十二幕 魔法使いの街

 

 魔法使いの街は宿がきれいで、窓がついている部屋も多い。俺達の取った部屋もそうだ。

 

 甘い匂いに釣られて下を見ると、ちょうど下の通りで少女がたっぷりと盛られたクリーム状の屋台料理にかぶりつく所だった。しかし両手に溢れんばかりに盛られたクリームは形を崩して手を離れてしまう。

 あ、と思わず声がもれる。しかし予想したように少女が泣くことはなかった。クリームはそのままふわりと宙を漂い、少女の顔まで戻っていく。顔を輝かせた少女が口を大きく開けると吸い込まれるように口に入っていった。笑顔が弾ける。

 

 横に立っていた少年がお礼を言われて嬉しそうに頷く。そのまま手を振りながら別れ、宿に入って来た。しばらくすると扉を軽くノックしてから開ける音がする。

 

「今日は魔法学院の教授だって言う人と話してきたよ。転移魔術の研究をしている知り合いがいるんだって。しばらく協力したら紹介してくれるって……ジャズ?」

 

 何も考えず眺めていたら、先ほどの光景にいた少年がそこに立っていた。茶髪に芯が茶色い独特な黒い瞳。ユートは瞳の色だけ元に戻していた。本来は魔力量は瞳の色に出る。茶色に変えていたらユートの魔力量とは噛み合わず、あっという間にバレてしまった。制御装置を着けていても、赤がより濃くなった色として黒に近い色の瞳も受け入れられた。

 

「ジャズ、どうかした?」

「……いや、何か生き生きしてんなと思って」

 

 ぱちりと目を瞬かせるその顔は、今まで過ごしたなかで一番リラックスして見えた。俺は何となくそれを複雑な気持ちで眺める。無言で目を合わせていると、ユートは何かを振り返るように視線をめぐらせ、だらしなく相好を崩した。

 

「いや〜何かおれここに来てから、すっげーちやほやされちゃってさー! もうなんか魔法使うだけで褒められるし、おれやっぱチートじゃん? とか思っちゃってー!」

 

 にこにこと話し始めた内容に、俺は呆れてため息を吐く。何というか、この状況、というかこいつがここまでこの街に歓迎されるとは思ってもみなかった。

 初めは今まで通り目立たないようにするつもりだったが、ある依頼でユートが無属性を得意とする魔法師だと言うことが知られて、あれよあれよと人に囲まれるようになった。

 

 ここは魔法使いの街。今までいた所とは魔法使いの種類も知識量も段違い。俺が強さを認めていた魔法使いはそのエリートが集まった魔塔のエースで、それと渡り合う実力の魔王が放って置かれるはずも無かった。

 俺はここに来て、水を得た魚のように活動し始めたユートを眺めながら、組んだばかりのパーティを解散すべきか真剣に迷っている。

 

「明日はまた魔書の館に行ってみるよ!ジャズも来る?」

「あー……いや、俺はいい」

 

 ここにはユートの以前言っていた図書館に近い施設が存在している。魔法に関する書籍ばかりで、俺は利用したことが無いのですっかり忘れていた。

 

 この街に着いてから、ユートはもっぱらそこに通いつつ、知り合った魔法使い達の研究に参加したりと、中々に充実しているようだ。多分こいつは元々このくらいの知識層の連中と話が合うんだろうなあと、聞いてもいないのに語りだしたなんちゃら理論だかを右から左に流しつつ思う。

 俺はといえば、何となく外に出る気も起きず最低限生活できる程度の依頼をこなす日々。ここに長居していたら、いい加減自分が分からなくなりそうだ。こっそりとまたため息を吐きながら、俺は剣を一本ずつ丁寧に磨くことにした。


「転移の理論じゃ、長距離の移動で身体の一部を失う可能性がある」

 

 数日の間そう過ごしていたが、日に日にユートの顔に焦りが出て来ていた。新たに発表された転移術の理論を聞いて、転移では異界に届かないと悟ったらしい。それ以外の理論も、様々な知識を吸収しながら、ユートは徐々に暗い表情を覗かせるようになった。

 多くの事を知れば知るほど、自分がしようとしていることが途方もない事のように思えてくる。ある日ユートがぽつりとそう漏らしたのを聞いて以来、ユートは自分から街で学んだ事を話さなくなった。

 

「……ここはやっぱ苦手たな」

 

