境界戦場の戦巫女

剣舞士

第1話 クラスメイトは全員巫女さん

 新学期。

 4月となった日本の春は、新たなる進路へと進む者たちで溢れている。

 学生は進級、進学し、卒業した者たちは社会へと旅立ち、大人となっていく。

 会社に勤務してお金を稼ぐ者もいれば、スポーツマンになって、見ている人たちを熱狂させる者もいるし、芸能界に入ってスポットライトを浴び、人々を笑顔にする者もいる。

 そんな4月の上旬。

 織神 秋刃おりがみ しゅうじは、晴れて高校生になりました。

 元々実家は群馬の田舎になりますが、この度一世一代の覚悟を持って、上京を果たしました。

 東京にある由緒ある進学校への推薦を取り、面接練習に小論文対策、もちろん一般試験の対策も抜かりなく行った。

 その結果として、去年の冬に合格通知を受け取り、晴れて大都会〈東京〉の学校に進学することが決まりました。

 自分の知らない大都会……新天地での学校生活に胸を膨らませながら上京したが……。


「なんなんだよ……これは……」


 学校初日。

 自分以外の生徒は、みんな女子であった。



━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━



 東京都立巫術高等専門学校。

 高等専門学校……それはいわゆる『高専』と呼ばれる学校だ。

 実践的な技術者を育成することを目的とし、一般科目と専門科目をバランスよく学ぶことのできる高等教育機関……それが高専である。

 それだけ聞くと中々に素晴らしい学校なのではないかと思うのだが……残念ながら、秋刃にとってはそうではない……。

 なぜなら、ここは秋刃が行きたいと志望した学校ではなかったからだ。


「なんで、こんな事になった……?」


 静寂に包まれる教室内。

 そこにいるのは秋刃と、クラスメイトとなる14が座っている。

 秋刃を含めたこの15人が、1クラスの生徒数となるわけだが……男子生徒1人に対して14人が女子生徒という異常な光景に、秋刃はただただ肩身の狭い思いをする羽目になっているのだ。


