ほろ酔い幻想記

清瀬 六朗

第1話 新年の饗宴

 新年が明けた最初の日。

 蒲沢かんざわ駅から少し山手に行ったほうにある作家木庭こば晴恵はるえの家の居間には、作家、日本文学部の大学教授や出版社の編集者、音楽プロデューサーといった人たちが集まっていた。

 まわりの家とくらべて飛び抜けて大きい家というわけではないが、ベストセラー作家の家だけあって、庭が広くて余裕がある。

 冬の花壇に花はまばらだが、パンジーが咲き、寄せ植えされたビオラも花をつけ、水仙もその後ろで気品のある一列を形成していた。

 その庭を見渡せるこの家の居間で、屋敷の主人木庭晴恵が、ワイングラスを優雅に手に持って言う。

 「でもね、今度調べてみてわかったんだけど、大正デモクラシー、っていうじゃない?」

 グラスの白ワインはもう残り少なくなっている。

 「ああ」

寺中てらなか繁武しげたけ教授が煙草をくゆらせながら言う。

 最近は自由に煙草が吸えなくなった。でも、ここでは心置きなく吸わせてもらえるから、と、吸っている。煙草はもう七本めだ。

 寺中教授はワインではなくバーボンウイスキーを飲んでいる。

 煙草を灰皿に置いて、そのグラスを手に取り、軽く唇を湿らせる。

 「で?」

 「あんなの、うそっぱちよ」

と木庭晴恵は少しく感情的になって、言った。

 「陸軍の寺内てらうちっていうのが首相で、人気がなくて、そこで米騒動が起こって寺内内閣が倒れて、政党出身のはらたかしっていうのが政党内閣ができて、民主主義が進んだ、って言うでしょ。でも、調べてみたらね」

と木庭晴恵は白ワインを軽くあおる。

 「その原っていう政治家、ぜんぜん庶民の出身じゃないのよ。岩手のほうの家老の家の出身で、しかも、岩手だったら明治政府の敵じゃない? だから、政府と戦ってい上がったか、っていうと、そうじゃないのよ。敵だったはずの薩摩長州の政府に入り込んで、そこで出世して、しかも、ひどいのよ」

 「どうひどいんです?」

 寺中教授の隣に、少し窮屈そうに座っていた西渡さやどという女の人がきく。

 明珠めいしゅ女学館じょがっかん第一高校の国語の先生だという。ちょっと「つん」とした感じだ。

 この先生は寺中教授が連れてきた。寺中教授は明珠女学館大学の教授だから、その弟子なのか何なのか。何か関係があるらしい。

 木庭晴恵は、その西渡先生の問いに答えて言う。

 「政党出身の政党内閣、っていうのも、大嘘。明治に自由党ってあったじゃない? あの、明治政府と衝突して何度も勇敢に政府と戦った党。あれを、長州の伊藤博文と組んで乗っ取って、自分の党にしてしまったのがこの原敬って政治家なのよ。つまり、もともと庶民じゃなくて家老の家の出身で、その出身の藩を裏切り、政府と戦ってた党を乗っ取り、それを使って自分が総理大臣なんて。そんなのがデモクラシーであってたまるものですか!」

 「まあ」

と、だみ声で言ったのは、石谷いしやろうという、皺の多い男の人が言う。

 石谷ひらくという、いまから五十年ほど前に有名だった歌手の息子だ。本人ももう老年に入ろうとしている。

 このひとは、ホップ味炭酸飲料というもので焼酎を割って飲んでいる。

 「何についても、ほんものってのは難しいもんだ」

 その石谷浪を横目で見て、木庭晴恵は白ワインを飲み干す。

 「いや、そこまで調べていらっしゃるなら」

尾浜おばま宣治せんじという、スマートな男の人が言う。

 木槻きつき書房という出版社の編集者だ。

 「いま書いていらっしゃる『ぴーぷる』の原稿を、ぜひ、一日も早く」

 笑って言う。

 笑っては言った。

 でも、木庭晴恵はそのことばに動きを止めた。

 ほかの参加者もことばを続けられない。

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