第23話 星ノ獣 mundo beast

エルミシア 近郊の洞窟前の森

「――アマ姉なのか?」

全裸の女性の目元はアマ姉に似ていた。

どこか悟ったような、それでいて優しい目だ。

「違う。あなたが呼んでくれた名前が正しい。」

「サトー この人は?」

「正確には人ではない。」

女性が腕をさきほどの黒い個体のものに変えていく。

「すげぇ。まじで神話の生き物なのか。」

「人造生物です。」

「そ そうか。よく分からんけど仲間だよな。」

「それはあなたのの目的によります。

もし彼が北の王国とその隣人に敵対するならあなた達を滅ぼすことになります。」

「おいおい あたしがその北の王国の末裔なんだが。」

「そうでしたか。失礼しました。

ですが今の私の隣人は彼です。」

「――俺は転生者たちからこの国の平和を取り戻したい。

そのために全民族の協力を取り付けているところだ。

エルとヴィヴが平和に暮らせるように。」

「分かりました。ひとまず敵対行動は取りません。

ですが、今の時代について情報が足りてないようです。」

「そりゃそうだろ。200年ぐらい眠ってたんだじゃねぇか。」

「肉体は2歳といったところでしょうか。精神はあまりに古くから影響を受けていますが、記憶にある限りでは1000年前。」

「――おいおい、帝国の建国の頃からあるってのか。」

「はい。北の王国の極秘兵器として開発され初めてましたから。」

「そうか。色々あるだろうが、今の社会についてはエルが教えてくれるはずだ。」

「そ そうね。私達の仲間になってくれるなら。」

「サトーのハーレムというやつですか?」

「「ぶっ」」

エルとヴィヴが吹き出す。

「ち 違うって

俺とエルとヴィヴはそこまでの関係じゃなくて。

仲間だよ。」

「そうね。」「こいつはあたしのお気に入りだけどな。」

「なるほど。ハーレムではないのですね。

ずいぶんと年が離れていますし、訂正します。

私もあなたの仲間に入ります。」

「あぁ、ルシフェル。よろしくな。」

俺はルシフェルと握手を交わす。

後ろでエルとヴィヴが愛があれば年は関係ないとか言っていたが、そういう問題ではないだろう。

俺はあくまで転生者 この世界の異物だからな。


翌朝 エルミシア 街の宿酒場の2階

「ん 何でルシフェルが!?」

俺が目を覚ますと、ベッドの中にルシフェルが添い寝をしていた。

「あちらの部屋にはベッドが2つしかありませんので。」

「こっちには1つしかないけど!?」

「それに今後戦う転生者を観察するのにいいと思います。」

「そうか?俺は転生者だが

エスキートっていう特殊な能力がないんだよ。

それがあると性格まで変わるらしいけど。

だから俺を観察しても得るものは少ないぞ。」

「それに人肌の温かみを。」

ルシフェルが俺の胸に手を当てる。

「――感じないだろ。

俺達転生者は体の大部分が魔素<エレメント>で構成されている。

重要臓器とかは人間と同じみたいだが。体温も普通の人間より低くても生きていける。」

「勉強になりました。」

「そうか。良かった。

って良くないって!エルとヴィヴに色々知識を教えてもらった方がいいだろ。」

「そうですね。行ってきます。」

ルシフェルが部屋を出ていく。

「――そうだ。ルシフェルじゃ何か禍々しい感じがするし、

何かニックネームとかで呼び合えないか?