「やばい……想像以上にキツいな……」


 そして最悪なのがその席。

 なんと教卓の真ん前……つまり、最前列の中央にいるため、周りにいる女子生徒たちからの視線が突き刺さらんばかりであるのだ。

 振り向いて他の生徒を見ようとすると、みな一往に顔を赤らめて目を逸らしたり、逆に目つきが鋭くなってこちらを睨み返したりする。

 今のところ実害があるわけではないが、これ以上は身も心も持たない状態である。

 なんとかこの状況から逃げ出したいと思っていたその時、教室の扉が開く音がした。


「ご、ごめんなさ〜い! 遅くなってしまいました!」


 教室に現れたのは女性教員。

 小柄で緑色の短髪に眼鏡……下手をすると教師というより同級生の生徒のように見える女性だが、一部……女性らしさを象徴する体の一部が、とても大きかった。

 着ている服装はおそらく私服なのだろうが、ゆったりとしたワンピースのような形の服だ。

 そんな服装であっても圧倒的な主張をする胸部の存在が、大人の女性という認識を変えてしまうのだろう。


「みなさん、初めまして。私はこのクラスの担任の風祭 紅葉かざまつり もみじです。

 これから皆さんには、この高専で巫術に関する技術、知識を5年間に渡って学んでいただきます。

 進級試験や現場での実技試験と、色々ありますが、みなさんが立派な〈戦巫女〉になれる様、サポートしますので、頑張ってくださいね!」


 普通に聴いていて疑問に思った事が何度かあったが、それでも聞きやすい口調と声色。

 流石は教師だと思うような自己紹介だった。

 しかし、クラスの皆は一往に反応しない。

 普通なら拍手の一つでも、「よろしくお願いします!」の一言でもあって良いものだと思うが、クラス内は静寂に包まれていた。

 その理由はただ一つ。

 生徒のみんなの視線は、教師である紅葉よりも、秋刃に向けられているからだ。


「あ、え、えっと……よ、よろしくお願いしますね、みなさん……ううっ」


 あ、いかん。

 紅葉先生が涙目になっている。

 流石に可哀想だ。


「ええっと……よろしくお願いします。風祭先生」


 教卓の真ん前にいる席のため、どうしても先生との距離が近い。

 お節介だと思ったが、自分だけでも反応してやるかと思い、紅葉に対して返答をすると、さっきまでどんよりと落ち込んでいた紅葉の顔に光が戻り、涙目を擦りながら元気よく復活した。


「は、はい! よろしくお願いしますね! ではみなさんも、一人一人自己紹介をお願いしてもよろしいですかっ?!」


 そう言って、クラスの中で自己紹介発表が始まった。

 秋刃から見て右側からスタートしていき、そこから順に後ろへと進んでいく。

 列の一番後ろまで終わったら、今度は隣の列の一番前の生徒の番になる。

 秋刃まではまだ余裕があるため、少し考え込む事にした。


「なんでこうなったんだ……?」



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 この世界は、とある境目で二つに分かれている……。

 そんなオカルトじみた話をしていたのはテレビの画面に映っていた心霊現象の研究をしていると自称する専門家の男性だった。

 この世界は、我々人間が普通に生きて、普通に生活している『現世』と死んだ人の魂があるべき場所に向かい、魂の住処となっている『隠世』かくりよと呼ばれる世界があるのだとか。

 本当のような嘘の話。

 そんなものがあるだなんて、きっと誰も信じないし、それを証明する事もできないだろうと、その時は思っていた。

 しかし、今改めて思う。あの専門家の言っていた事は、本当だったんだと。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 その日は何の変哲もない一日のはずだった。

 高校受験が終わって、合格通知を受けた。その後、地元の友人たちと大都会・東京へと遊びに来た。

 夜も深くなって来て、そろそろ帰ろうとみんなで解散した後だった……一目、自分が進学する学校を見学しようと思い、少し寄り道をした。

 その選択が、全ての始まりだったのだ。


「う……かはっ……!」


「…………え?」


 スマホの地図アプリを開いて、進学先の学校の住所を調べた。

 スマホに表示されていた場所への近道を通って行った時、人通りの少なそう道を歩いていた時……目の前に1人の女性が倒れていた。

 口から血を吐き、全身がズタズタに切り裂かれていた。

 道の真ん中で仰向けに倒れている女性の周囲には、女性の物と思しき大量の鮮血が流れていた。

 あまりにも唐突な光景……あまりにも鮮烈な光景に秋刃は目を見開き、その場で固まってしまった。

 今日一日の楽しかった思い出や、今後の希望に満ちた未来予想なども、全てが消え去ってしまうほどの衝撃……あまりにも非日常的な光景に、秋刃は呑まれてしまった。


「う、うう……」


「はっ! だ、大丈夫ですかっ!!?」


 動かずにはいられなかった。

 目の前に死にかけている女性……しかし、意識はわずかにある。

 ならば、まだ助かる余地はあるのだ。

 一瞬止まっていた思考が、急速に脳内を走った。

 まずは止血だ。

 しかし、あまりにも出血量が多すぎる。

 今日持っている私物で、何とかできる物はほとんどない。

 あるとすれば、身につけていたマフラーや上着の類……秋刃は即座に上着を脱いで、マフラーを外し、倒れている女性の体に当てる。


「くっ……き、救急車を呼ばなきゃっ……でもここ、どこだっ?!

