勇者の手紙

NoKKcca

プロローグ

プロローグ①

 玄関で装備を整えた若い男性が立ち上がり、見送る家族の方を振り返る。


「行ってきます」

「行ってこい。体に気をつけてな」


 できるだけ自然体を装いながら父が言う。


「生きて……生きて……」


 声にならない声で言葉の続きを飲み込む母。

 その先は言うことができない。言うことが許されない。


 妹は母の服の裾を握りながら黙って旅立つ兄を見つめている。


 ――神に選ばれし者。

 ――魔王と戦うことを宿命付けられた者。

 ――人類の希望。


 そして、無事に帰ってきた者はいないという死地へ道。

 たとえ戦いの先に死が待っていても、勇者に選ばれることは最上の名誉、その家族もまた皆から祝福される。おめでとう! 息子が勇者に選ばれて、と。


 玄関での短いやりとり。

 一歩外に出れば誰もが彼を勇者として見ることになる。これが本当の勇者の旅立ち。


 町をぐるりと囲む外壁から、ほんの少し太陽が見え町を照らし始めた。今日も良い天気になりそうだ。


「勇者様、そろそろ」


 この町の教会を預かる神官、勇者であることを最初に認定したハイリスは、よわい六十を過ぎ、いくつものしわをたたえるその顔に複雑な表情を浮かべながら、控えめに外から声をかける。

 彼はこれから勇者と共に王都の大聖堂に赴き、勇者であることを正式に認定する”勇者選定の儀”に望む。


 この後この小さな町では、町を挙げて勇者誕生を祝した出発式典が予定されている。ここ数日の町は、準備も含めて収穫祭のときのようなお祭り騒ぎが続いている。


「必ず手紙、書くから」


 そう言って陽の光を正面に受けながら一歩を踏み出し勇者となった青年ルカは、ハイリスと共に集まった人たちの声援を受けながら会場へ向かった。


    ●○●○●


 ここは大陸の南東に位置する小さな王国、その中でも王都から遠く離れた東の端に、今回勇者誕生の地となったフォルティスの町がある。かつてこの地域を切り開いた開拓者たちは、東に東にと開拓を進め、急峻きゅうしゅんな山々がそびえ立ち、これ以上の人の侵入を拒んでいるこの場所に辿り着き集落を作った。つまりは東のどん詰まりに位置する。


 そんな辺鄙へんぴな町ではあるが、町のある特徴から、または町の名前は知らなくても、この町の成り立ちから、多くの人々にこの町は知られている。


 町を特徴付けるのは、少し大きな農村と言ってもよい規模の人家の周囲を取り囲むように作られた、まるで砦のような強固な城壁である。付いた通り名が『砦村とりでむら』。この村を町たらしめているのは、正しくこの城壁の有無である。

 この国の法律上、町と村の定義は城壁の有無で決まり、通常、それによって税なども変わる。しかしこの町の城壁は、この町出身(当時は村だったが)の有名な城壁建築士が私財を投じて勝手に造ったもの。そのため、特に要衝という訳でもなければ、規模も産業も他の農村と大差ない。そのため法律上、名前だけ町になっているが例外的に扱いは村のままとなっている。

 そもそも砦村と呼ばれることが多く、町かどうかなど誰も気にしてはいないが……


 その城壁は建築から百年あまりが経過し、やや傷みは見えるが健在で、その上には今日も今日とて、城壁が邪魔になり日当たりが悪いために干された洗濯物が揺れ、のどかな日常が広がる。


 そんな娯楽も少ないフォルティスの町ないし砦村が大いに盛り上がっている。普段は春と秋に行うお祭りでしか使わない大鍋を引っ張りだし炊き出しが行われ、ワインの樽も開けられている。

 子供たちは適当な枝を片手に剣士の真似事をしてはしゃいでいる。皆笑顔だ。


 自宅からハイリスと共に町の中央に位置する広場への道を進む。


「勇者様ーー!」

「ルカ頑張れよーー!」


 狭い町、顔見知りも多く、盛んに声をかけられる。

 広場には即席の舞台が設けられており、素朴ながら花などで飾られていた。

 歩きながら隣を歩くハイリスに話しかける。


「そんな聖職者みたいな衣装持ってたんですね?」

「うっせぇ! 俺はれっきとした神官だ!」

「いや、だって、いつもキャソクを腕まくりして、タオル首に下げて農作業してるじゃないですか」


 皆の注目を集め照れくさい気持ちを紛らわせえるために軽口をたたく。

「選んでこの田舎にいるんであってな、俺だって中央に残ってたらどこかの領都の教会を任されるくらいの実力はあんだよ」


 普段、腕まくりをしてタバコを咥え、酒好きで、とんだ不良神官の彼が、きちんと首元まで襟を正して、真面目な顔で歩いているだけでなんだか面白い。

 狭い町、大体顔見知り。沿道でもハイリスの酒飲み友達が顔を背けて笑ってる。


「あいつら……」


 気づいたようだ、表情は変えずに怒りを溜めている。

 この神官、普段は見た目からしてダメダメだが、根は真面目で公私は分け神官としての仕事はきちんとこなす。

 普段の礼拝程度なら身だしなみを整える程度だが、結婚式などでは一段上の衣装を身につける。加えて真面目くさったこと述べるものだから、新郎も新婦も出席者も笑いを堪えるのに必死になり、いつもそのことをいじられている。

 ちなみに今日は豪華な装飾が施されたローブを見に纏っている。


 中央の舞台に上がり、人々の前に立つ。

 勇者が口を開く……

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