十六幕 答え
気付けば俺は、ユートとその女の間に割って入っていた。ユートを下げるように片手を広げると、女は頬に手を当てて「まあ」と困ったように呟いた。
「どうしてあなたが前に出るの? 今までずっと戦闘の時以外は後ろに下がっていたじゃない」
「質の悪い冗談が聞こえてな。喧嘩を売られたんじゃ無いかと思ったんだよ」
凄んでみせるが、女は微笑んだまま表情を変えない。
「あら、冗談じゃないわ。だって、私達にとってこの依頼はとっても大切なの。これを成功させれば私達は上級魔法師の資格を得られるし、ここで報酬にもらう薬がないと、ハインツの妹の病気が治らないの」
頷く魔導士の男と、分かってくれるでしょう? と俺の脇からユートを覗き込もうとする視線を、身体をずらして遮る。迷惑そうにこちらを見る視線に、少しだけ険が混じった。
「あなた達は二人共、とっても優秀だわ。あなたはここに出る魔物でもほとんど相手にならないようだし、ユート君の方だって私に引けを取らない知識を持っているもの。魔塔に招待される程のあなた達なら、きっと用意されて鍵がなくてもこんな所突破してしまうわ」
だから良いでしょう? と再度朗らかに微笑んでみせる女を眺めていると、頭にゆっくりと血が昇ってくるのを感じる。俺の不穏な気配を感じたんだろう、ずっと無言だった男が一歩前に出て俺を見据えた。
「報酬なら払おう。お前も冒険者なのだろう。招待された彼はともかく、ただの護衛が出しゃばらないでいただきたい。さあ、いくら欲しい? 百か? 万か?」
冷たい声で懐から硬貨の入った袋を取り出し、ジャラリと揺らす。その卑しい人間を見るような視線に、今度こそ視界が真っ赤に染まった。怒声を上げようと口を開いた顔を、ユートが手を出して遮った。
「良いよ、ジャズ。鍵を渡そう」
唖然とした俺の前に、ユートが袋から鍵を取り出して笑う。
「大丈夫だよ、この人達が言う通り、おれ達ならきっと何とかなる」
感情の読めない微笑みに、俺は当惑のまま顔を歪めた。
「あれだけ探して、もう手掛かりになりそうなのは魔塔くらいだろう。これでもし入れなくなったらどうする? 何でここで人に譲る? 譲った所で、あいつらは感謝なんてしない!」
叫ぶような声が出た。俺は何故ここまで気持ちが荒ぶるのか分からないまま、激情を抑えられなくなっていた。
「人の言う通りにした所で、自分が与えられるものを全部与えたって、もらった後のあいつらにはもうこちらに用なんて無いんだ! 感謝なんてされない、記憶になんて残らない! 俺達が鍵を譲ったせいで身動きが取れなくなったとしても、あいつらは戻って来て助けたりなんかしない!」
後半はほとんど悲鳴だった。それはまだ冒険者として駆け出しの頃、周りに居た同世代の人間より頭一つ抜けた俺が体験した全てから得た戒めだった。
「自己犠牲なんてクソ喰らえだッ! ここへ入る時に正しい選択だなんて言われたからか? 正しさは正義とは限らない! 正しい奴が救われる世の中なら、こんな理不尽なんて存在しない!」
顔中に血が昇って目が眩む。あまりの熱さに発火しているようだった。きっと真っ赤に染まった顔は悪鬼のように歪み、かなり恐ろしい形相になっている事だろう。感情に流される自分を、どこかもう一人の分離した自分が俯瞰したように眺めているのを感じる。
ありったけの怒りをぶつけられたユートは、しかし意外なことに怯えも怯みもせず、ただ真っ直ぐに俺を見ていた。
「助けられない時は、助けなくていい。おれはこれを自己犠牲だなんて思っちゃいないよ。ただ自分にできる範囲で力を貸してあげるだけだ。ほら、ジャズ。大丈夫だから鍵を渡して?」
まるで幼い子を宥めるように、慈悲深い神父が懺悔を許すように、穏やかに俺を諭したユートは、ゆっくりと俺の手を掴み、その手の上に鍵を乗せた。
「これはおれの、おれ達の力があるから取れる選択だ。あの人達に流された訳じゃない。おれに同情する必要も無い。おれ達は鍵を渡したって大丈夫」
俺の硬くごつごつした手を、ユートは鍵ごと上から軽く握った。
「でも、ま、くれるって言うんなら報酬は貰っておこうよ。これから何をするにしてもお金は必要だしさ。彼らが恩を感じるなら勝手に払わせとけば良いんだ」
あっけらかんと言い放ったユートは、最後にぽんぽんと俺の背を叩いた。その思いがけない力強さに、俺は押されるように前に出る。険しい顔で硬貨の入った袋を差し出してきた男から、片手で袋を受け取りつつ同時にもう一方の手で鍵を渡した。
男は半ば奪うように鍵を受け取ると、踵を返して扉の方へ向かう。ガチャリと重厚な音を立てて扉が開くと、勢い良く開けて仲間を振り返った。
「早く!」と急き立てて仲間を通し、最後に自分が入ると乱暴に扉を閉める。
すると鍵がまた閉まる音が響いた途端、目の前でどんどん小さくなっていった扉が、最後は地面にねじり込むように姿を消した。
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