【コンテスト受賞】後宮で皇帝を(物理的に)落とした虐げられ姫は、一石で二寵を得る
西根羽南
第1話 すべての始まりは、おしりの光から
「――俺を大人にしたのは、
眩いという形容詞がぴったりの美少年は、そう言って麗珠を見つめた。
何度も見たはずの美しい顔と声が、今は混乱をもたらす元凶でしかない。
「その言い方、何だか嫌!」
「本当のことだ。それに、まだ途中だしな」
楽しそうに微笑む姿は眼福だが、言っている内容がおかしい。
「もっと大きくなるつもり?」
既に出会った時とは比べ物にならないほど成長して、麗珠と同じくらいの背丈になったというのに。
これで終わりではないのか。
すると、驚く麗珠を見ていた少年が笑う。
「おまえが一目で惚れるような男になる、と言っただろう?」
確かに言っていた気もするが、まさか本気だなんて思いもしない。
麗珠の考えは口に出さずとも伝わったらしく、少年の口元が綻ぶ。
「おまえの望みは、一石二鳥。鳥は仕留めたし、あとは――俺の寵をやる」
そう言うと、端正な顔立ちの少年は麗珠の頬を滑るように撫でた。
優しく触れる手は大きく、目の前に迫った翡翠の瞳は輝かんばかりの美しさで、思わず麗珠は息を呑む。
「い、いらない。私が狙ったのは鳥であって、寵じゃないわ。何なの――子供だったくせに!」
慌てて手を振り払うと、美しい翡翠の瞳が細められた。
その笑みに目を奪われ、視線を逸らすことができない。
一体、何故こんなことになってしまったのだろう。
――すべては、あの日から始まった。
あの日、食欲に負けて鳥を落とさなければ――。
――人は、肉を欲する。
後宮に入って約一ヵ月。
いい加減、饅頭とキノコばかりの食事にも飽きた。
後宮の敷地内に森があることに当初は驚いたが、何らかの小動物が生息していてもおかしくない。
できれば美味しいヤツがいい。
邪な麗珠の欲に反応したかのように、頭上を何かが羽ばたく音が耳に届く。
空を見上げて二羽の鳥の姿を見つけた麗珠は、抱えていた籠を放り投げた。
「鳩、しかも二羽!」
辺りを見回して素早く小石を拾うと、狙いを定める。
「――一石二鳥、いただきますっ!」
ちょうど二羽が重なったその瞬間、麗珠は思い切り石を投げつけた。
普通に考えれば、空を飛ぶ鳩に石が届くことすらないだろう。
だが麗珠ならばそれが可能だし、確実に仕留められる自信もあった。
それを証明するように石は鳩に直撃し、まっすぐに森に落下を始める。
「うわああ⁉」
妙な声がしたかと思うと、鳩と共に木から何かが落ちてくるのが見えた。
――子供だ。
それに気付いた麗珠は慌てて駆け寄って腕を伸ばし、どうにか受け止める。
衝撃で尻餅をついたせいでかなり痛かったが、とりあえず腕の中の子供を覗き込んだ。
「大丈夫?」
「……へ、平気だ。急に叫び声と……それから、何かが上から落ちてきて」
顔を上げたのは、黒髪に翡翠の瞳の可愛らしい男の子。
妙に身なりがいいし、ここが後宮の中であることを考えれば、もしかすると皇子だろうか。
正直に言えば面倒なので関わりたくないが、怪我をしていないか心配だし、放っておくわけにもいかない。
男の子は麗珠の腕の中にいることに気付いたらしく、慌てて立ち上がる。
「お、おまえが受け止めてくれたんだな。大丈夫か」
五歳くらいに見えるが、きちんと救助した者を理解して心配できるとは素晴らしいことだ。
だが、救助したのが麗珠なら、原因である叫び声と鳥の落下も麗珠のせいなので、心苦しい。
「私は、平気よ」
「そうか」
安心した様子の男の子の微笑みは、お人形のように可愛らしい。
思わず麗珠の口元も綻ぶが、その手がおしりを撫でているのが目に入った。
「もしかして、おしりが痛いの?」
心配になって小さな手と共におしりに触れたその瞬間――眩い白光が現れた。
「うわっ!?」
麗珠と男の子は同時に声を上げ、視線を交わし、そのまま光の源を探す。
すると、そこには服が透けるほどの光を放つ男の子のおしりがあった。
つまり、光る何かがそこにあるということだ。
「まさか、蝋燭か炭でも入れているの? 危ないから、早く出しなさい!」
それにしては光が白いし強いとは思うが、他に光るようなものも思いつかない。
とにかく、男の子のおしり部分に光る何かがあるのは確実だ。
安全確保のために確認しようと服に手をかけると、男の子が慌てて首を振る。
「そ、そんなもの入れていない! この手を放せ!」
「蛍じゃあるまいし、人間のおしりは自然に光らないのよ。いいから、火傷する前に出しなさい」
「も、蒙古斑――いや、何でもない。何も入れていないし、光っていない!」
すると男の子の言葉に反応するように光は消えたが、炭を入れたままならば結局は火傷の危険がある。
「ちょっと、見せなさい。確認するから」
「やめろ、放せ!」
「……何をしているのですか」
二人で服を引っ張り合っているところに、静かな声が響いた。
少し離れた木のそばから、一人の男性がこちらを見ている。
年の頃は二十代半ばくらいの美しい青年に気を取られていると、男の子が麗珠の手から服の裾を奪い返した。
「この破廉恥女、俺のおしりを見ようとするんだ!」
青年は麗しい金茶の瞳を陰らせると、素早く麗珠と男の子の間に割って入った。
その眼差しは、完全に変態を蔑むものに変化している。
「ちょっと、誤解よ。木から落ちた後におしりをさすっていたから、怪我したのかと思って」
「木から落ちた!?」
「その女が受け止めてくれたから、大事ない」
美青年はほっと息をついたかと思うと、何やら複雑そうな表情を向けてきた。
「……その謝礼が、おしりですか?」
「どんな変態!? 違うわよ、安全確認しようとしただけで」
「つまり、おしりを見ようとしたのは間違いないのですね」
今度は明らかに軽蔑の色を宿した視線を麗珠に送ってきた。
それでも麗しい顔立ちなのは凄いと思うが、蔑まれて喜ぶ趣味はないので不愉快なだけである。
「助けて頂いたことには礼を言います。しかし、邪で破廉恥な女性を近付けるわけにはいきません。失礼」
青年は吐き捨てるようにそう言うと、男の子を担ぎ上げてあっという間に立ち去ってしまった。
何やら男の子は文句を言っていたが、あの子のお世話係だったのだろうか。
よくよく考えると、皇子と思しき子供に随分失礼な口をきいたような気もするが、今更である。
おしりの光は謎だが、あの子供が皇子ならば、もう会うこともないだろう。
「……そんなことよりも、今日は久しぶりのお肉よ!」
気を取り直して辺りを探すが、落ちている鳩は一羽だけだ。
「一石二鳥だと思ったのに。私が狙いを外すなんて、おかしいわね」
少し残念ではあるが、それでも鳩が一羽手に入ったことには違いない。
麗珠の心は既に肉料理で埋め尽くされている。
焼くのもいいし、煮るのも捨てがたい。
何せ後宮入りして以来、一ヵ月ぶりのお肉なのだ。
想像しただけで脳内に肉汁が溢れて止まらない。
麗珠は籠にキノコと木の実と鳩を入れると、軽い足取りで自らの宮へと帰って行った。
そう。
食欲に負けて鳥を落とし、おしりが光ったこの日から――すべては始まったのだ。
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