第16話 天白磐座遺跡で「神」を感じる 4

 急な斜面を、土を盛って作られた階段で上るとすぐに地表から露出した岩の数々が見えてきます。この小さな山が雨などで浸食されてこの岩の群れが見えるようになったのだと思いますが、なぜこんなにもここだけに現れているのか不思議です。


 地元では『おがみ所』と伝わっていたらしいのですが、70年代までは普通の山の斜面と同じように下草が生えて人が入るところではなかったといいます。磐座研究家の方が書籍で紹介して、それを知った地元の方々が整備して、いわくら祭りというのを始めて、今のように階段ができ、下草が払われるようになったそうです。


 少し登ると巨大な3つの岩がそびえ立っているのが目に飛び込んできます。


 小山の頂上に巨大なその3つの岩と無数の岩の群れが広がっているのです。こんなシチュエーションは人の手で作ろうとしても相当な労力を要するでしょう。自然の造形は時に不思議なモノを作り出します。


 巨大な磐座の2つの間にしめ縄がかけられ、その下に小さな祠があります。


 ぐるっと一周してみます。


 岩には木が根を下ろし、大きく枝を広げています。祭祀が行われていたときには間違いなくなかった木です。しかしその木の浸食が時の流れを感じさせてくれます。


 『危険登るな』の看板があります。確かにボルダリングしたくなる岩かもしれません。


 身震いを覚えます。確かにコレはいわゆるパワースポットです。霊的なものは信じない、というか、人間の内にあるものだと信じているのですが、大自然の造形には人間がなにかしら感じ取るものが間違いなくあることも確かなのです。


 祠のお賽銭箱に小銭を数枚入れ、目を閉じて手のひらを合わせます。


 その瞬間、磐座に、もちろん周りに生えている木々の枝と葉がざわっざわっと風で音を立てます。


 それがなにかの『声』に聞こえ、背中に何かが走って行きます。


 これが『神』か!


 そのとき私は直感しました。


 そして目を開けて磐座を見上げ、確かに『神』を感じたのです。


 宗教的体験をしたのではありません。パスカル・ボイヤーという人類学者はこう提唱しています。人類は狩りなどを行うのに当たって、生存に役に立つ機能として、推測・計画性の力を本能として身につけた。しかしそれと同時に、身の回りにある実際には因果関係がないものにも『意味』を求めるようになった、と。


 つまり『天啓』というのはそういう類いの、脳に生じた『バグ』のようなものらしいのです。それが『神』を人類が感じる理由らしいのです。


 その『バグ』が今正に、私の中に生じ、枝や葉を揺らす風の音が『神』の声に聞こえたというわけなのです。


 間違いなく、それまでも風が吹き、風の音は私の耳に入っていたのでしょう。しかし意識はしていなかった。それが、お賽銭を入れて目を閉じて拝んだことで、いったん感覚がリセットされ、風の音が耳に飛び込んできたのでしょう。


 理性ではそう判断します。しかし感覚は『神』が私に語りかけてくれたのだと言っています。


 極めて貴重な体験をしました。


 ぞわっとします。


 帰宅してから改めてこの天白磐座遺跡を知った書籍、「聖なる水の祀りと古代王権・天白磐座遺跡」を読み返しました。


 井の国(日本史でおなじみ井伊直弼の国ですよ)が古墳時代から存在すること。おそらくずっと天白磐座遺跡を磐座としていた氏族であること、など改めて知りました。そして天白磐座遺跡の発掘のときの下りで、夏季で山の中で必要な蚊取り線香がいらなかった思い出が綴られていました。風の通り道になっているので蚊がいないこと、そしてこの風も聖地として選ばれた要素なのではないかと筆者さんは推測されていました。


 読み返して始めてこの下りの意味の大きさを知りました。またぞわっとしてきました。現地を訪れなければ風の話なんてなんのことやらだったと思います。


 実際に自分の足でその地に行き、目と耳で確かめる作業の大切さを思い知りました。

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