第2話 ТS女子として生きていく
入院初日は検査だらけの一日であった。
血液検査に心電図の検査、レントゲンにМRIにとまるで人間ドッグだ。
そうそう、尿検査もした。
男子トイレの小便器の前にたち紙コップにおしっこをいれようとして、僕はおもいしらされた。
僕の股間にはいつもいたあいつがいない。
相棒はいないのだ。
背後でぎゃっという老人の声がする。
そこには当たり前だけど老人の男性がいた。
巨乳の女性が紙コップ片手にズボンを膝までずらしている姿は驚愕にあたいするだろう。
僕はズボンを履きなおし、男子トイレを慌ててでる。
多少あせりながら、女子トイレに入る。
女子トイレには個室しかないのか。
それは新しい発見であった。
これから公衆トイレはこっちにいかないといけないのか。
すこしだけ寂しい気持ちになる。あっそうだ、女子はおしっこのあと拭かないといけなかったな。姉の
僕は個室で中腰になり、どうにかして紙コップにおしっこをいれ、外に出る。
もちろんあそこはビデ機能を使い、きれいにしておいた。
あれっけっこう気持ちいいな。これも新しい発見だ。
僕はおしっこでみたされたそれを担当の看護師さんに渡した。
検査の結果、体には異常がないということで明日には退院できるとのことだ。
まあ、体が女子になってしまったという異常をのぞけばの話だが。
運がいいというかなんというか、佐渡綾乃先生は日本でも数少ないТS病の専門医であった。
「元に戻るのでしょうか?」
僕は恐る恐る佐渡先生に訊いた。
佐渡先生は目をふせる。
それはなんとなくわかっていた反応だった。
「元に戻ったという例はありません」
専門医である佐渡先生がいうのなら、そうなのだろう。
検査の間、彼女は僕に親身になってくれた。
嘘をついていると思えないし、その必要もないだろう。
「はあっ、女の子になっちゃったんですね」
その言葉を口にした瞬間、僕の中で何かがふっきれたような気がした。
これから女子として生きていこう。そう決めたのだった。
「もっとほかの患者さんは気をおとすのですが、藍沢さんは気丈ですね」
カルテを打ち込みながら、佐渡先生は僕に言う。
「ええっまあ、ただの楽観主義者ですよ」
それが僕の長所であり、短所だ。あまり物事をふかく考えないのが僕の性格のようだ。
それから佐渡先生は僕に女性として生きていくための法的手続きなんかを教えてくれた。ТS病にり患したものは市役所で簡単に戸籍や住民票の性別を変更できるのだという。そのための診断書も佐渡先生が書いてくれた。
そのための法律も数年前に可決されていたということを佐渡先生は説明してくれた。いざ自分がなってみないとわからないことばかりだ。
それにこの人が主治医でよかった。
優しいし、美人だしね。
それとこれから念のために一年間は毎月、健康診断が必要だとも佐渡先生は説明した。
検査の結果、僕の体には異常が認められないということで、翌日の朝には退院することが決まった。まあ、女子の体になったという異常があるにはあるが健康状態は良好だということだ。
「藍沢さん、あなたの胸のサイズは百十センチメートルのJカップです。はやいうちにあったブラジャーをつけることをお勧めします」
検査後の問診で僕に佐渡先生はそう告げた。まったくうらやましいわというごくごく小さい声がきこえたが、僕はスルーした。だって佐渡先生のお胸はひかえめだったからね。
しかし、でかいでかいと思っていたが、Jカップもあるのか。僕は指でアルファベッドを数えた。
「最後にこのパンフレットを渡しときますね」
佐渡先生は僕に一冊のパンフレットを手渡す。
それは「とりかえばやの会」というNPО法人のパンフレットであった。どうやら僕のようなТS病にり患した人への支援団体らしい。四か月に一度ミーティングが開かれるとパンフレットに書かれていた。
ТS病のり患者にしかわからない悩みなどを相談できるとそこには書かれていた。
気が向いたら行ってみよう。
どうやら全国に僕のような症状の人間がいるということが分かったのは心強い。
「それと困ったことがあったら、ここにメールしてくださいね。すぐには返事できないかもしれませんが、必ずみますので」
佐渡先生は名刺を僕の手に握らせる。
そこには佐渡先生のEメールアドレスが書かれていた。
ありがたく頂戴することにする。
翌日、僕は無事退院した。
これからアラサー女子として生きていくのか。
心の中は不安だらけだった。
このことを家族にどう告げるのか。
頭が痛い。
僕は姉の美樹に電話することにした。
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