第47話 失踪

 三葉は袴にブーツを合わせた女学校の制服に着替える。できるだけ動きやすい装いの方が、カフェへから逃げるときはこの方が走りやすいと考えたのだ。

 帯の中には陶器の狐となった吹雪が潜み、まだ完全に力が戻ってはいないながらも付き従ってくれている。


 車を出すと言ってくれた弘城に甘え、カフェの近くまで送ってもらう。もう深夜にもかかわらず繁華街には多くの人が行き交っていた。

 酔っ払いの怒号や女の甲高い笑い声がそこかしこから聞こえてくる。


 帯の中に潜んでいる吹雪が勇気づけるように声をかけてくれる。

「三葉、俺がついてる。あいつの加護もあるし、大丈夫だ」

「ええ」


 運転手に礼を言って、三葉は意を決して車を降りた。

 ハルを助ける。それだけを胸に刻み、三葉は目的のカフェへと通りを駆ける。女学校の制服姿など目立つはずだが、加護のお陰か誰も三葉を見ようとしない。


(もう少し)


 角を曲がれば、一際目立つカフェの看板があった。

 なのに三葉は妙な違和感を覚える。看板の色も、窓に映る灯りも、朝と寸分違わない。


(これ、同じお店だよね?)


 朝、逃げ出したときと何ら変わっていない。

 しかし店を覆っていたおどろおどろしい空気は完全に消えている。

 店内は相変わらず賑わっており、流石に真正面から入ったら追い出されてしまうだろう。三葉は裏手に回り従業員用の出入り口の扉を開けた。


 タイミング良く女給の一人が通りかかり、三葉を怪訝そうに見た。


「なんだい、あんた?」

「桃香さんはいますか? ハルさんの事でお話しがあるんです」


 三葉はためらわず問いかける。できれば桃香に会い、直接ハルを解放してほしいと頼むつもりでいたのだ。もし桃香に会えなければ、ハルを説得して連れ出すつもりでいた。


「ハル? アタシは忙しいから、店主に聞いてくれよ。ちょっと待ってな。……おーい、可愛いお嬢ちゃんの客だよ!」


 ぶっきらぼうな言葉遣いだが、女給はすぐに事務所の奥へ声をかけてくれる。そして三葉が礼を言う前に、さっさとフロアへ戻っていった。


(あんな女給さんいたかな?)


 また違和感が積み重なる。仕事をしたのは昨日だけなので、全員の顔など分からなくて当然だと、三葉は自分に言い聞かせた。

 しかし店の奥から出てきた店主に、三葉の疑問は更に強くなる。


「どうしたんだい嬢ちゃん。その恰好、まだ学生だろう? こんな夜中にうろついてちゃいけないよ」


 対応した「女店主」は、昨日とは全く違う女性だったのだ。


「あ、あの……私、オーナーの桃香さんとお話しがしたくて。いないのでしたら、ハルさんと面会を……」


 二人の名を告げると、店主は首を傾げる。


「ハル? 誰だい?」


 そんな女給はいない、と不審そうに返される。三葉は息を呑んだ。


「あんたがオーナって言った桃香って人も知らないね。私は今日から急にこの店任されることになってね、前のオーナーは見たこともないんだ」

「前のオーナー?」

「経営陣が替わったって聞いてるよ。なんでも新しい場所に店を建てたんで、従業員全部連れて引っ越したんだってさ。お陰でうちは、テーブルも何もそのまんまの格安で買い上げることができたのさ。上の連中は大もうけだって喜んでるよ」


 店主の言葉に、三葉の胸の奥へ冷たいものがすうっと広がった。足先からじわじわと力が抜け、思わず帯の中の吹雪に縋りたくなる。


「ありがとうございました」

「気をつけて帰りなよ」


 頭を下げ扉を閉めると、三葉は路地の暗がりにしゃがみ込む。


「吹雪、どうしよう」

「俺達だけじゃ、何もできない。今日は帰るしか――」


 帯の中から聞こえていた吹雪の声が、不自然に消えた。


「吹雪? 吹雪! ……っ!」


 路地の奥。暗闇の深部から延びてきた黒いもやが三葉の体を包み込む。


(なにこれ……息ができないっ……)


 必死になって抵抗するけれど、もやは三葉の体に絡みついて離れない。意識が途切れる寸前、カチカチと乾いた音が聞こえた気がした。


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