 なんて伝えればいいんだよ……っ!」


 素人の秋刃にどうにかできる状態じゃないのは明白だった。

 しかし、何としても命を繋がなければと思い、すぐにスマホで119番通報を行う。

 その時だった。


「はっ……あ、あなた、様は……?」


「っ?! だ、大丈夫ですかっ?! いま救急車を呼びますからねっ!」


 女性の意識が戻った。

 弱々しくはあるが目を開いて、荒々しくはあるが呼吸を整えようとしている。

 瞼が開かれた奥に見えたのは、金色に光瞳だった。

 月明かりだけで判別はできなかったが、おそらくは金色だっただろう……その人物の姿に、またしても秋刃の思考は止まってしまう。

 何故なら、その女性は、美しかったのだ。


「ぁ……」


「はぁ……はぁ……」


 少々露出度が高めな服装ではあるが、多分そんな分かりやすい理由ではない……何故だかわからないが、今にも死にそうな女性から溢れ出る魅惑のオーラのような物に呑まれそうになっている自分がいる。

 傷ついても尚、血を吐いている状況であったとしても、その女性は美しくと感じたのだ。

 

「あなた、様は……だれ……?」


「っ……俺は、織神 秋刃! 学生です! 大丈夫ですかっ?!

 いま救急車呼んでますので、安心してくださいっ!」


「しゅーじ……さま……ありが、とう……」


「いまは喋らなくて大丈夫ですから、ゆっくり呼吸をしてくださいね……!」


 昔見た医療ドラマで、医師役の俳優が言っていたセリフを真似しながら、女性を落ち着かせようとする秋刃。

 マフラーや上着を使って、患部の近くにある脈を強く締め付けるように縛る。


「はあぁ……これじゃあ、あまり応急処置にもならないんじゃ……!」


「ありがとう、秋刃、様……なんと、お礼したらいいか……この月雲つくも、一生を賭けて、あなた様に、恩をお返しします、わ……」


「そんな……大丈夫ですよ」


 弱々しくも微笑む女性……月雲は、プルプルと震わせながら右手を伸ばして秋刃の右腕を掴んだ。


「っ……どうしました?!」


「にげ、て……ここから、一刻も早く……!」


「へ? それは、どういう……」


「あいつは、まだ、近くに……!」


「あいつ? 一体誰のこ─────」


 グサッ────。


「っ…………あ?」


 突然の衝撃が体を襲う。

 特に体の上半身……胸の辺りがやけに熱く、変な違和感を感じた。

 倒れている月雲の顔から、自分の胸へと視線を移す秋刃……そこには、さっきまでは無かった異物が生えていた。

 黒く、金属質な光沢が施された細長い突起物のような物……ただの棒状のものではなく、緩やかな曲線を描いている金属棒……いや、それは紛れもなく“刃物”の形状をしていた。

 刃物……もっと詳しく言うのであれば、“日本刀”だ。


「え……な……っ?!」


 刺された……背後からの一突き。

 それを認識したと同時に、今度は刀を引き抜かれた。


「うっ……かはっ……!」


 全身に虚脱感が襲う。

 物理的に血の気が引いていき、体を支える感覚が全てなくなった。

 秋刃の体は月雲の上に覆い被さるように倒れ込み、あたりには月雲の血に加え、秋刃の血が流れ始める。


「は……ぁあ……!」


「し、秋刃、さま……!」


 互いにもう、起き上がる力が湧かない。

 自分を刺し、月雲を襲ったであろう相手の姿は、すでに無くなっていた……そこに残されたのは、死にかけの2人だけだ。


(やべぇ……これ絶対死ぬやつじゃん……)