俺はサトーだ。」

「そうですね。ルシでどうでしょう。

アルテニアに伝わる悪い魔女の名前です。」

「悪いのが好きなんだな。

よろしく ルシ。」


ルシが隣の部屋でエルとヴィヴと話す声が聞こえる。

――こんな戦いがない平和な朝を毎日迎えられるようにしないとな。

そのためにもコルプガイスト、ドヴェルグの協力を結ぶ必要がある。

まずはコルプガイストだが、星ノ獣とやらの誓いがあるらしい。

だがその星ノ獣に交渉をすれば。

「もしかしたら。」


1時間後

俺とヴィヴは街長の家へ訪問していた。

「それで、我々と誓いを立てた星ノ獣に会いたいと。」

「はい。会って一時的に誓いを解いてもらえば

コルプガイストの方は俺達に協力できますよね。」

「大きな障害はなくなるだろうな。

だがいまだに一族の中に転生者に対する恐怖は根付いている。

一族をあげて協力することは難しいだろう。

だが長の名において私とその親族は協力を約束しよう。」

「――決まりだな。教えてくれよ。」

「簡単じゃ。だが決してたどり着けん。」

街長がそっと指を上に立てる。

「どういう?」

「あちらにある洞窟から出て廃墟となっている旧市街のはるか上空、

一説には1万メルに鳳はいらっしゃる。」


3日後

エルミシア 旧市街地

既に放棄されて廃墟となっている街だ。

魔獣がところどころ闊歩する、危険な場所だ。

俺とヴィヴの傷が完全に癒えたので踏み込むことにした。

「エル 少し聞きたいんだが。」

「――私の教育ではないのよ。

この口調は勝手に。」

「ふふふっ 我の成長に驚いているのか?」

ルシが俺の顎をくいくいと掴みながら挑発的な笑みを浮かべる。

「いや成長じゃなくて変質してないか?」

「エルミシアの本を徹夜で片っ端から読んでいってね。

私が起きたころにはもう既に。」

「あー 知識を付けると傲慢になるっていうからな。

なー エル?」

「なっ! 私が傲慢のような言い方を」

「まぁまぁ

3人供、一旦目的を再確認させてくれ。」

「えぇ。」

「簡単じゃ。

我の翼でおぬしらを星ノ獣の元へと運ぶ。

そして4人で交渉し、だめなら倒してしまえばよい。」

「無茶を言わないで。星ノ獣の力は星そのものの力よ。

言い伝えにある通り、世界の理を捻じ曲げる力を持っているわ。

転生者と違って無制限にね。」

「――我の記憶では極東におる色鬼<シキ>というのは人の手で殺せる程度らしいがの。」

「極東は國全体を術式として1体の星ノ獣の力を4つから7つの巫女――鬼人に分散して安定化させてるのよ。

とはいえ色鬼<シキ>が殺されるたびに戦乱が起きてるけれどね。」

「それに比べ大陸側の星ノ獣は十数体に収束してやがるからな。

あたしも帝国の七星龍の1匹を見たことがあるが、

ありゃ天災だ。

人の姿も取れるらしいが、龍の姿じゃ近づいて姿を見ることすら不可能に近い。」

「ほぅ。」

「ルシ

俺達が倒すべきはクーデターを起こしてる転生者だけだ。

あくまで話を聞いてもらうために力を示すだけだ。」

「ふふ 分かったぞや。

それでは我の背に乗れ。」

ルシがぐぐっと力を入れると影から膨大な量の魔素<エレメント>が浮かび上がり、

ルシに纏われていく。

それだけじゃない、肉や皮もまるでパズルを組み立てるかのように組みあがっていく。

「よし。この姿に戻っても意識は飛ばぬようじゃ。」

俺とエルとヴィヴはルシの肩に乗る。

「もしかしてあの時は意識を失ってたの?」

「あぁ。名前を呼ばれるまでは無差別に敵と認識する微睡の中に封じられていたようじゃ。

それでは飛ぶぞ。しっかり捕まるのじゃ。」

ドッとルシが地面を蹴って飛び上がる。

そしてそのままの勢いで翼に魔素<エレメント>を纏い飛翔していく。

「初めて空飛ぶぜ。」

「――そうね。」

「3人供、最大限警戒してくれ。」

インドラが急に静電気で俺に危険を知らせ始めた。

(我は知らんぞ。どうなっても。)

(小僧 くれぐれも失礼のないようにな。)

