第29話 トレントの魔王

空から舞い降りた援軍の姿を見た瞬間、ダンは眉間に皺を寄せ、厳しい目を向けた。その表情には、喜びと絶望が混じり合っていた。「ルフィーリア姫様…なぜここに来たのですか!リヨンお前が居ながらどうして止めなかった!」


「あなたを助けるためだそうですよ、ナイト・マスター。」ボロボロになった聖書を持つ優男、序列二位「雨曝しの聖書」リヨンはため息をつきながら言った。「僕も陛下も止めましたが、姫殿下がどうしてもって…聞かなくてね。」


「状況を理解しているのか!アルスンは陥落する寸前だ!俺のことはいい、姫様を連れて今すぐにでも逃げろ!」ダンの言葉には切実な思いと深い悲しみがあった。彼はこの街を守るために命懸けで戦ってきたが、炭化した片腕ではもはや希望は見いだせなかったのだ。それにこれ以上の王の槍を消耗することは、王都の守りを手放すことだとダンは理解していた。


「王の槍の上位である私たち三人なら目の前の男にも勝てるはずです!ダンは何を恐れているのですか?」王の槍序列一位「白の戦乙女」ルフィーリア姫は槍先を地面に突き刺し、自信に満ちた声で問いかけた。


「そうじゃない!」ダンが叫び返した。「脅威はこの男だけではない!王種は…他にいる!」彼の言葉には恐怖と絶望の重みが込められていた。



。首を垂れよ虫けら風情が。王の御前であるぞ。」



 その時だった。破られた正門からゆっくりと巨大な威圧感を持つ何者かが近づいてくる。エルフの男は主の姿を見た瞬間、片膝を立てて静かに王へと道を譲った。


 その姿にダンたちは言葉を失った。黒曜石のような漆黒の鎧が全身を覆い、頭上には威厳を現す王冠を戴く姿は、まさしく歴戦の王の貫禄であった。周囲の空気を歪めるほどのマナが迸り、恐怖と絶望をもたらす波紋を広げていった。


 ダンたちは息を呑んだままその場に立ち尽くしていた。ルフィーリア姫もリヨンも顔色が悪くなり、恐怖で体が硬直しているのがわかった。彼らの前に現れたのは、まさに別次元とも呼べる存在だった。


「あ、ありえない!並みの王種の三倍以上のマナだと言うの!?」ルフィーリアは狼狽し、一歩足を下げた。


「娘よ、余は首を垂れよと言ったはずだが?」その声は深淵から響き渡るような重厚さで、魂に突き刺さるように冷酷な威圧感をもたらした。


 ルフィーリア姫が殺されると感じたダンは、庇うように前に出た。「リヨン!姫様を連れて王都へ逃げろ!早く!」


「ほう。たいした忠義ではないかナイト・マスターとやら。片腕もマナも失ってなお主君を守ろうとするか。ならば貴様には試練を与えよう。耐えきることができればその娘たちは見逃さんでもないぞ?」王は愉悦の表情で、声帯に漆黒のマナを集め言い放った。


「『芽吹け!』」


 瞬間、激痛が走った。膚の下で生命体が蠢くかのように、緑色の蔓がゆっくりと伸びてきた。それは皮膚を裂き、筋肉を貫通し、灼熱の痛みと共に彼の中枢神経を刺激した。 ダンは息も絶え絶えに苦しみながら、この悍ましい感覚に支配されてゆくのを止められなかった。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ!!」


「フハハハハハ!!!よほど死の果実を食ったらしいな。お気に召したようでなによりだ。さぁ耐えろ耐えろ!仲間が殺されんようになあ!」


「ダン!」ルフィーリアが駆け寄ろうとするが、リヨンが直ぐに止めた。


「あ゛あ゛あ!早くいけぇええ!!!!」視界が歪み、前後左右の平衡感覚すら定かではなくなった。何度も地面に頭を叩きつけ、痛みでなんとか正気を保っていたがそれも長くは続かなかった。


 ダンは最後に大通りで食べたポポリンという果実を思い出していた。偶然少女にぶつかり引き受けた果実、あれが最初からものだったら?そう考えずにはいられなかった。


「許さない許さない許さないゆるさあああああああ゛あ゛あ!」叫びも空しく身体は緑に覆われ、ピクリとも動かなくなった。


「ほう。賭けに勝ったかナイト・マスター……。その忠義は称賛に値する。」王は上空に避難した二人組を見て言った。


「あ、あなたは何者なんですか!?殺戮の限りを尽くし、何が目的なんですか!これほどの業を犯したあなたは、確実に八体目の魔王に認定され、世界のすべてを敵に回すことでしょう!!!」


「世界が敵?魔王認定?だからどうしたと言うのだ!余は星を守る大義のために人類を殲滅する!マナを持たざる人間の出現。開拓による自然破壊。そして残り僅かとなった星の寿命。何も知らぬ小娘よ、これらに因果関係がないと断言出来るのか?」


「………。」


「この星は増えすぎた人の重みに耐えられなくなった。そしてそれは他の生態系にまで波及し始めている。だからこそ間引くのだ!誰もが知りながらも目を背けてきた問題だ!神が隠れた今、余が王として先導し、この星の秩序を再び正さねばならん!」


「ッ!あたなたに人を裁く権利があると言うの!」


「あるさ!他の誰よりもな!余は星の基礎を作りし大地の化身の転生体、古木の王である!いや、古代語を理解せぬ貴様ら人間の言葉に直すならこうなるだろう。」



「トレントの魔王」


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