第六章:隠し事
三十六幕 中と外
六章はユート視点です。
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借りていた本を棚に戻していると、後ろでこつりと靴の音がした。気にせず黙々と片付けていると、後ろから感嘆とも呆れともつかないため息が聞こえる。
「相変わらずお前の読書量、つーか幅? はおかしいな。中の人間でもそこまで読んでる奴はそういないぞ」
「そう? 普通だよ」
「外の普通がそんなんだったら、世の中全員学者じゃん!」
振り返ると大きな丸眼鏡の青年がこちらを見上げていた。彼はマイルズ。おれが学院に入れないかうろちょろしていた時、声を掛けてくれたのがきっかけで知り合った。
はじめ彼に「外の人?」と聞かれた時は戸惑った。ノルン山脈を隔ててそんな区別をしてると知って、思ったより閉鎖的な土地なんだなと正直ガッカリしたものだ。
しかしこうして集められた知識は古今東西さまざまで、どうやって集めているかは不思議だが期待通りだった。
「最初に会った先生が良かったからかな。本を読むのだって、その人の方がずっと早いよ」
「出た、ユートの先生! 本当に一体誰なんだよ。この学院の出身者じゃないのか?」
「違うって言ってたよ。この都市には来たことあるみたいだけど。先生から名乗るまでおれが教えることは出来ないな」
ジャズが勧めたり教えてくれた本は、どれも癖が強く最初は苦労した。この世界、言語は統一されているが書類形式や文章の書き方はバラバラなんだ。色んな地域の本が読めても、その読みづらさに思考が止まることもしばしばだった。
その事をジャズに相談すると、彼はなんてこと無いように様々なコツを教えてくれた。特に癖のある地域や作者の読み方、信頼できる本の見分け方、要点を押さえた読み飛ばし方。それらはジャズの読書量と知識量を物語っていて、おれは初めジャズは王侯貴族か何かできちんとした教育を受けてきた人なんだと思っていた。
「何で学院に来ないんだぁ〜」
「……初めに拒絶したのはそっちらしいけどね」
小さく呟いた声は聞こえなかったらしい。頭を抱えて嘆くマイルズは、今が丁度卒業の年だという。おれが少し研究について助言してあげたら、喜んで学院の中へ招き入れてくれた。
「ユートは今日も向こうの研究室か?」
「ううん、あっちは昨日で一段落したみたいだから、今日はマイルズの方に行くよ」
「やった! ユートが来るなら教授も喜ぶよ。次はいつ来るんだってずっと言ってたんだ」
「大げさだなあ」
神聖都市について数日、いくら街中に珍しい物や本があるといっても、やはり一人で情報を集めるのは限界があった。今は学院の資料を見せて貰いながら、お礼代わりに彼らの研究を手伝わせてもらっている。
「先生! ユートが来ましたよ」
「おおぉ、良く来たなぁ。待ちくたびれたよ」
マイルズに連れられて研究室に入ると、初老の男性が中心になり大量の資料が置かれた机を皆で囲っていた。マイルズ達は魔工学を専攻しているので、紙には様々な物の図面や仕組みを図解したスケッチが描かれている。
ユートがいくつか現代知識を活かしてアドバイスすると、皆するすると目の前の問題を解いていく。外の人間であるユートに聞くのが悔しいのか、彼らは答えまで聞かず最低限のヒントだけを求めた。
いくら現代日本で生活していたと言っても、特別機械に詳しいわけでもないからこれには正直助かった。細かい所なんて聞かれても答えられない。
お礼を言われながら部屋を立ち去ろうとして、ふと思い出した事を皆に尋ねてみた。
「そういえば、星見の塔、もしくは星の賢者について何か知っている人っている?」
学院の書庫に通って数日、あまりにもそれ関連の本が見当たらないため一度聞いてみようという軽い気持ちだった。質問を口に発した時、部屋の空気が一瞬ぴたりと止まる。と思えばどっと笑いが弾けた。
「なんだなんだ、ユートはあんなおとぎ話に興味があったの? 意外と子供っぽいんだなあ」
「おとぎ話? どういうこと?」
にやにやと笑いながら肩を組んできたマイルズに聞くと、彼はしょうがないなと言うように首をすくめる。その説明にユートは驚きを隠せなかった。なんでも、星の賢者はまだしも、星見の塔に関しては一般的には実在しないものとして扱われているらしい。
「大昔の研究者が今よりずっと進んだ技術を持ってたっていうのも信じられないよ。天体を手元に呼び寄せる魔導具なんて、あったら絶対図面を残すに決まってるって」
「天体を手元に……」
「なんでも、それがあれば空の星の地形まで見れたらしいよ。本当にあったら凄いことだけど、そもそも星なんて研究して何になるんだか」
色々言いたいことがわっと頭を埋め尽くすが、ユートはそれを唾と一緒に飲み込んだ。今ここでその研究の是非を議論したって仕方がない。衝撃で上手く働かない頭を無理やり動かし、ユートはそれ関連の本がどこにあるのかを聞き出す。
「こんなすみっこに……」
確かにセルドゥルはマイナーなジャンルだと言っていたが、ここまでとは。広い広い学院の書庫で、本棚の半分程しかないそれはマイナーどころかほとんど資料がないと言って良かった。
これは改めて情報収集が必要だと、ユートは腰に手を当て気合いのため息を吐いた。
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