インドラとアシュヴァルも俺を心配してくれてるらしい。

星ノ獣と呼ばれる存在がいるんだな。この上に。


数分間、上昇を繰り返していくと。

底面が鉄で出来た。皿のような島が浮かんでいた。

「――もしかして磁力で浮かしてるのか?」

俺達は島に降り立つ。

「天空の島 村のみんなが聞いたら驚くわね。」

「はは、腰抜かすんじゃねぇか。」

「全く 我への感謝が足りぬ。

感謝せよ、サトー 感謝!」

「凄い飛翔だったよ。

ありがとう。ルシ」

「もっと感謝せよ。」

そんな感謝ハラスメントを受けつつ、俺達は島を真ん中へと進んでいく。

そして

「ようやく来たか。」

赤いローブを纏った目つきの鋭い女の姿をした鳳が玉座に座ってる。

人でないのが一瞬で分かる、額にも目が2つあるのだ。

「――人の姿、ということは交渉の余地はありそうね。鳳様」

「うむ。妾は人が好きだ。

妾と話すことを許す。

ただその男は好かん。異物だ。」

「エル 頼む。

失礼した。鳳様

俺は下がっている。」

「異物にしてはもの分かりが良いな。」

俺はエルに交渉を託して後ろに下がる。

「妾には世界が見える。

さぁ話してみよ。」

世界が全部見えるそれが鳳の能力なのか。

「コルプガイスト一族との誓いを一時的に解いていただきたい。

連邦は転生者に乗っ取られていて

奴らを倒すにはコルプガイスト一族の協力が必要です。」


「ふむ。それは問題ない。」

「!?」エルとヴィヴがあっさり承諾されすぎて驚く。

「コルプガイストも今となっては自らの魔具<ガイスト>で転生者から自衛できる程度には発展していよう。」

「それなら」

「だが条件がある。

汝達が我らにとって善き者か見極めねばならん。

我らの紛い物に、異物と物騒な仲間が多すぎるでな。」

「――我らとは

あなたしか見えないけれど。」

「あぁ。安心しろ。すぐに来る。」

バチッ!!!

雷鳴が鳴り響いた瞬間に青、金のローブをまとった女性が現れる。

「おいおい

――星ノ獣ってのはメスしかいないのか。」

「ほぉ 知らなかったのか。

環境への適用が不要な我等は有性生殖を必要としないからな。

メスと言っていいのかは分からないがな。

龍どもは人と交じる術を持つらしいが、我らは持たぬ。」

「――そうなのね。」

エルは初めて知ったらしく興味深そうな顔をしている。

「そりゃそうか。」

ヴィヴの手が震えている。

俺も感じてはいるが、まず魔素<エレメント>を纏っている量も質も全く違う。

本当に星そのものがそこに存在しているかのような力の塊だ。

さらにこの姿は本来の姿ではなく、恐らく鳥の姿が本質なのだろう。

影が人の形をしていない。

「そこの男、貴様を試す。」

青いローブの女の姿をした何かが俺を指さす。

「悪魔のような女、貴様を試してやろう。」

金のローブの女の姿をした何かがルシを指さす。

「妾はそこの美女2人を試すとしようぞ。」


ドォッと島が炎に包まれ、俺とルシとエルとヴィヴを分断する。

「安心しなさい。区切っただけ。触れなければ害はない。」

青いローブを取った女は蛇のように目が細い。

「っ!!!」

ローブを取った瞬間にあらわになった圧倒的な存在感に足がすくむ。

「私の牙、そして爪を使ってくれているようね。」

「!? それはどういう」

「私の名前はインドラ

あなたが持っている魔具<ガイスト>は元は私の牙なのよ。」

「!!」

(そうだ。我はインドラの欠片。)

「ムハバラトからはるばる飛んできた甲斐があったわ。」

「俺と戦わなくてもいいですか?」

「インドラとアシュヴァルを見れば分かる。

アシュヴァルは私の爪、蛇だけど爪はここに生えてるのよ。

人の姿じゃ分からないか。」

パチッとインドラが電気を空中に放電させて蛇の形を描く。

尖った爪が体のあちこちから生えている

「星の獣、あなた達は一体・・・

生物の始祖なんですか?」

「始祖ではなく行き過ぎた進化を遂げた結果、存在そのものが環境を変えてしまう種よ。

まぁだいぶ前に進化の樹形図からはかなり前に分岐しているから、面影ぐらいしか残っていないけれど。

インドラ、アシュヴァル来なさい。」

バチッ!! シャリンッ!!!

インドラとアシュヴァルが抵抗して攻撃する。

「ふふっ 良かった。いい主人のようね。

試しは終わり。あなたは合格よ。」

パッと俺の周りを囲っていた炎が解けた。

「――大変なのは、あっちの子かしら。

ねぇ ヴォルグ」


炎の向こう側

ルシが倒れていた。

「残念だ。私は血を求めてもいないのに

貴様は勝手に地に伏している。」

「――我は負けぬ。」

ルシが立ち上がる。

「そうだ。それでいい。

転生者は強大だ。この姿の私程度には十分に。

牙を研げ、爪を尖らせ、己の尾をも鞭と為せ。」

「我には使命がある。そしてサトーと共にいたい。冷たくても優しい手に触れていたい。

古よりの誓いを果たす悪の獣として」

「そうだ。己の使命に殉じろ。そして欲望をさらけ出せ。」

ルシの光の矢がヴォルグのローブをかすめる。

「っ はぁはぁ

届いた。」

「そうだ、だがまだだ。

お前は本当に自分を知らない。」

「どういう?」

「そのままの意味だ。星ノ獣に近づこうとしたあまり、自我を失っている。」

「!?」

「無意識の内か、それとも己の意思か。」

ヴォルグが頭のローブをおろす。

瞳が2つある女の顔が現れる。

そしてドヴェルグのような頭頂部に獣の耳が生えていた。

「どうした 私がドヴェルグに見えるか?」

「いや あなたの本質は

――全てを飲み込む狼」

「ふふっ フハハハハハ!!!!

