吸血鬼な公爵令嬢は嫌われたい!

廿楽 亜久

第1話

 闇夜のような黒髪に、ガーネットのような赤い瞳。

 これが自分を買った、新たな飼い主。


「私は、ヴァイオレット・ルミエール。貴方の新しい主人よ」


 自分たち奴隷に、自由はなく、その体も、精神も、命すら彼女たちにとってはただの道具のひとつに過ぎない。

 娯楽のためならば、四肢を捥いで嬲る事もあれば、動物たちの餌にされることだってある。ひたすらに快楽を求められ、人間の尊厳なんてものは存在しない。


「貴方への命令はただひとつ」


 しかし、命令に逆らうことは許されず、ただ頭を垂れて、命令に従う他ない。

 うまく取り入れば、命は助かるし、五体満足でいられるかもしれない。

 限りなく低すぎる可能性に、それでも縋りたくなるのは、未だ自分が人間だと思っていたいからだ。


 公爵令嬢が、奴隷を使って行わなければいけないこと。

 どう考えても、表沙汰にできない汚れ仕事だ。

 それか、極めて個人的で、特殊な趣味をお持ちか。


 どちらも地獄だが、前者の方がマシだ。仕事である方が、自分の有用性を示して、生き残れる可能性がある。

 しかし、問題は前者であったところで、目の前の令嬢の計画が上手くいった暁には、不穏分子でしかない汚れ仕事を知っている奴隷の存在など、抹消されるに決まっていることだ。

 だが、断ったところで、死が待っているだけ。


 この令嬢に買われた時点で、人生が詰んでいた。

 死の宣告にも同義な、新たな主人の命令の真意まで探ろうと、半ば諦めながら耳を傾ける。


「私を、悪役令嬢にすることよ」


 ”悪役令嬢にする”

 令嬢の言葉は、それはもう無理難題で――――


 ――――ちょっと、だいぶ意味が分からない。


 何を言ってるんだ。この公爵令嬢。

 ついに公爵令嬢ですら、頭の中が花畑にでもなったのかと、自分の耳を疑いたくなる。


 しかし、相手は公爵家の中でも、王家との繋がりが最も深く、貴族の中でも頭一つ抜けているルミエール家。

 疑問を返して、不敬と罪に問われる危険もないわけではない。


「これは、国にとって、とても重要な案件よ。貴方は頭が回ると聞いたわ。だから、協力してほしいの」


 真剣な表情で言われても、困惑するだけだ。

 国にとっての重要な案件?

 悪役令嬢が?

 何を言っているんだ。こいつは。


「確認をさせて頂きたいのですが、悪役令嬢になるというのは、あくまで何かしらの目的のためと存じます。具体的な目的について、私にもお聞かせ願えますでしょうか」


 道楽としての悪役令嬢、つまり悪役、ヒールを演じたいということだろうか。

 それとも、別の理由があるのか。

 こちらを見定めるような視線を向ける令嬢は、こちらに悪い印象を抱いている様子はない。


 なんで、こんなのに真面目に付き合わなきゃいけないんだ。


「私と第一王子の仲を悪くして、婚約を破棄させてほしいの。そうすれば、第一王子の婚約者は、我が妹であるブルーベルになるはずよ」


 本当に、一から全てちゃんと説明してほしい。お願いだから。


 しかし、表情としては、悪くない。令嬢の期待には沿っているようだ。

 頭痛が痛くなりそうな内容だが、それでも頭を動かし、可能性を模索する。


「………………色恋の話ですか?」

「違う。それから、この話題に関して、遠慮は必要ないわ。貴方の忌憚ない意見を聞かせて」


 内容が内容な上に、第一王子まで出てくれば、さすがに遠慮も出てくるかと、先に許可が出される。それだけ、令嬢にとっては、重要な案件ということなのだろう。


「お心遣い感謝します。では、お聞きしますが、その話において、最も重要視されているのは、ブルーベル様と第一王子の婚約でしょうか?」

「そうよ。そのためには、本来の婚約者である私が、どうにか正式っぽい理由をつけて下りないといけないの」

「何故?」


 聞きたいことは多いが、まずはそこだ。

 彼女が言うには、色恋ではないらしいが、政治的な理由ならそれこそ正式な理由になるはずだ。

 それができない公爵令嬢の婚約拒否の理由など、個人の感情以外に思いつかなかった。


 すると、彼女は、その深紅の瞳を細め、じっと自分を見下ろし、その黒い髪を靡なびかせた。

 月夜に美しく輝くその姿は、絵師であれば、一度は描きたいと思うほどの美しさであろう。


「私の姿を見て、どう思う?」

「は……? 大変麗しいです」

「世事は結構」


 冷ややかな視線は受けたものの、言いたいことはおおよそ想像がついた。


「つまり、昔話の国を傾けた吸血鬼の姿によく似ているヴァイオレット様は、王妃に相応しくないと?」

「そういうこと。ちなみに、ブルーベルは、金髪に青い目だから、その辺りの心配はいらないわ」


 この国で、太陽のような金の髪に、空のような青色の瞳は縁起が良いとされており、貴族の中ではそれだけで序列が変わる時がある。

 逆に、ヴァイオレットのような夜闇のような黒い髪に、血のような深紅の瞳は、この国を傾け、お伽話の悪役にも良くなっている吸血鬼の生まれ変わりや子孫とされ、忌み嫌われる。


 ルミエール家では、序列が変わる言い伝えを気にしてはいないが、少なからず縁起の良し悪しを気にしているのかもしれない。

 特に、王族へ嫁ぐ娘の容姿に関しては、気を遣う必要もあるだろう。


「だから、王子に嫁ぐのはブルーベルだと決まっていたのに……」


 大きくため息をつく彼女の代わりに、侍女が続けた。


「お嬢様が八歳の誕生日を迎えられた時、第一王子より告白されまして、正式な申し出の元、お嬢様は婚約者となりました」

「諦めたら?」


 向こうにとっては、恋愛結婚のようなものじゃないか。

 目の前の彼女も含め、国ごと言い伝えなど忘れてしまった方がいいと思う。

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