第10話 婚約者?ご冗談ですよね?

 着替え終わって食堂に戻ると、タイミングを合わせたかのように温かい食事が運ばれてくる。


(スクランブルエッグとハム……すごく美味しそう)


 羽立野家でもたまに洋食を作っていたが、三葉が口にできるのは卵の焦げた部分やハムの端くらいだった。そもそも三葉の口に入る頃にはすっかり冷めていたし、急いで食べるので味も何も分からなかった。


「食事をしながら話をしよう」


 そう大神が切り出してくれたので、三葉は目の前のパンを手に取る。


「いただきます」


 白く柔らかいそれはほどよく温められていて、頬張るとほんのり甘い。

 これまで朝食といえば、お茶漬けと漬物、そして夕飯の残りものが常だった。


「質問してもよろしいでしょうか?」

「どうぞ」

「私は誰に嫁ぐのですか?」

「その口ぶりだと、嫁ぐこと自体には疑問を感じていないようだね」

「学生時代に婚約が決まることは珍しくないですし。女学校を辞めて、嫁ぐ生徒も多くいます」

「それだけじゃないだろう?」


 問いかけられ、彼には型どおりの答えは通じないと知る。


「私にできる唯一の実家奉公は、親の役に立つ相手と結婚することだと教えられて育ちました――」


 母を亡くし天涯孤独となった三葉が羽立野家に連れ戻されたのは、確か五歳の頃だったと記憶している。

 妾腹だが最低限の暮らしは約束するし、学校に行く金も出してやると初めて会った父は面倒そうに三葉に告げた。かわりに女学校を出たら、父の用意した相手に嫁ぐことが条件だとも言われ三葉は素直に頷いた。

 実際、「妾の分際で、本家の敷居をまたごうとしただけでなく、認められなかった腹いせに、逃げた女の娘」に対する温情ならば十分すぎる。


 問題があるとすれば、現状三葉の置かれた立場だ。

 家出をした三葉は大神家の預かりとなっても、羽立野家と正式な書類を交わしたわけではないので未だ羽立野家に籍がある。

 しかし大神家と羽立野家では格が違う。なので大神家が三葉を欲しいと言えば、三葉の意思とは関係なく所有権は移る。

 多少金銭の遣り取りは発生するだろうが、大神家の財力を考えれば「三葉を道具とする方が利になる」と結論に到ったのなら、ぽんと支払うに違いない。

 そして羽立野家も、これから蛇頭家への賠償やら何やらで物入りになると思うので、お金は欲しいはずだ。


「これまでお伺いした内容から考えて、大神様は私に道具としての価値があるとお考えなのですよね? 実家は私を大神様にお譲りする際に、いくらかの金銭を要求してくると思います。そのお金で父に恩返しができればいいかと……」

「つまり、実家に恩返しができればそれでいい、と言うのが君の考えということで間違いないね?」

「はい。実家との話が纏まりましたら、私は大神様の命に従うだけです」


 身の程は弁えているつもりだ。

 なのに大神はどこか不満げに肩をすくめる。


「言いたいことは色々あるけれど、まずは君の質問に答えよう。三葉さんが嫁ぐ相手は、私だよ」

「はい?」


 言われた意味が理解できず、三葉は素っ頓狂な声を上げて固まった。


「私の婚約者になるのは嫌?」

「そういう事ではなくてですね! 第一、大神様から結婚を申し込まれて、お断りする方なんていませんよ!」

「だったらいいよね」

「ご冗談は止めてください!」


 首をぶんぶんと横に振る三葉を、大神は楽しそうに見つめている。


「大神様と私とでは釣り合いません! 家の格も違いますし……とにかく、私のような者と結婚だなんて、冗談でも口にしたらいけません!」


 なにより自分は妾の子だ。


「……やはり花嫁修業は、君が元気になってからにしよう。まずは君が元気になることが優先だからね」

「私、どこも具合は悪くないです」


 優雅に紅茶を呑みつつ、大神は三葉の言葉など聞こえていないかのように振る舞う。


「私は仕事で出かけるけれど、寂しくなったらいつでも連絡して。すぐに駆けつけるからね。何かあれば執事の水崎かメイドに声をかけなさい」


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