 壁一面に並んだ本を見ながら、俺は目眩を抑えるように眉間を揉む。この街には一度だけ、まだ冒険者登録をして少し経った頃、稼ぎのいい仕事を探して訪れた事がある。思えばその時もこの魔書の館に入ったかもしれない。圧倒的な知識の量に呆然としたが、中の本を読むことは出来なかった。あまりいい思い出ではないそれを記憶に沈めながら、俺は目当ての一角を探す。

 

 魔法に関連する本が大半を占める中で、魔法か何か、判別のついていない一部の現象についてしたためた本が少しだけ集められている棚があった。間借りするように膨大な棚のほんの一列程度しかないそれを、背表紙をなぞりながら読んでいく。うっすらと記憶に残るタイトルを見つけて、俺はしばしその場で立ったまま読み耽った。

 

 一部飛ばしたりしながら、気になる数冊を読み終えた頃には辺りはすっかり夕焼けに染まっていた。そろそろこの館も閉まる。俺が本を片付けて外へ出ると、丁度やって来ていた三人の子どもとかち合った。全員が特徴的なローブを身に纏う、この街の魔法学院の生徒だった。

 生徒達は俺を見て一瞬怯んだような顔をしたが、そのまま視線を下げて腰にある剣に目を留めると、馬鹿にしたように鼻で笑った。

 

「野蛮人が、この館に何の用だ? ここにある紙は鼻を噛むためにあるんじゃ無いんだぞ」

 

 中央に立った細面の少年が、手元で杖を弄びながら嫌味な声で言う。何かあれば魔法があるからとこんな余裕なんだろう。こいつが何か一つでも魔法を発動させる前に、俺はこいつら三人の首を刎ねることが出来る。そこまで怒っていないし、その事を証明しないと気が済まないほど子どもでもない。

 

 ただ、俺は在りし日の記憶に思いを馳せていた。この街はいつだってこうやって、俺がペンではなく剣を握ってきた事を強く突き付けてくる。剣を取ったのは俺の意思で、ここまでやってこれたのは才能の上に積み上げた努力があったからだ。それは後悔していないが、こうして選ばなかった未来を目の前で振りかざされると心がざわめいた。

 

「あれ? ジャズじゃん! こんな所でどうしたの?」

 

 俺が言葉を返さなかった為に、静寂が包んでいた場をユートの明るい声が切り開いた。少年達は我に返ったようにお互いを小突き合い、ユートにぺこりと頭を下げて去っていく。俺がそれを無言で眺めていると、ユートが視界を遮るように前に立った。

 

「丁度相談したいことがあって探してたんだ。今日は魔書の館に来ていたんだね」

「……まあ、少し調べたい事があってな」

「そっか。……ジャズにとってはここって、天国みたいな場所じゃないの?」

 

 首を傾げるユートが、俺を探るように見る。「何で?」と思わず口をこぼすと、ユートは困ったように頭を掻きながら、罰が悪そうに言った。

 

「おれ、てっきりジャズもこういう所好きだと思ってたんだよね。わざわざ本買って読んだり、色んな事知ってるしさ。本当はもっと勉強したかったのかなって。だから色々手伝ってもらえるんじゃないかって打算もあったんだけど……」

 

 「許可も取ったし」の言葉に、頭脳労働であてにされると思っていなかった俺は、空いた口が塞がらなかった。

 でも、と考えながら思い出した。以前来た時はすぐに司書だという人が来て追い出されたのに、今日は誰にも声をかけられなかった。魔書の館には入るのに許可が要るのか。考えてみれば当然だ、と以前ユートに語った危険性が頭をよぎる。

 こんな貴重な場所が誰でも入れるわけ無いのだ。俺は今更な事実に気付いて顔を赤くする。

 

「司書のダンテさんが、魔法使いでなくとも、知識を求める者なら歓迎だ、って言ってたよ」

 

 それはきっとユートが言ったからだ。俺はそう言い返し掛けたのを咄嗟に口を噤む。ユートに悪気は無い。当時子どもだった俺を追い出した司書の人も、ユートの知り合いならと俺の閲覧を許可した司書も、別に悪い事は一つもしていない。

 何も間違っていないのに、俺が勝手にダメージを受けて、不貞腐れているだけだ。

 

 俺は猛烈に恥ずかしくなって、ぶっきらぼうに礼を言い捨ててユートを置いて宿に向かった。

 ただその翌日からは俺も一緒に魔書の館へ行き、ユートを手伝って様々な本を読むようになった。

 

 

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