 言葉が出ない……視界がぼやけ始めた……これはもう、絶対に助からないだろう。

 季節は冬だ。

 当然気温は低いし、上着も月雲の止血に使うために脱いでいたため、余計に体温が下がる。

 しが着々と近づいてくる……そう感じていると、次第に走馬灯が脳内を駆け巡った。

 生まれたての頃を除けば、物心がつく幼少期から現在に至るまでの記憶のみ。

 秋刃には両親がいない。

 物心がつく前に二人とも居なくなっていた。

 ただ、一人だったのかと言われるとそうでもない。

 ただ一人、姉だけがいた。秋刃よりも8歳上の姉が一人いる。

 その2人だけで、今まで生きてきた。

 自分で言うのもなんだが、姉にはとても大事に育ててもらったと思う。

 中学を卒業してからは、学校に行きながらも掛け持ちでバイトをして家計を助けてくれていた。

 だから秋刃は、その分家の事をしっかりやろうと思った。

 掃除・洗濯・料理もそうだ。小学生のころからそれを続けていて、家の中は完全に秋刃の領分。

 いつも疲れて帰ってくる姉を、自分の手料理と準備したての熱々のお風呂で出迎えたものだ。

 そんな生活を続けて10年以上。今では姉は社会人で、公職についている。

 これから先はさらに勉強して高校の推薦枠を取り、大学進学か就職の選択を取る。

 そしていつか姉のように立派な公職に就いて、精一杯の贅沢をさせてあげたい。

 そんな風に毎日思っていたのだが……どうやら、その夢を叶えられそうにはない。

 背後から感じる悪寒、殺気、恐怖……この世で最も暗く、怖い感情が自身の背中に貼り付いてくるような感覚。

 

(嫌だなぁ……まだ、俺は……刀夏姉に、何もっ……!)


 死にたくない……そう願った。


「死な……せませんとも……! 私の一生を、賭けてでも……あなたをっ……!」


 その言葉を聞いて、秋刃の意識は途絶えた。




━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━



 その後のことはほとんど覚えていない。

 確実に死んだと思っていたのに、気がついたら病院のベットに横たわっていた。

 あまりの衝撃に体を起こし、自身の体を確認する。

 入院患者が着ている検査用の患者衣を身につけていて、左腕には点滴につながったチューブが指してある。

 それ以外には何もなく、普通にただただ貧血で倒れてしまった軽傷患者の様な姿だ。


「あれ……? なんで?」


 自分の体の状態に驚きつつ、患者衣の中もチェックする。

 そう、自分の胸元を貫いた異物……刀の刀身が貫いた跡があるはずだ……。


「…………ない?」


 胸元には傷一つなく、綺麗なままであった。

 しかし、脳裏に残っているあの光景は一体……?

 確かに感じたはずの衝撃と痛み……文字通り、体から血の気が引いていく感覚、朧げながらに耳に届いていた月雲の声……。


「ええ……? 夢だった?」


 まさに夢幻。

 夢か現か? どう言う事なのか、全く持って理解できずにいた。

 しかし、そんな状況にも関わらず、病室のドアをノックする音が響いた。

 秋刃は反射的に返事をすると、ゆっくりとスライドドアが開き、現れたのは複数人の女性だった。

 顔は見た事がないし、名前だって知らない……完全に初対面であろう女性達が5、6人は入って来た。

 黒い生地に白いラインが特徴的なコート……どことなく和装のようなパーツも見られる和と洋の二つを織り交ぜた様なコートを纏った人たちがやってきて、いろいろと事情聴取された。

 どうしてあの場にいたのか? どうして襲われたのか? どうやって助かったのか? そして、どうして“霊力”を顕現させたのか……などなど。

 霊力というのは初耳だった。

 いや、昔聞いた事がある。しかしそれは友人と遊んでいたゲームに登場するキャラクターが身につけているスキルとして、だ。

 現実世界でその名を聞くなんて……あれ? やっぱりこれは夢か?

