海に沈むジグラート 第49話【エデンの園】

七海ポルカ

第1話 エデンの園


 それは、度を超した可愛がり方だったのだ。


 幼い頃のラファエルにとって、父親というものは厳格で、とても自分から話しかけて甘えられるような存在では無かった。

 

「ジィナイース~~~~~~~~~~~~っ!」


 僕のおじいちゃんが戻ってきてるから挨拶一緒にしよう、とジィナイースと行った時、正直自分の父親や祖父を思い浮かべて、ラファエルは怖かった。

 優しいから大丈夫だよ、とジィナイースが笑いかけてくれたけど、不安だった。

 当時はユリウスは裕福な貿易商だと説明を受けていたため、一体どんな人だろうか、と思いながら会いに行くと、扉を叩く前に扉が開いて、中から飛び出してきた祖父がラファエルと手をつないでくれていたジィナイースをバッ! と攫い、抱き上げてぎゅーっ! と頬をすりすりしたのである。


 ラファエルの家では見たことの無い光景に唖然としてしまった。

 二週間ぶりに会ってもきゃわいいな~~~~っ! おまえは~~~~っ! とジィナイースを高い高いしながらはしゃいでいたが、彼の側にラファエルの姿を見つけると、途端に鋭い目をした。

「ん? お前は誰だ?」

「僕の友達のラファエルだよ。この近くにおばあ様の別荘があって、療養に来てるんだって。夜会で会って友達になったの」

「随分チビだな~~」

 初対面で挨拶もせず受けた暴言に、ラファエルは更に呆然とした。

 こんな失礼なひと初めてだ。


「こんな何にも出来そうなやつ面白くないだろう。ジィナイース。じーちゃんがもっと楽しい友達と会わせてやろう。今回の商談で面白い動物が手に入ったぞ。お前は動物大好きだろう! 絶対気に入ると思って買い取った。平たく言うとトラ柄のやつだ! まあトラ柄というか要するにトラだけどな! わはは! まだ小さいけど大きい庭で放し飼いにしたら絶対大きくなるぞ! 放し飼いはやめろとあいつらに懇願されたが俺は放し飼いにする! 放し飼いにしてくれとあいつの目が言ってるからな! 今にふっかふかのソファに育つぞ~~~! ジィナ! じーちゃんと一緒にフカフカしにいくか!」


 確かにラファエルは兄弟にも家族にも友人にも名門のオルレアン家なのに出来の悪い鈍くさい子供だと思われているが、それでも人々は一応は、「それでもオルレアン家の子だから」という目では見てきて、恭しくは接してきてくれた。

 勿論そんな姿すら白々しいから、ラファエルは血だけに敬意を払われることも嫌いだったけれど、だからといって初対面から面と向かって罵られたことは無い。

 社交界では悪口というものは、陰でひそひそと言うものである。

 まあだからこそ余計タチが悪く悪質なのだが。


「絵が好きなの。一緒に色んな城の夜会に行って、絵のお話したりしてたよ。

 ラファエルといると楽しいよ。ぼくラファエルの優しいところ大好きだよ」


 ジィナイースが祖父の腕に抱えられた所から、「ねっ」と優しくジィナイースに笑いかけて手を伸ばしてきてくれる。

 ラファエルの所では、両親や兄弟が彼をはっきり「出来が悪い」などと人の前で言うので、言われた人たちも段々と「そうなのね」とラファエルを軽んじていいのだとそういう風になっていくのだ。

 それなのに、ジィナイースはちゃんと祖父に対して自分を庇ってくれた。


 なんていい子なんだ。

 ラファエルは感動して、ジィナイースの手を握った。

 別にこんな奴につまんなそうな奴だとか言われたってどうでもいい。

 ジィナイースが自分といると楽しいと笑ってくれるなら、構うもんか。

 酷いことを言われて一瞬いつものように泣きそうになったラファエルだったが、ジィナイースの優しさに勇気づけられて、負けるもんか、と思った。

 ジィナイースの温かい手を頑張って握りしめて、「ねー」と笑い合うと、それにムッとした祖父が、大人げなく手刀で子供二人の手の繋がりを無残に断ち切った。


「なにすんだよー!」

 思わずラファエルは抗議したが、ユリウスは子供のように舌をべーっと出している。

「お前なんかにジィナイースはやらねーもんねーだ!」

「なんだとーっ!」


「子供相手になにを喧嘩してるんですかユリウス……」


 貿易船に共に乗っている者達が戻ってきて、廊下で子供相手に大人げないユリウスを呆れた顔で注意している。

「子供じゃ無い! 俺の可愛い孫にくっつく悪い虫だ! 今退治しようとしてたとこだ邪魔をするな」

「ハイハイ、船の上じゃ無いんだからそんなに大声出さないで。ジィナイース様が怖がるでしょう」

 ハッという顔をして、慌てて腕の中のジィナイースを見下ろす。

「いかん! 怖かったか? ジィナ……ごめんごめん。お前の前では優しいじーちゃんでいたいというのについ本気になってしまった」

 ユリウスは心配そうな顔をしたが、ジィナイースはヘリオドールの瞳を輝かせて祖父を見上げている。


「ううん。怖くないよ。おじいちゃんお帰りなさい。あのね、おじいちゃんは船から戻ると、他の国の珍しい物とかいっぱい持ち帰ってきてくれるし、色んな国の話を聞かせてくれるんだよって話してたの。だから今日ラファエルも一緒に泊まっておじいちゃんの話聞かせてあげて。二人で楽しみにしてたんだ」


「うぅ……お前にそんな嬉しそうに言われるとこんな小僧窓から捨てたいと思っているのに段々そう出来なくなってくるぞ……」

「ラファエル、この前おばあ様の別荘に招待してくれたよー。おばあ様優しくしてくれた。美味しいケーキもらって、すごく嬉しかったよ」

「な、なにい! この野郎! いつの間にジィナイースを城に招待とかしてんだ! なんて手の早い小僧だ! 俺のふっかふかのトラをお前にけしかけるぞ!」


「そんなところで何しとるんじゃ。ユリウス。わしは疲れたんだから早く寛がせい」


 ゾロゾロと船の皆が戻ってくる。

「ジィナイース様、ただいま戻りました」

「みんなー おかえりなさい!」

 船員達はユリウスの腕に抱かれているジィナイースに優しく笑いかけて撫でたり、握手したりしながら部屋の中に入っていく。

 わいわい、と賑やかに、もう酒盛りが始まってしまった。

 さすがに船員達の帰ってきたー、という感じの明るい雰囲気に、毒を抜かれてラファエルと対峙していたユリウスが諦めたらしい。

「しゃーねえなあ。おまえのばーちゃんが出来ることを俺が出来ないなどと思われてもかっこ悪いからな。歓迎してやるか~」

「ありがとう、おじいちゃん!」

 ジィナイースが嬉しそうに首にしがみつくと、ユリウスは「へへっ」とまるで子供のように笑った。



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