第33話 廃村の中に

 廃村の入り口まで50mある草むらに隠れているアルベルトとエレナ・ワークス中尉は双眼鏡で村を観察している。

 4分間ほど、双眼鏡で眺めた末に、レイマーク軍は存在していないと確信すると、エレナ・ワークス中尉に小声でアルベルトは話しかけた。

「ワークス中尉、拳銃で私の援護と周囲の警戒を」

「潜入工作も情報将校の訓練で学んだけど、経験は無いわよ。あなたの幸運に期待するわ。アルベルト」

 アルベルトは急な名前を呼ばれた事で少し、エレナに好意を持ちかける。

 相手は歴戦の情報将校、その言葉に騙されたらだめだと思い、そしてやり返す。

「分かりました、エレナ。敵がいない事を祈っていいてください」

 低い姿勢で村の入り口を目指して歩き始めた。

 エレナ・ワークス中尉も名前で呼ばれた事で、心臓が少し高鳴る。

 危険な所にいる状態での吊り橋効果なのだろうと自分に言い聞かせる。

 情報将校として良い男はたくさん見て来たし、故意に接触する事もあった。

 義勇兵の少尉、それも優男に百戦錬磨の情報将校が恋をする訳が無いと自分に言い聞かせる。

 アルベルトは低い姿勢のまま村の入り口にある民家にたどり着き隠れた。

 そして、ハンドサインでエレナ・ワークス中尉を呼び寄せている。

 アルベルトの手にはいつのまに拳銃が握られている。

 エレナ・ワークス中尉が到着すると、アルベルトは拳銃をホルスターに収納する。そしてエレナにもそれを促した。

 「どうして、戦場で武器を出して置かないの?」

 「もし民間人が残っていて、見られない義勇兵の制服と情報将校の制服を見た時に、レイマーク軍に誤認されるのは避けたいですからね。たぶんレイマーク少将はこの村を本拠地にするでしょうから、もし住人が残っていたら、味方に引き入れたいですからね。この方面で大きな戦いは起きなかったにせよ、大撤退戦でこの村を見捨てたのは間違いのない事実ですからね。恨まれていて当然です。それに私の作戦でこの村を戦火に巻き込み、人の住めない決定的な破壊をめざしているのですからね。どうせ恨まれるにせよ、それまでは友好関係を保っておきたいのです」

「ふーん。割と戦略眼や戦術眼があるのね。義勇兵になって正解だったのかもしれんわね。あなたの能力は軍隊のどの部署でも生かせないでしょう。指揮官としては被害を恐れすぎる点が向かないし、参謀としては事務能力や交渉能力が劣る。その下の作戦参謀にしては戦略眼が高すぎて、作戦参謀の分を超えてしまう。小部隊の指揮官で遊撃的に使える今の地位がいいのかもしれないわね」 

「痛い所を突かないでください。中尉殿。自覚している所です。軍人と言う歯車には向いていないのだと自覚はしています。おしゃべりはここまでにして、地形を頭に叩き込んでいきましょう。ガソリンスタンドや倉庫や整備工場の場所を覚えていきますよ」

 確か牧場の経営を学ぶために短期士官制度に応募したのだったわね。少し貴族の義務を果たすのと短期士官制度になると学費が免除されるために短期士官制度を選択したと考課表には書いてあったわね。戦争と言う不幸に巻き込まれた不運な青年と言う訳ね。私みたいに情報将校を目指して、進んで軍の門をたたいた訳ではない。

 それでも懸命に義務を果たそうとする所は少し尊敬に値するわね。

 エレナ・ワークス中尉はそのように考えていた。

「エレナ?深刻な問題でも」

珍しく情報将校らしくない考え事をしていたエレナに向かってアルベルトは声をかける。

「何でもないわ。アルベルト。このどうしようもない世界だけど、少しの間デートに付き合ってあげるわ」

 こうして2人に街の探索が始まるのだった。

                                  続く  

  

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