第15話 氷槍の守り人と赤い闘神







 舞踏会の次の日の今日、イル達はヒューバートに城内を案内してもらう予定になっていた。

 イルは相変わらず早起きで、ガヴィも決して寝起きが悪いわけではないのにガヴィが目が冷めた頃には部屋に付いているバルコニーから城下を眺めていた。

「ガヴィ、おはよう!」と言ってくるイルはいつものイルで。昨日舞踏会でレナートと何を話していたのか、聞けばいいのになんとなく聞く事は憚られて上手く言葉が紡げない。イルもガヴィが何も聞いてこないことに安心しているような気さえしてくる。


 

 これは、俗に言う嫉妬と言うやつなのか。

 ただ、明らかにイルに好意を寄せているヒューバートに対してはこの胸のざわつきは感じない。ガヴィの中の本能的な何かが、レナートに対しての危機感を抱かせていた。


 (剣士としての勘か、それとも――)


 男としての牽制のしあいなのか。

 そんなマウントの取り合いは自分が一番苦手とするところだ。けれどももやもやと湧き上がってくる感情をなかなか収められない。


「……ったく、かっこわりーな」


 まだまだ修行がたんねーぜと一人ごちて、イルには絶対に悟られないようにしようと誓った。





「ここが中庭になります。ちなみにクリュスランツェの城内にあまり噴水はありません。冬季は凍ってしまいますからね」


 ヒューバートの案内でゆっくりと城内をまわる。アルカーナのお城に比べたら城内に木々は少なく飾り気のない印象だ。


「あの城壁とか塔の上から流れている水がみーーんな凍っちゃうんでしょ? 冬って飲水とかどうしてるの?」


 イルの素朴な疑問にもヒューバートはにこやかに答える。


「外側は凍っているんだけど内側は水が流れていたりもするし……クリュスランツェには実は城内に水路があるんだ。そこは常に流れているからね、例え籠城することになっても水には困らないし、城下町にも地面の下に水路が張り巡らされているんだ。だから冬でも困ることはないよ」

「へー!」


 場所が変わると環境も随分変わる。何を見るにしても新しい発見だらけだ。


「そしてこっちが鍛錬場で……まあ、イルには関係ないかな。ああ、ちょうど近衛隊が鍛錬中ですね」


 開け放ってある扉からヒューバートに習ってそっと中を覗く。中は広い空間になっており、十数名の兵士が鍛錬に勤しんでいた。

 その中で明らかにオーラの違う青年が目ざとくこちらに気がつく。


「やぁ、これはこれはレイ侯爵、イル。ヒューと城内見学かな?」


 いつの間にかイルの呼称が呼び捨てになっている事にムッとしながらも、ガヴィは黙礼しイルは「こんにちは、レナート様」と挨拶を交わした。


「アルカーナの赤い闘神が、我がクリュスランツェ軍を見に来てくれたのは嬉しいね。是非存分に見学していってくれ」


 鍛錬場は床が土になっており、縦十メートル、横二十五メートルほどのシンプルな空間になっている。

 壁には剣や槍などの模擬刀が多く立てかけられているが剣よりも槍の数が明らかに多い。クリュスランツェは槍隊が有名であり、槍の実力が軍の中でも重要視されるのだとか。

 中では兵士達が熱心に鍛錬に励んでおり熱気が伝わってくる。流石は強者の国クリュスランツェである。


 鍛錬場をぐるりと見渡したガヴィにレナートがにこやかに声を掛けた。


「せっかくアルカーナの赤い闘神がお越し下さったんだ。是非手合わせ願いたいんだが……いいかな?」


 レナートの申し出に、クリュスランツェの兵士達も手を止めてざわついた。

 ガヴィは面倒くさい事になったと内心思ったが、この様に大勢の人がいる前では断りづらい。レナート王子はクリュスランツェ王に継ぐ槍の名手だと言われている。王子とは言え若くして軍の頂点に立つ彼を『氷槍ひょうそうり人』と呼ぶ人もいるくらいだ。クリュスランツェの軍を統率するレナート王子の手合わせを断ったとなれば、アルカーナ王国の面子も丸つぶれになるだろう。

 ガヴィは聞かれないように小さく舌打ちした。

 

 「知っているとは思うが、我が国クリュスランツェは武芸に長けた国でね、我ら王族は特に槍を得意としている。アルカーナの兵が脆弱だとは思わないが、数年前に突如現れたアルカーナの『赤い闘神』に私はとても興味があったんだ」

 

 そんな君と手合わせが出来る日が来るなんて夢みたいだよ、とレナート王子は挑戦的に笑った。『赤い闘神』ことガヴィはレナートとは対象的に少々面倒くさそうに嘆息する。

 

「……槍と剣では結果は見えてますが」

 

 そもそも槍と剣では柄の長さが違う為、槍の間合いに入ることが容易ではない。よしんば間合いに入れたとしても柄の部分で薙ぎ払われてしまえば一巻の終わりだ。相当な実力差がない限りこの勝負、基本的に剣士に勝ち目はない。

 他国にきてまで、始めから負けると分かりきっている勝負に挑むほどガヴィは愚かではなかった。

 

「なに、君と私は殺し合いをするわけではないんだ。戦場でも無い限り槍使いの私と、剣士の君が手を合わせることは無いだろう。王族のつまらぬ戯れだと思って付き合ってくれないか」

 

 そう言ってレナート王子はガヴィに模擬刀を渡した。

 ガヴィはレナート王子の言葉に嘆息すると、しぶしぶ模擬刀を受け取った。

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