 そんなこんなで、夜も遅いというのに事情聴取やら身体検査やらなどで身柄を拘束され、ようやく解放されたのは夜中の0時を回っていた。

 そして、その日は実家には帰れず、そのまま数日な入院が必要であると言う診断を受けたのだった。

 そしてさらに1時間後のこと。

 本日最後の来客があった。


「全くっ、この馬鹿者がっ……!」


「と、刀夏姉とうかねえっ……!」


 診断を伝えに来た医師と変わるように病室に入って来た人物。

 秋刃と顔立ちが似ている長い黒髪を後ろで一本に纏めた長身のクールビューティーお姉様。

 その名は織神 刀夏おりがみ とうか

 8歳離れた秋刃の姉であり、少し前に東京の方で教員職に就いたと聞いていた人物その人だった。

 レディーススーツに身を包んだ刀夏……おそらくは仕事帰りであることが伺える。

 さらにその顔には呆れと苛立ちを秘めているのは一発で分かった。

 しかし、それ以上の追求は何もなかった。

 ただ静かに歩み寄り、ベットの隣に置いてあった椅子に腰をかける。

 

「高校受験が終わったとは言え、夜遅くまであんなところを徘徊していたとはな。

 お前はまだ未成年である自覚がないのか? いったい、あんな所で何をしていたんだ?」


「えっと、高校受験が終わったから、同級生たちと東京に遊びに来た……ついでに進学先の寮がどんなものか、見ておこうと思って……」


「ほう、合格発表はまだだろう? もう受かる気でいるのか?」


「まぁ、自己採点は悪くなかったと思うし、十分合格ラインは超えていたと思うよ」


「そうか……。だが、それはそれ、これはこれだ」


「はい……すみませんでした」


 昔から刀夏には頭が上がらない。

 何をするにでも即断即決で、揺るぎない信念を持っていると言うのが、幼い頃から側で見てきた刀夏に対する印象だった。

 そんな刀夏が、少しだけ申し訳なさそうにこちらへと向き直る。

 

「まぁ、だが……お前が無事で、本当に良かったよ……」


 その言葉と共に、刀夏の表情は少しだけ和らいだ。

 そしてそのまま秋刃を優しく抱きしめるように抱擁を交わす。

 その温もりを感じるのは、子供の頃以来だ。

 物心がついてすぐの頃にはもう、刀夏は地元を離れ、東京へと出て行ってしまった。

 たまに返ってくる時期もあったが、基本的には離れ離れで生活をしていた。

 だから、こうして抱きしめ合うのだって、もう10年ぶりくらいだろう。

 普段の刀夏の姿からはあまり想像できない行動を受け、秋刃も安心して抱きしめ返す。

 刀夏が自分のことを大切にしてくれているのを、改めて感じるひと時だった。

 ひとしきり抱きしめあったあと、刀夏はいつもの如く神妙な面持ちへと表情を変え、秋刃に向き合った。


「秋刃。あの時何があったのか、もう一度話してくれ。

 あの時、お前は一体誰に襲われた?」


「っ……」


 本題へと入る。

 秋刃は自分が覚えていることを淡々と話し始めた。

 学校の友人達と遊ぶために、東京に出て来たこと。日が暮れる前に解散となり、一人で帰ろうとした時に、ふと進学先の学校のことを思い出して、少し立ち寄ってみたいと思ったこと。

 その道すがら、血だらけで倒れてある女性を発見したこと。そしてその人を助けようとして、誰かに殺されかけたこと……。


「……はぁ。つまり、お前は犯人の顔を見ておらず、周囲にもそれらしい痕跡がなかったと言うんだな?」


「うん……っていうか俺、心臓を刺された……んだよな?

 あの状況で無事って……いや、まさかただの夢?」


「…………」


 改めて患者衣の中を見てみるが、傷跡などは一つもない。

 しかし感覚だけはしっかりと刻まれている。あの日受けた衝撃、血の匂い、血が流れたところに感じた生暖かさ。

 全てが現実だと告げていた。


「そういえば、刀夏姉が来るよりも前に大勢の女の人たちがやってきてさ、かなり質問攻めに遭ったよ。

 あの人たち、いったいなんだったんだろうな……警察の人っぽくはなかったけど……」


「質問されただけか? 体のことを調べられなかったのか?」


「ん? あぁ、そういえば、やたらと身体検査をされたような……なんか、ヒソヒソと小声で話してて、何を話しているのかまではわからなかったんだけど……。

 まぁ、そうだよな。背後から襲われて、刃物で串刺しにされたっていうのに、その傷跡とかが綺麗さっぱり消えてるんだから」


「……そうか」


 刀夏は短く答えるだけだった。

 そして足を組み直して、神妙な面持ちで秋刃の顔を見つめる。


「秋刃、これから先の事を伝えるぞ」


「へ? なに、どうしたの急に?」


「おそらくだが、お前の進路先が変わる可能性が出て来た」

 

