第12話 鹵獲車両の指揮運用
アルベルトは軍曹さんがハンドサインで哨戒線に義勇兵が付き、安全が確認された事を示して、監視所兼指揮所の後ろでルクレール伍長の戦車班と整備班に声をかける。
「行きましょう。安全が確認されました。破壊された戦車に乗り上げて止まっている戦車を鹵獲します。タイプはIT26bis軽歩兵戦車です。軽とは付きますが、歩兵戦車としての装甲圧は厚く猫型5型と同じくらいの防御能力があるはずです。行って確認してみましょう。バルデン伍長、監視と連絡を頼みますよ」
そう言って、アルベルトはバルデン伍長の肩を叩くと、指揮所を悠々と出て歩いていき、野戦服のズボンと騎兵用のブーツが濡れるのを何の躊躇も無しに入って行った。
あわてて戦車班と整備班が続く。
「冷たい」
「きゃ」
「戦車から出た油で戦車服が汚れる」
「不服でしょうど、みんな黙って。軍人なのよ」
「ルクレール伍長の戦車班の皆さん、これが避けがたい戦争の悲惨さの一部ですよ。」
アルベルト語りながら、20ミリ機関砲弾で穴だらけになった戦車に上り、その上に乗り上げた鹵獲する戦車のハッチを開く。
「整備兵の皆さん、エンジンと足回りの確認をお願いします。」
5分ほど待つと、整備班班長がアルベルトに声をかける。
「エンジンにも足回りにも異常は無いと思われます。帝国兵のマニュアルに、戦車から逃げる時はエンジンを止めて、脱出すると言うのがあるのか、燃料もありますし、放棄した事によるエンジンの損傷もありません」
アルベルトは敬礼する。
「ありがとうございます。もう1台の戦車の確認もお願いできますか?より良い状態の戦車を使って、後はニコイチ整備するための部品取りの車両にしたいですからね」
「了解です」
そう言って班長は敬礼をする。本来は階級の低い物から高い物への敬礼が当たり前ではあったが、犠牲の伴う義務の履行、経歴、役職などに敬意を払い敬礼をする事は、慣習的に認められている。
「ルクレール伍長、IT26が動かせるか乗り込んで確認してください。それと戦車の起動から移動の指揮まで見学させてください。私はお馬さんに乗る竜騎兵でしたからね」
ルクレール伍長は乗るべき戦車が見つかった事、どうやらアルベルトは無能では特別に有能な士官では無いが無能と言い切れるほどの事は無いと感じた。
それと同時に直属の上司であり、見下している乗馬歩兵に士官に戦車の運用する手ほどきをできると言う幸運に機嫌が良くなっていたため、柔和な笑顔と声を発するのだった。
「はい。教本通りとはいきませんが、見ててください。みんな各種脱出用のハッチが直ぐに開くか確認してから乗り込んで」
ソフィアとその戦車班は高等戦車過程を受けた事はあるなとアルベルトは思う。
意思の決定から動きに無駄がない。
アルベルトは戦車の砲塔に取り付けられている手すりを強く握る。
「弾薬手、弾薬に異常は無い?」
「ありません」
「砲手、砲内に弾薬は無い?」
「ありません」
「操縦手、各種計器に異常は無い?燃料はある?」
「問題ありません」
そう言ってソフィアは胸元に手をやる。
無線機の確認を行っている様だった。
いつもの癖なのだろう。
エンジンの轟音で普通は戦車内で声が聞こえない。
マルク共和国の戦車は車内無線機の設置で連絡が取りやすいのを戦術の基礎としている。
「隊長殿。意見具申よろしいでしょうか?」
「はい」
アルベルトはソフィアの意見具申を認めて、話を促した。
「わが軍基準の無線機の搭載を意見具申します」
「整備班と話し合って搭載してもらいます」
「ありがとうございます。前方、障害物無し、操縦手、燃料コックを開いて、エンジン始動」
「了解です。燃料コック開きました・・・エンジン起動」
ドン
レイマーク帝国の軍産複合体パッカード社製の200馬力のディーゼルエンジンの始動音が響く。
「前進。低速でかまわないから、砂地に足を取られないように。前輪の着地のショックに備えて」
アルベルトは必死に手すりにしがみつく。多分、ショックの部分はアルベルトに向かって言っていたのだろう。
どしん
戦車はゆっくりと着地し、ミューズ河を渡ってくる。
「見事なものだね。ルクレール伍長」
「こんなものは初歩です。どこに戦車を持っていきますか?」
しかし、上官に当たりアルベルトに褒められて悪い気はしないソフィアだった。
「森の奥にある広場に持って行って欲しい。そこで整備と無線機の準備をしたいと考えている。前進や曲がるときの指示も見たいから、見学させてもらっても良いかな?」
「了解です。いっぱしの戦車兵に鍛えて差し上げます」
「これは手厳しい」
ソフィアとアルベルト和やかに話している。
そんな二人を見て、私が先任下士官で私も戦車兵なのに。どうしてその女に笑いかけるのですか?
私と過ごすより楽しいですか?
バルデン伍長の中に寂しさとも怒りとも悲しみともつかない複雑な感情が渦巻くのだった。
バルデン伍長がそれが恋の始まり、憧れる気持ちと嫉妬の感情と言う事が分からないまま苦しむのだった。
「操縦手、河から上がる時には低速で確実に上って、履帯の空回りは避けたいわ」
「了解です。ギアを低速に入れます」
「ありがとう。さぁ、河から上がりましょう。河から上がれば道なりに行けば良いわ。操縦は任せたわ」
「ルクレール教官殿」
「はい、フレイヤ受講生殿」
アルベルトの冗談をソフィアは乗った。
ソフィアは何となくアルベルトの会話が楽しくなってきていた。
もちろん戦車のエキスパートの自分が何も知らない上官に戦車の基本を教えていると言う優越感の自覚も無いソフィアがいた。
「操縦手は前方しか見えませんよね。後退の指示や後退中に曲がる時にはどのように指示を出しますか?」
「私の体験で良ければですけど、方位角の15度単位で指示を出しますね。もちろん操縦手は後方を見えませんので、なるべく事細かに指示を出します」
「教官殿、森の中での全速での後退は神経がすり減りそうですね」
「それは猫型であれば、何とか車体を180度、旋回させて逃げた方が上手くいくと思いますよ。猫型は砲塔を真後ろに向けられますし、小型で重装甲の割にエンジンがパワフルで速力は出ますからね」
「そう言う考え方もあるのですね」
私が先任伍長なのにルクレール伍長のあの笑顔は何?
隊長さんのへりくだった教官発言は何?
許せないとなぜか怒りが湧いて来るバルデン伍長である。
「部品取り用に残す一両を除いて破壊された戦車はどうしますか?」
「対戦車障害として置いておきます。もちろん使える砲弾や部品は外します。なかなか整備できない戦車は壊れやすいですからね」
「そこはちゃんと理解されているのですね」
そんなやり取りをバルデン伍長は眺めがら、鹵獲戦車を移動させる時間は過ぎていくのだった。
続く
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます