二十八幕 遭難
「はああ……お、できた。雪の結晶!」
大体この尾根の間に位置する峠を目指せば辿り着けるはず。その程度の認識で登り始めた雪山は、今や感動するほどの銀世界だった。途中まではうろ覚えながらに聞いた記憶がある目印を頼りに進めていたが、途中吹雪で足止めを食らってからはすっかり当てずっぽうで進んでいる。
「……すまん、これは俺のミスだ」
「まあまあ、登ってればいつか着くって」
申し訳なさにうなだれる。ユートは普段と変わらず能天気な様子を見せているが、パーティメンバーまで巻き込んで俺は何をしているのか。勇者と呼ばれるようになって、自覚はなかったが慢心していたのかもしれない。俺は深く反省しながら、今日寝るための雪洞をせっせと掘り始めた。
「ここら辺から一気に木が少なくなったね」
「街の連中もここから上には登らないらしいからな」
魔物の噂も聞かないし、嫌な気配もないので完全に油断した。何より、ここまで来れば後は峠を超えるだけだと思っていた、認識の甘さが恨めしい。ため息を飲み込むように沸かしたお湯をすする。
「んー、そんなに反省しなくても良いんだけどな。そもそも、道は分からなくなったけどおれはそんなに心配してないよ?」
「……だが、あまり長く立ち往生は……」
「食料なら、尽きても少し下れば魔物はいるし。おれに気を遣ってるんなら、こんな経験なかなか無いから。多少時間がかかったって構わないよ」
「……」
「本気で走れば何とかなりそうだし」と言って器を抱えるユートの両手はかじかんでいた。歩いている間は魔導具と魔力で暖かくしているが、雪洞に入った時だけ解除しているらしい。こういうのも旅の醍醐味だと言って笑う。こんな状況でも楽しんでいる様子に呆れたが、同時に救われてもいた。
それでも、万が一がある。何より、何か不測の事態にあった時、どこにも頼るすべがない。自分一人なら自己責任で済むが、こういった状況に他人を巻き込むのが初めてだった。自分でも予想外なほど動揺していたが、ユートは全く気にしていない。
「というか、おれ本気で心配はしてないんだよね」
「……? 何故だ?」
「だって、ジャズはこっちに危険はないって思ったんでしょ?」
要領を得ない説明に首を傾げると、ユートが考えるように宙を睨む。目を閉じて数秒唸ると、また俺に向き直った。
「あのさ、ジャズってギルドで依頼を選ぶ時、何を考えてる?」
「……それは報酬で」
「はいダウト。嘘だね。おれも見てたけど、もっと割の良さそうな依頼もあったよ。別の基準で見てるでしょ?」
その目は既に確信を帯びていた。俺は両手を挙げて降参の意を示す。
「まあ、強いて言うなら勘だな。放って置くとヤバそうな気がする。そういう奴を選んでる」
「うーん、勘かあ……ひょっとして道もそれで選んでる?」
「……ああ。一応、行ける範囲でな」
「なるほどねえ。てっきりおれはジャズがお告げでも聞いてるのかと思ったよ」
ユートが茶化すように笑い、両手を組んで祈りを捧げる動作をする。俺はそんな事を言われるとは思わず、盛大に顔をしかめた。こんな毎日のように女神の声を聞いていたら、俺は一ヶ月も保たずにぶっ倒れるだろう。
「この間の偽物騒動の人も言ってたけどさ、ジャズのそういう勘ってかなり的確だと思うんだよね。ほぼ未来予知みたいっていうか」
「そうか? 自分でも何が気になってたのか、分かんねえまま終わることもあるけどな」
「でも必ず何かはあったんだと思う。だからさ、逆にジャズがそういうの感じてないなら安心ってことだと思うんだよね」
ああなるほど、とそこでようやく腑に落ちた。今までこれを話すと信じてもらえないか、馬鹿にされるのが大半だったので、そういう風に考える奴も居るのかと妙に感心する。確かに道が分からないだけで、逆に言えばあのいつもの何処かへ引っ張られるような感覚は無くなっていた。
そう思うとようやく俺も罪悪感が薄れて、肩の荷が下りたような気分になる。
「さすが勇者様ってことなのかなー」
「いや、この勘自体は勇者……聖剣を得る前からあった。解決出来ないことのほうが圧倒的に多かったが」
「え、」
呆然としたユートと、しばし視線を合わせて沈黙する。勇者としての力ではないなら信じられない、と言われると思った俺は身構えた。しかしその目に不信感が映ることは無く、
「まさか野生の勘……ってこと!?」
わざとらしく口を抑えて、驚いた声を出すユートの頭を思い切りしばいた。痛いと言って半泣きになるユートを笑い、俺はそれで今回の一件に片がついたのを認めた。
雪山の夜は早く、時間の流れは緩やかだった。その日俺達は夜が更けるまで取り留めのない話を続けた。俺が勇者になる前のことを話すと、ユートは元の世界での生活を語った。話題は尽きることがなく、俺は生まれて初めて他人に自分の人生を話した。
ユートは家族のいない俺にとって、すでに世界で一番近しい人間だった。帰る方法を探すユートを手伝い共に旅をする間、俺は徐々に感じていたその居心地の良さを認めるしかなかった。
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