四十二幕 始まりの話
「ここの本は……保存状態が異常に良いのではじめ気付きませんでしたが、おそらく五百年以上は前のものです。それに、手書きと思われる手記もかなりあります」
「ふむふむ……まず気になるのがそことは、おぬしも目敏いの」
にんまり弧を描く口は、出来の良い生徒を褒めるというよりは、悪戯のバレた小僧のようだった。はじめて会った書庫でわざと脅かすように物陰から姿を出した時も思ったが、かなり茶目っ気のある爺さんだ。
「その通り、この研究棟はおよそ七百年前、星の賢者と呼ばれた男が去ってから約五百年、封印によって守られておった。本の状態もほとんど当時のままじゃ」
「古代魔法……ですか」
「そうじゃ。今では使えるのはわしだけ。学院に来たわしがここを開けるまで、ここは開かずの間として放置されておった」
「……あなたは何故、ここを開けることが出来たんです?」
莫大な魔力が必要となる古代魔法。今とは違い星の力だと信じて組み立てられた理論は、今の技術では何故か完璧に復元しても再現することは出来ない。今の時代で使えるのはセレフィスだけだ。しかし古代魔法が使えた当時から開けられずにいたのなら、他に何か必要なものがあるはずだ。
それこそ、パスワードのような開けるための鍵が。
「ここからはぬしがどれ程受け入れられるかという話じゃがの。わしには別の人間の記憶……約七百年前、始まりの五塔の一柱となった黒の魔法使い〈レオニード・テンペル〉の記憶がある」
輪廻転生。その概念がこの世界にあるかは知らないが、元の世界でも前世の記憶を持つと言われる人はいた。何より自分が異世界召喚されてしまっているので、同じく小説の設定でよくある転生くらいあり得ることだと感じてしまう。
ユートはためらいなく頷いた。
「信じます。それで、あなたと星の賢者の関係は?」
「即答か、柔軟じゃの。……星の賢者〈ヨアネス・ケプルス〉はわしの親友じゃった。奴は魔法がてんで駄目での。ここの結界は過去のわしが張ったものじゃ」
「つまり解くのも簡単じゃ」パチリとウインクしたセレフィスは、呆気にとられたユートに微笑むと美味しそうにパンを頬張る。我に返ったユートも、少し冷めたお茶を口に含んで気持ちを落ち着けた。口にものを含むと、頭に集中していた血流が一気に身体に流れるような気がする。
ほう、とユートが息を吐くのを見計らってセレフィスが続けた。
「ヨアネスの研究は帝国の歴史に触れるからの。お上からの圧力が掛かっていた。封印しなければ星の研究と共に、全て消されてしまっていたじゃろう」
「帝国の歴史……それは、初代魔王のことですか」
それは手書きの手記に書かれていた。手記には二種類あった。伝聞として、帝国から離反した一派が新たな王国を築いたという歴史を書いたもの。そしてもう一つは───
「あれはむごい事じゃった。帝国は魔王を一方的に悪者にするために歴史を隠蔽したが、それで事実は変わらん」
後に魔王と呼ばれた女性の身内に起きた悲劇。そして同じく帝国───当時は王国だったようだが、その王侯貴族に理不尽を受けた数名で国を出たこと。そこから同士を募り、仲間を集め旅をした、その当事者の記録。
「あの手記を書いたのはあなたですね。始まりの塔を建てた五人の魔法使いは……魔王の仲間だった」
「その通り。あの塔はわしらが起こした革命の末に、土地の保護という名目で作らせた監視塔よ」
魔王は王国を出て新たな国を作った。そこは肥沃の土地だったが、同時に魔素も強く魔物も多い。魔力の強く戦える者しか生きられなかった。魔王はそこを拠点に世界を滅ぼそうと力を蓄えていたが、共に旅をした五人は密かに結託し、魔王が世界を滅茶苦茶にする前に王国を革命で変えた。
その時建てた魔塔が、王族の居る土地を守ると同時に、理不尽な真似をすればいつでも結界を消せるのだという脅しになっている。
復讐の対象を失った初代魔王は姿を消した。しかし魔王に心酔して集まった者たちは、自らを魔族と名乗り今でも初代魔王の帰りを待っている。つまりは……
「今までの魔王は初代が戻って来るまでのつなぎ。いわば代理でしかない。だから今までの勇者は、聖剣が無くても対抗できた」
「そうじゃ。今まで起きた戦争は全て代理の者たち同士で起こしてきたもの。そこに神の意志はない」
ユートの眉がピクリと跳ねる。強い信仰を持たないユートは、この世界に神がいるとしてもさほど気にしていなかった。でもこの世界は違う。セルドゥルやジャズが証明しようとしている〈運命星環論〉はそれを裏付けるものだ。
「ヨアネスは膨大な観測データを取る内に、不可思議な星の存在に気付いた。普段は規則的に動き観測の基盤となる星たちが、その星が現れた時だけ不自然な動きを見せる。明滅するように不規則に出現するそれは、世界の厄災をぴたりと予言した」
この研究棟に保管された膨大な資料の大半は、過去に起きた災害とそれが起きる前兆が現れた時期の星の観測データだった。膨大な記録の中に現れるその揺らぎは、記録者のメモが無ければユートには気付けないものだっただろう。
「ヨアネスは言っておったよ。『星の動きを見れば世界の綻びが分かる』とな。わしは神の与える試練じゃと反発したが、あやつは綻びだと言って聞かなかった」
似たような事を言った人物を、ユートは一人知っている。
「ジャズも言っていました。『夜に星を見ると、何となく行かなくてはならない場所がわかる』と」
この奇妙な一致は何なのか。それが分かればジャズの異様な勘の正体が掴める気がしたが、ユートが気になったのはそこでは無かった。
ヨアネス・ケプルスは膨大な観測データを整理する内に、見えない星の軌道に推測が立てられるようになった。それによれば、大きな揺らぎを生む可能性のある年が書かれていた。
「およそ今から三年半前。魔王が生まれる切欠となった出来事が起きた時と、同程度の揺らぎが起きるはずだった年」
災厄の前兆が現れるはずのその年に、本物の勇者が誕生した。
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