第24話 シルシルの幸せな生活


 龍俊は眉間に皺を寄せた。


 「やはり。目の前にいるのは死体っす。シルシルたんが離れたので制御を失っているっす。随分とフレッシュっすけど。家の内装も含めて幻術か何かっすね」


 メルファスは震えている。


 「ど、どうするのよっ」


 龍俊は答えた。


 「メルたん、相変わらずのへっぽこっすね。女神が百鬼の類にビビってどうするっすか。それよりも問題は、この状態をとうするかっす。拙者、哀れでみてられないっす」


 「どういうこと?」


 「この女性(死体)は、シルシルたんに全く似てないっす。きっと、シルシルたんは、どこぞから母親くらいの年頃の、この死体を見つけてきて

一緒に暮らしてるっす」


 「どうして、そんなことしてるのかしら」


 「きっと、事情があって親がいないっす。いわば、この家は、シルシルたんが欲している幻影。それを守りたくて、やって来た冒険者を追い返していたっす」


 龍俊はため息をつくと、言葉を続けた。


 「なんだかそのことを考えると、拙者、心臓のあたりが痛くなるっす」


 「それって、普通に運動不足なだけじゃない? ……まぁ、たしかにね。でも、仕方ないし、それも一つの有り様ありようなんじゃないの?」


 龍俊は、メルファスを一瞥すると、小馬鹿にするように、声のトーンを上げた。


 「メルたん女神のくせに薄情っすね。仕方ない? 仕方ないで諦めていいことなんて、世の中に一つもないっすよ。……シルシルたんの儚い夢を終わらせるために、戦うっすか」


 「あの子は現状で満足しているの。それを壊すようなことをしたら、あんた、きっとあの子に嫌われるわよ?」


 「拙者が嫌われるだけで、シルシルたんが前を向けるならお安いものっす。それに、完膚なきまでに叩きのめして、拙者の専属メイドにするっす。ていのいい性奴隷っす。ひょほっ」


 メルファスは眉間に皺を寄せた。


 「きもっ。って、幻術を破るにも、方法がないでしょ。どうするのよ?」


 「彩葉たん。魔を退ける唄はないっすか? それと今回は彩葉たんはお休みっす。シルシルたんの目の前で、お母さんをミンチにするのは、さすがにキツいっす」


 彩葉は龍俊の目を覗き込んで答えた。


 「……わかった。ダ女神。本の99目の番だ。百鬼夜行を退ける唄。それを詠め。噛んだら、お前が百鬼に取り込まれるから気をつけろ」


 そう言い残すと、彩葉は短剣になった。

 メルファスは口を綻ばせた。


 「いちいち、ペナルティが半端ないわねっ!! 仕方ない。悪霊退治は神の本分。いっちょう、やったりますか」


 龍俊も立ち上がった。

 

 「さて、やるっすか」


 メルファスはため息をついた。


 「あんたも大概、お人よしね。クエスト失敗したら、わたしたちの宿代どうするのよ」


 「それは、メルたんがエッチなバイトして稼ぐっす」


 「襲われたらどうするのよ。龍俊が助けてくれるの?」


 「当然っす。拙者は、メルたんのナイトっす」


 「世界一頼りないナイトね」


 メルファスは立ち上がると、空に文字を書き連ねる。そして、両手の平を前に突き出すと、歌うように口ずさんだ。


 「女神メルファスの名の下に詠み解く。かたしはや、ゑかせせくりに、かめるさけ、てゑひあしゑひ、われゑひにけり……」


 すると、メルファスの周りに五芒の陣があらわれ、黒い桜吹雪が舞い上がった。


 その桜吹雪は、優しくシルシルの母親を包み込んだ。桜の散りぎわに、シルシルの母親役だった女性の顔が一瞬見えた。龍俊には、彼女が微笑んでいるように見えた。


 そして、桜の花びらが消えると、母親も砂になって消え失せていた。


 龍俊は母親だった砂の前で片膝をついた。


 「長い間、お疲れ様でした。あとは、拙者がなんとかするっすから。安心して眠るといいっす」


 龍俊は立ち上がると、短剣を構えた。


 「さて、すぐにシルシルたんが戻ってくるっすよ。やるっすよ」

 

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る