第26話 恐怖は伝播する・1

 中庭でお昼を済ませた桃香は、友人達と共に他愛ないお喋りに興じる。

 と言っても、いつも話題の中心は桃香だ。


「桃香様、素敵な髪飾りね」

舶来品はくらいひんよ。まだ百個しか輸入されていないんですって」


 得意げに桃香が髪を揺らすと、水色の宝石で作られた蝶がキラキラと輝く。学校では華美な装飾品は控えるようにと決まっているのだが、桃香は気にしたこともない。

 そして教師達も厄介ごとに巻き込まれたくないのか、見て見ぬ振りだ。


「彩愛さんがくださったの。次の週末は、一緒に着物を買いに行く約束をしてるのよ」


 羨ましそうな視線を向ける友人達に、桃香は得意げに微笑む。


(お兄様の婚約者が、こんなお金持ちだったなんて。神排になったら家が傾くなんて、やっぱり嘘っぱちよ)


 蛇頭家との共同事業発表の場で、正式に彩愛を婚約者として迎える事を公にすると言い出したのは明興ともあきだった。

 事業問題は数年前から話が出ていたが、様々な事情で遅々として進まず(と、父は話していた)蛇頭家の娘と婚約することで話が纏まりそうだと、一年ほど前にやっと纏まりかけていた。


 けれど桃香は、あの江奈という女が好きになれなかった。


 姉の三葉は地味すぎて論外だけれど、江奈は逆に派手すぎるのだ。

 町を歩けば誰しもが振り返り、幼い頃から縁談の話が多く持ち込まれているという噂も気に入らない。

 母も「異国の血が混じっているなんて、ふしだらな女に決まっている」と吐き捨て、兄との縁組みには気が進まない様子だった。


 しかし父も兄も「折角縁ができたのだから」などと言い、周囲の人を焚きつけて見合いに持ち込んだのである。


(あの時の冷たい目。まるで本当の蛇みたいで気味が悪かったわ)


 羽立野家で行われた顔合わせの日、江奈は「事業と婚約は関係がない。そもそも自分は、明興と結婚する気はない」と真顔で言い放ったのである。

 そしてさっさと帰ろうとする江奈に、明興は情けなく取り縋り……そして蹴り飛ばされた。兄を小馬鹿にしたことも許せなかったし、可愛らしい桃香をちらとも見ようとしない蛇頭家の者にも腹が立った。


 気落ちする兄と、慰める両親。桃香は苛立ちを腹違いの姉である三葉にぶつけた。

 人のいない裏庭へ呼び出して罵り、草履でその頬を叩いてやった。暫くすると雨が降り始めたので、折檻は中止したけれど桃香が部屋に戻る頃には止んでいた。


 三葉を折檻すると奇妙な事が起こるので、両親も兄も精々暴言程度でそれ以上の事はしなかったのだが、余りの怒りにすっかり忘れていたのだとその時桃香は思い出す。


(三葉もこっそり神棚を掃除してたって女中も言ってたし、やっぱり神を奉る連中は気味が悪いわ)


 そんな時、明興の元に出入りしていた神排仲間が一人の娘を連れてきた。

 それが彩愛だったのである。

 由緒ある家に連なる姫君だとだけ教えられたが、その容姿と立ち振る舞いには品がありみな息を呑んだ。

 彩愛は毎日のように羽立野家を訪れては、両親と明興だけでなく桃香や女中にまでプレゼントをくれた。それぞれが欲しがっている品を的確に理解し、使用人達には分相応の菓子を配る。


 こんな気前の良い娘のいる家ならば、蛇頭家などよりずっと財産があるのではないか?


 そう言い出したのは父か母か忘れた。

 その頃には兄はすっかり彩愛に夢中になり、桃香も美しく優しい彼女が姉になったらどれほど誇らしいかと思うようになっていた。

 だからホテルでのパーティーで、怒り狂った蛇頭家当主を前にしても「やっぱり羽立野家の財産が欲しかったのね」としか思わなかった。


 ただ兄から妾になれと命じられたのに、平然と断った江奈には今も納得していない。

 兄は数々の令嬢と浮名を流すほどの色男だ。

 そんな兄から直々に妾の打診をされたら、頭を下げて受け入れるべきだと桃香は思っている。

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