第18話 女学校

 全く眠れない一夜を過ごした三葉は、寝不足のまま食堂に向かった。


(悲しんだり悩んでても仕方ない。いまの私に出来る事を探さなくちゃ)


 いくら弘城が明日から学校に通ってよいと言っても、昨日の今日なので流石に教科書は揃っていないと思っていた。しかし朝食を終えると、水崎が黒い牛革のバッグを持ってくる。


「女学校で使う教科書と筆記用具、それと英語の辞書が入ってるから。何か足りないものがあれば教えて」


 食後の珈琲を飲んでいた弘城が、いつもと変わらない笑顔でさらりと告げる。

 昨夜の礼を改めてした方が良いのか悩んでいた三葉だが、弘城は特に話を蒸し返すような事もない。


「じゃあ私は仕事があるから先に出るよ。三葉さんは、学校へ車で送るからゆっくり食べて」

「それには及びません!」

「でも羽立野家の人間に、君がうちから出入りしているのを見られると困るんじゃないかな?」


 弘城の言うことは尤もなのだが、しかし車で登校などすれば悪目立ちしてしまう。


(妹の桃香ももかならともかく、私が車で乗り付けたらあっという間に噂になる)


 ただでさえ羽立野家は兄のやらかしがある。噂好きの女学生が、尾ひれを付けて広めるだろうことは容易に想像が付く。


「じゃあ、人力車でお願いできますか?」


 妥協案を出すと、弘城は不満そうにしながらも頷いてくれる。


(――朝から疲れる……)


 色々と話したい事があったのだけど、結局弘城に何も言えないまま彼は仕事に行ってしまった。


***


 女学校の門から少し離れた場所で人力車から降りた三葉は、周囲の視線を避けるように俯いて教室へと向かう。

 一番後ろの窓際の席に座り、文庫本を出して視線を落とす。


「おはよう」

「おはよう。ねえ、お聞きになった」

「もちろんよ」


 クラスメイト達の他愛の無いお喋りが、全て自分の事を噂しているように聞こえて本の内容など頭に入ってこない。


(やっぱりお屋敷にいた方がよかったかな? でも、折角歌子うたこさんが掛け合ってくださったのだし……)


 自分だったら、とても「学校に行きたい」などと弘城に頼めなかった。


(お母さんも、勉強は大切だって言ってたもの)


 羽立野家に引き取られてすぐの頃、幼い三葉が読み書きできると知った女中達は驚いていた。

 それを女中頭が叔父に知らせたことで、三葉は桃香と同じ華族や豪商の子女が通う学校に入学することを許されたのだ。


 継母は反対していたようだが、世間体や何より「学があった方が、良い家に嫁ぐ際に箔が付く」と叔父が説得し認めさせたと聞いている。

 別に三葉の将来を案じてではなく、羽立野家の駒として利用しやすくするためだったと今なら分かる。


「三葉さん、おはよう」

「あ……おはよう、歌子さん」


 前の席に座り三葉の方を向いた歌子が顔を寄せる。


「大神の当主が物わかりが良くて嬉しいわ。まあもし三葉さんが登校してこなかったら、雀達を連れて突撃するつもりでしたけど」

「それは止めた方がいいんじゃ……」


 可愛らしい笑顔で突飛な事を言う歌子が、どこまで本気なのか分からない。


「あれ?」


 歌子が来たので文庫本をしまおうと鞄を開けた三葉は、教科書の間に陶器の狐が挟まってると気付いた。


(神棚にあった筈なのに?)


 昨夜吹雪は元の陶器の狐に戻り、自ら神棚に入って眠ったはずだ。

 首を傾げる三葉の前で陶器の狐になった吹雪がぴょんと鞄から飛び出て机に載る。

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