私の正体を見破ったのはお前で2度目だよ。」

「魔光閃<ルミナス>」

ルシがヴォルグめかけて光の束を撃ち放つ。

だがヴォルグは

「甘いなぁ。」

左手で光の束を掴み取り、空へと放り投げる。

「くっ」

「来いよ。私は手は出さねぇ。すこーし欠伸が出るかもしれないが。

好きに攻撃してきな。ルシ あんたが私のローブのどこでもいい。

傷をつけられたら認めてやるよ。」

「おのれっ!!!」

ルシが全方位からの光の矢を撃つ。

そしてそれをヴォルグが全て素手で弾き飛ばしていく。

「本当の我

――そんなものがあるか!

我は我!!!」

「そうでもない。

よく己に問いかけろ。

体は眠っていたのだろう。

だが魂は?」

ルシの瞳の中に誰かが映る。


1000年前

「この研究はこの国を守るために。」

500年前

「たとえ王国が滅びようと。この想いだけは。」

200年前

「これは私の身勝手な願い

でも叶うならみんなを守って。

転生者、天災、様々な苦難があるでしょう。

この世界を、みんなが平和な世でありますように。」


現在

「我の中にある記憶、みなに託された想いか。」

「ふん 気づいたか。」

「光剣<リュミュリア・エスパーダ>」

ルシの全身から光り輝く剣が無数に現れ

ダッとルシがヴェルグに向かって駆けだす。

ヴェルグが剣を素手て受け止めてルシにふっと息を吹きかける。

ルシが風で吹き飛ばされて後退する。

「いや気づいていなかったか。

お前は自分の姿を鏡で見たことがあるのか?」

「どういう意味だ!!!」

ルシがとびかかる。

「こういう意味だ。」

ヴェルグが光の剣を再び受け止めると、指を少し動かし。

光の剣が粉々に砕け散る。

「――はぁ、他の2人と比べると余りにも才覚を感じないな。

魔素<エレメント>の量だけでは押し切れぬ相手がいると知れ。」

トンとヴェルグがルシの体を突き放す。

「ヴォオオオオッ!!!!」

ルシが黒き翼を纏って獣の姿に変わっていく。

「そうではない。」

ドンッとヴェルグが足を踏むとルシが人の姿に戻る。

「くっ 手は出さないんじゃなかったか。」

「そうではない。己の本当の力はどこにあるのか。

託された想いを知れと言っているのだ。」

「何だ!何なのだ!!」

ルシが止まる。

いつの間にか雨が振り始めていた。

そしてルシが水たまりに映った自分の姿を見て。

「何 これ」

「それがお前の姿だ。

人とも違い、魔獣でもなく、我ら星ノ獣に見た目だけ似た存在」

「・・嘘だ! 私は! 私はアマ ネ?」

「――誰だ 自我が芽生える前にアホみたいに哲学やら知識を詰め込んだ奴は!!!」

「違うな お前は仲間からルシと呼ばれていた。」

「あぁ うぁあああああっ!!!」

ルシの体の半分だけが黒い獣のそれへと変わっていく。

「暴走か。はぁ。」

「貴様が 憎い!!!」

ドッとルシが光の剣を持ってヴェルグに切りかかる。

だが光剣がヴェルグに当たった瞬間に砕け散る。

「あたしら星ノ獣 アルテニアではアステリオンとか呼ぶんだがな。

その体表を硬化した際の硬度は10、つまりダイヤモンドを持ってこなきゃ傷が付けられねぇってことだ。」

「だまれ!!」

ルシが光の剣を3本生成し、口と両手に咥えて切りかかる。

だがヴェルグに触れた瞬間に

バキバキバキッ!と光の剣が砕け散っていく。

「ああああっ!!!」

「意味もなく叫ぶな!!!

それは逃げだ!」

ヴェルグが腕を振るった風圧だけでルシが吹き飛ばされる。

「ーう あ」

「深く己を掘り起こせ。本当にお前の中の底にあるものを。

さぁ お前の本質と向き合う時だ。」

「―――あ」

ルシの脳裏に浮かぶのは―――

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