「…………え? どう言うこと?」


「……いま説明しても、多分信じられんだろうから、おいおい説明する。

 とりあえず、今日は寝ろ。明日、爺さん達には私から連絡しておく」


「う、うん……」


 爺さんとは、群馬にいる秋刃たちの実家の主。

 と言っても、本当に血が繋がっているわけではない。

 織神家は、秋刃と刀夏の2人しかいないのだ。

 幼い頃に両親は蒸発してしまい、残された2人は幼馴染の家で世話になることになった。

 それが、今の実家である。

 そこの爺さんと婆さんは、秋刃と刀夏を歓迎してくれて、本当の孫の様に育ててくれた。

 だからこそ、2人で群馬を離れるのは少し躊躇われたが、自分のやりたい事をやって来いと、背中を押してくれたのも爺さんと婆さんだった。

 だから秋刃も刀夏も、2人には感謝しているし、刀夏は今でも年末には仕事を片付けて、群馬の実家に帰ってくる。

 そんな爺さん達に改めて連絡する……その意味は身辺確保の連絡だろうと思っていた。

 しかし、その数ヶ月後……秋刃が受験した高校からの合格通知と共に投函されていた、聞いたこともない学校の入学案内説明書の存在がその後の人生を変えてしまうことになった。



━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━



「がみ……じ君……! 織神 秋刃くん!!」


「っ!? は、はい!!」


 考え混みすぎていて、周りの声が聞こえなくなっていた所に、頭上から大きな声をかけられる。

 ハッとして顔を上げると、そこには今にも泣きそうな紅葉先生の顔があった。

 自己紹介の順番が、自分に回ってきたのだ。


「あぁっ!? ご、ごめんなさい! 急に大きな声を掛けたら驚きますよねっ?!

 で、でも、今は織神くんの番なんですよね?

 自己紹介、していただけますか? ダメですか?」


「あぁ、すみません! 少し考え事をしていて……。しますします、自己紹介」


「わぁっ……ありがとうございます!」


 まるで幼い子供の様にころころと表情が変わる先生だ。

 本当に自分たちよりも年上なのかと疑ってしまう……。

 順番も回ってきたし、自己紹介をしようと席を立つ秋刃だったが、後ろを振り向いて少し後悔する。


「っ……」


 クラスの皆の好奇の視線が問答無用で突き刺さる。

 当たり前だが、みな同じ制服を着用している。

 全員が白地に黒いラインが入った平安時代の貴族が着ていたとされる『狩衣』と呼ばれる物と、コートを合わせたような服。

 袖は狩衣同様に広くなっており、上着は左前に止める仕組みになっており、白地に赤の裏地で構成されている狩衣にスカート、もしくはズボン、短パンと自由に選んで着用している。

秋刃は男用に作り直した制服でこれも狩衣と同じ要領で上着は右前に留める形になっているようで、秋刃も同じ狩衣コートに白いズボンを着用している。

 こうしてみると、今この場にいること自体が夢なんじゃないかと思っていたが……そんな薄い希望は容易く打ち砕かれる事になった。

 

「えっと、織神 秋刃といいます……えぇー……」


 まずい。考え込んでいたせいで、みんなの自己紹介を聞いていなかった。

 どこまで自分のことを話して良いのか? というか、なんで自分がここにいるのかを話したほうがいいのだろうか?

