないAR画面に緊急メールが届いた時の反応だった。


『バカな!』


 五人は一斉に立ち上がると、慌ててVR画面を展開してタップし始めた。

 俺らも、ゆうゆうと自身のVR画面をタップした。

 すると、そこにはニュースの生放送が流れていた。


 一言で言えば、学園都市を除いた、東京中の空にこの会議室の映像が流れていたのだ。


「恐れ入りますが、わたくしの映像投影魔法で東京全域に生中継させて頂きました。さらに、この映像を撮影した映像がネットで拡散され、世界中で注目されています」


「映像投影魔法? 東京全域? ばかな、バカなバカなバカな! そんなことできるものか!?」


 狼狽し、必死に現実逃避する八畳院に、マリアは淡々と続けた。


「信じるかどうかは貴方次第です。ではこのまま話し合いを続けましょう。もっとも、わたくし個人としましては発言に気を付けることをおすすめいたします」


「ぐっ、うぅっ」


 苦し気に八畳院が歯を食いしばると、俺は最後通牒をつきつけてやる。


「ほれほら、お得意の隠ぺいと捏造でなんとかしたらどうですか? この状況で俺らが消えて、世間がどう見るかはわからねぇけどな。どれだけ権力があっても、人の心までは操れねぇぞ?」


「ぐぅ、うぅううううううううううううううう!!!」


 八畳院はまるで毒に苦しむような顔で歯ぎしりをしながら、テーブルの上で左右の拳を震わせた。

 その様子に、残りの理事が溜息を吐いた。


「八畳院。貴方の負けです」

「なんだと!?」


 仲間からの予期しない裏切りに、八畳院は激昂した。


「どうやら貴方よりも、彼らのほうが一枚上手のようです。ここは素直に負けを認めなさい」


「負けを認める? こんな庶民のガキに、この学園都市理事長であるこの私が!?」


「それが現実です。そもそも、彼らの処遇については我々も難色を示したはずです。それを貴方が己の権益と、次期・学園都市総学園長の椅子欲しさに功を焦り、半ば独断で事を運んだのではないですか?」


「ふざけるな! 庶民の増長を危険視していたのは貴様らも同じだろう!?」

「好きに騒ぎなさい。もっとも、相手は我々ではなく、彼らだと思いますがね」

「くっ!?」


 八畳院は額から汗を流しながら、俺らに向き直った。

 五人の理事長のうち、眼鏡をかけた女性が尋ねてきた。


「では東雲朝俊君。君の要求を述べてください。我々4人には、最大限、貴方の望みを叶える準備があります」

「貴様ら!」


 ぶざまに喚き散らす八畳院を無視して、俺は淡々と告げた。


「まずは今回のことを一切包み隠さず世間に公表する事。そして八畳院を警察に引き渡し、しかるべき罪を償うこと」


 俺の言葉に八畳院は愕然と青ざめ、他の理事長たちはうんうんと頷いた。


「それから、アンタら全員の解任だ」

「…………は?」


 長い沈黙の後に、女性理事長はまばたきをした。


「いや、なんか自分たちは無関係づらしているけどさ、さっきまであんたも全力で俺らを殺そうとしていたじゃん? 特殊部隊を止めようともしなかったし。普通にあんたらも同罪だからな?」


「待ちなさい! 我々を解任? そんな権限があるとでも?」

「無いだろうな。だから俺らは裁判所で今日のことを事細かく裁判長に説明させてもらうぜ。理事長って、牢屋の中でもできるのか?」


「ぐっ、この……」


「あんたが全員、学園都市の全役職を退任して業界から去るなら、示談に応じてやる。でも応じないなら交渉決裂だ。どのみち豚箱行きは確実なんだ。自分で首を切るのと強制的に首を切られるの、どっちがいいんだ?」


 俺からの問いかけに、4人の理事は息を詰まらせた。

 なので、俺は踵を返した。


「帰ろうぜ。俺が全力を出せば、こいつらにはじき、警察が正当な裁きをしてくれるさ」


「そうだね」

「そうですね」


 俺らがそろって背中を向けると、4人の理事たちは席を離れて、床に膝をついた。


「ま、まちなさい! 待ってください!」


 4人は東京中、そして世界中に中継される中、両手と額を床につけて、土下座をキメた。


『お願いします! 言う通りに致しますので、どうか示談に応じてください!』


 続けて、八畳院も土下座してきた。


「た、頼む! 私とも示談にしてくれ! 和解金ならいくらでも出す! 払う! 積む! だからぁ!」


 子供相手になんともみっともない姿を晒す5人に、俺は酷薄な声を浴びせた。


「そっちの4人との示談には応じる。だけど八畳院、テメェは駄目だ」


 4人は安堵の息を吐きながらそのまま床に潰れ、八畳院は絶叫し、立ち上がった。


「この、くそがきがぁああああああああああ!」


 八畳院は両手に炎を生み出し、振り上げた。

 すると、俺が何かする前に、八畳院の顔面が音速で床に叩きつけられた。

 ルーシーの重力魔法、グラビドンだ。


「お前は一生土下座していろ」


 クールな声音に、俺は惚れそうになった。


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