ブロードウェイの魔女

涼風紫音

第1話 Encounter

「私を魔女にしてくださいっ!」

 桜が咲き始めんと色づき香りを振りまき始めていたある日、中野ブロードウェイ三階にある骨董品店ターコイズに、一人の制服姿の少女が駆け込んできた。少女は店員と思しき女性を見つけるや否や、唐突にそう切り出した。少女の名は西野百花。黒髪ショートカットの学生服を着た、どこにでもいそうな少女だった。

 中野ブロードウェイ。食料品から雑貨、果ては一体誰が買い求めるのかよくわからない商品まで、あらゆるコレクターが全国から訪れる、多様な趣味店が集積した商業複合ビルである。ここ三十年ほどはサブカルチャーの聖地ともいわれている中野のランドマークである。様々なジャンルのコレクションを売り物にする個性的な店が混在しているものの、それでいながら排他的なところのない自由な雰囲気のビルだ。多くのバンドを排出していった中野サンプラザが立て替えとなった現在、中野でもっとも活気のある場所でもある。

「あなた……お客さん……じゃないわね」

 百花と正対して首を傾げながら問いかけた女性は伊東千鶴。ターコイズの店長であり、たった一人の店員でもあった。髪留めで束ねた青味がかったロングヘアのポニーテールが印象的で、切れ長の鋭い視線で刺すように百花を見据えた。どこか憂いと影を帯びた表情は迷惑客でも見るかのようでもあった。淡い水色を基調としつつ、極彩色があちこちに大胆な差し色として加えられたドレスは異彩を放ち、来店者は店内のどの商品よりもまず千鶴に目を奪われるだろうことは疑いない。しかし百花はその派手さに気づくでもなく、また千鶴の様子を気にするでもなく言葉を絞り出した。

「私を、私を魔女に、して、くだ、さい! お客さんじゃ、ないです。魔女に弟子入りに……きました!」

 まだ肩で息をし、顔を紅潮させ声を上ずらせながらも、一言ずつ区切り、噛みしめて自分の言葉を確認するように告げる。小さい鼻の上にちょこんと乗った赤いフレームの眼鏡も粗い呼吸に合わせてわずかに上下運動を繰り返していた。百花と千鶴は頭一つ分も背の高さが違うので、自然と百花は見上げる姿勢になり、内容もあいまって懇願するような姿勢になってしまう。

 千鶴は半ば呆れ、また困惑し、おもむろにドレスの胸元から懐中時計を取り出すと時間を確認する。閉店時間にはまだいくらか早い時間である。深くゆっくりと、いかにもおおげさにため息をつくと、やがて百花に向き直るとぽつりと呟いた。

「話だけは聞いてあげる」


 その後、百花は千鶴に未来視のようなビジョンの力があること、それによって両親から気味悪がられ疎まれ、学校でも交友と呼べるような相手もいない浮いた日常を過ごしてきたこと、神保町の古書店の老人店主から中野ブロードウェイのターコイズという骨董品店に魔女がいるから会ってみると良いと勧められたことなどを語り、最後に自分の不思議な力を導いてくれる人が欲しいと告げ、魔女にしてほしいと重ねて頼み込んだ。

 百花の話を聞きながら、千鶴は七年前にターコイズを押し付けるように千鶴に託して去っていった師匠、北条万里のことを思い出していた。

 こんなとき、師匠だったらどうしただろうかと考えながらも、千鶴が万里に師事することになった経緯も大概強引だったことを懐かしくも感じ、また苦々しく思い出してもいた。そして物事が大きく動くときには時に強引さが必要だということを。


 千鶴は骨董品店ターコイズの店主であるだけではなく、現代魔女でもある。そのことを知るのはごく僅かだった。ブロードウェイの店主仲間の間でも、それを知るのはハーブの仕入れで世話になっている二階の喫茶店「さかより」の初老の男性店主くらいであったし、神保町の古書店主ですら、しばしばヨーロッパの関連輸入古書を優先的に取り置いてもらっていたために、その方面の人間だろうと推察していたにすぎないだろう。千鶴から魔女だと伝えたことはなかったはずだ。それがこのありさまである。世の中ままならないものだと、ため息は増え眉根が険しくなる。

「それで、魔女にしてくれるんですよね?」

 千鶴の嘆息を知る由もなく、百花の瞳の奥には、決意と熱意が入りまじった心が顔を見せている。十代の少女の純真で真剣な表情をここまで見せられては、適当にお茶を濁して済ませるというわけにはいかなかった。千鶴もそこまで冷徹になれる性格であれば、百花の話を聞くまでもなく追い返していただろう。

しかし、「そんな約束はしない、できない」と告げる。百花は露骨に落胆し、すぐに気を取り直して生真面目な表情に戻ると再び食い下がった。

「じゃあ魔女見習い……魔法少女でどうですか? これならいいですよね?」

 次から次へ突拍子もないことを言い出す百花に、千鶴も根負けしそうになる。再び懐中時計を取り出すと、もう二時間が経っていた。店内で話しこむわけにもいかず、閉店の看板を出してバックヤードの事務スペースに百花を招いてからこれほど時間が経っていたとは、千鶴も意外であった。それだけ百花が真剣に話し続けていたということでもあり、千鶴もようやく、いささかというよりもだいぶ気乗りしない一つの決断をした。

「そこまでいうなら、アルバイトとして雇ってあげる。それでいいなら、またこの店にきても良いし、仕事の合間にあなたの求める答えが、もしかしたら見つかるかもしれない。それが嫌ならここでこの話は……」

「わかりました! 魔法少女西野百花、この店のアルバイトになります! いつからですか? 今日からですか?」百花は期待と決意に満ちた表情で千鶴の言葉にかぶせて畳みかける。

「わかったから、そう焦らないで。今日はもう閉店だし、それにアルバイトするとしてもいくつか条件があるわ」

 千鶴は百花にいくつかの条件を示し、百花は渋々受け入れた。学校にはきちんと通うこと、アルバイトは週三日までで来週から、売り物ではない古書古道具には触れないことなどである。特に学校に通うことについては、渋る百花に千鶴はくどいほど念を押し、最後は百花も頷くしかなかった。


 こうして百花のターコイズでのアルバイトが決まり、百花自身は魔女になるためのきっかけを得たことを胸に、軽やかに駆け出して店を後にした。走ってもアルバイトの日が早くくるわけもないが、そうしたい気分だった。

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