 いや、そんなの自分だって詳しいことは分かってないの、それを説明したところで……

 悩んでいたところで、皆からの視線の集中砲火は止まない。

 どうにかしてここを切り抜けよう。


「えぇ〜と……よろしくお願いします!」


 シーンとなる教室内。

 うん。これは、自己紹介失敗というやつですかね?

 あぁ、新学期早々やらかした……。

 これはボッチ確定案件ですね。

 自分の周囲にあるクラスメイトたちも、少しがっかり……といった雰囲気を醸し出している。

 辛い……この空気感が一番辛いのだ。


(うわぁー……帰りてぇ……)


 もう泣きそうになっている。

 そんな状況でふと、教室の奥の方へと視線を向けた時、とある女子生徒と目があった。


「ぁ……」


 艶やかな長い黒髪と桜色の瞳、右側の髪に留められている赤と白の組紐で作られた髪飾りが目を引く美少女だった。


(あれ? あの子、まさか……)


 古い記憶の中に、その子と似た容姿の女の子の顔が思い浮かぶ。

 もう随分と昔だ。6年くらい前の記憶……。

 懐かしさや喜びのような感情を抱いていたのだが、その思いも背後から現れた気配によってかき消される。


「全く、自己紹介すらまともにできんのか、貴様は」


「えっ──────」


 こちらも聞き覚えのある声。

 咄嗟に振り向いた瞬間、目の前に迫ってきていたのは、分厚い本の背表紙であった。


ゴンッ!!


 分厚い……本当に辞書の様なサイズの本の背表紙が秋刃の顔面……強いていうと顔の中心線にヒット。

 鈍い痛みが顔中に広がっていく。


「痛ったっ!!?」


「席につけ。次の者の自己紹介に移れ」


「ええっ?! 刀夏姉っ?! 何してんのっ?!!」


「ここでは先生だっ、馬鹿者がっ!」


スパァ───ンッ!!!


 今度は平手による頭上からのツッコミが入った。いや、なんでなの?

 そんな秋刃の姉であり、どこかの学校の教職に就いたという刀夏が目の前にいる。

 見た目はレディースーツに身を包み、長い髪を後ろで一本にまとめている。

 見るからな仕事ができそうなキャリアウーマンという雰囲気を感じさせるが……。


「お、織神先生! お疲れ様です。職員会議の方は終わったんですね?」


「えぇ、風祭先生。いきなりお邪魔してしまい申し訳ない。

 この愚弟があまりにもお粗末な自己紹介をしていたので、つい手が出てしまった」


 ひどい言われ様だ。

 しかしまぁ、名前だけの自己紹介なんてのは、ここ最近では多くなってきているんですよ?

 自分の個人情報をあまり周囲に言いふらしたくないって意図が多すぎるし、それを聞こうものなら「プライベートの詮索はやめてもらえませんか?」と冷たくあしらわれるのが現代社会ですよ?

 別に自分はそういう感じではないけれど……。


「自己紹介を中断してしまってすまない。

 私は織神 刀夏だ。ここでは一年の学級主任をしている。

 授業では主に実技を担当しているので、皆と会うことも多いと思う。

 ここは、人ならざる存在……霊鬼との戦い方、生き残る術を学ぶ場だ。

 霊鬼を屠り、逆に命の危機に直面することも多い。それでも戦う意思があり、この道を進もうと決めた諸君らを歓迎する。

 命のやり取りを行う以上、訓練も厳しいものとなるが、頑張ってくれ」


「「「はいっ!!!」」」


 うわっ、すごい。

 一瞬でクラスメイトの心を掴みやがった。

 これが自己紹介……いや、カリスマ性のなせる技なのか。

 そんな風に関心していると、刀夏はそそくさと教室から出ていった。

 残された担任の紅葉と生徒たちは一瞬の静寂に包まれるも、その後は生徒達が嬉々として声を上げる。


「す、すごいわっ! 本当に刀夏様よ!」


 刀夏“様”?


「とても凛々しくてお美しい……!」


「あの方から直接ご指導いただけるなんてっ!」


 生徒達の反応を見るに、刀夏はかなりの有名人らしい。

 家ではラフな格好を好み、缶ビール片手に酒のつまみを食しながら酒を煽る姿が目に焼き付いているため、彼女達の様な羨望の眼差しはできないが、この光景を見るに仕事場では完璧美人を装っているのだろうか?

 姉さん……あなた一体何者なんだ?

 秋刃の知らない姉の一面を見てしまい固まっていると、話の話題は秋刃へと移る。


「にしても、刀夏様の事を“姉”と呼んでいたって事は……!」


「それに、苗字も同じだし!」


「顔立ちも似ている気がするわ……!」


「じゃあ、男なのに霊刀を顕現させたのも、それが原因?」


 うーんそれはこちらもわからないよ?

 っていうか、いまこの状況さえもよく分かってない。

 とりあえず刀夏に任せておいたが、いきなりこんな事になっているもんで、この後どうすればいいのかもわからない。

 だってね? 入学案内説明書と一緒に届いた高専の制服もサイズがピッタリだったし、こちらがそれを確認したであろうことを知っていたかの様に黒ずくめのお姉さん達が複数に実家にやってきて、黒色のセダンに乗せられて、東京都内にある新宿区へと連れて来られたんだ……。

 何かを察しろなどと言われても出来ないものは出来ないよね。

 

「はいはい! みなさん、自己紹介の続きをお願いします!」


 その後は時間いっぱいまで自己紹介のやり取りを行い、チャイムがなった。

 ここら辺は普通の高校と変わらない様だ。

 が、問題はその後だった。


「あれが今年入ってきた男の子?」


「しかもあの刀夏様の弟さんなんだって!」


「「「なにそれ尊いっ!!」」」


「刀夏様の弟さん……やっぱり優秀なのかしら?」


「気になるわね。誰か声を掛けてきたら?」


 1限目が終わり、10分の休み時間となった。

 その瞬間になって、他のクラスや他の学年の生徒達も秋刃の所属するクラスに詰めかけている。

 廊下側の窓は全開のため、少しでも視線を向けようものならば女子特有の黄色い声援が聞こえる。

 秋刃は耐えられず、机の中から取り出した教科書を読むフリをする。

 次の授業で使う『巫術総論』の教科書。

 いかにもオカルトチックな表題であるが、本当に授業をするのだろうから、捨てるわけにもいかん。


「こらぁっ───!!!! もうすぐ2限目が始まりますよっ!!

 みんな教室に戻りなさーい!!!」


 もうそんな時間か。

 巫術総論の授業を担当する先生の一喝で、廊下に集まっていた生徒達は慌てて帰っていった。

 誰1人いなくなった廊下に唯一残った人影。

 その人物が教室へと入ってきた。


「はい、あと1分ほどでチャイムが鳴りますよー。みなさん席に着いてください!」


 入ってきたの女性教員。

 まぁ、この学校に男性は秋刃しかいないのだが……。

 長い茶髪を後ろでひとつ結びにした若草色の瞳を持つ……。


「女の子?」


 外見も小柄の可愛らしい見た目をしている。

 見た感じ同い年……あるいは年下の様に見えるが……この学校って飛び級制度あったのか?


「ええっと……君が織神 秋刃くん、だね」

 

「え、あぁ、はい」


「織神先生からは事情は聞いてるよ。急にここへ連れられてきたそうだけど、大丈夫?」


「えぇ、まぁ……なんとか」


「そっか。分からないことがあったら、なんでも聞いてね! そのための先生ですから!」


「あ、ありがとうございます」


 中々に頼もしい先生だ。

 先ほどの担任の紅葉先生とはまた違った雰囲気の先生……生徒?のようだ。

 では早速、質問をしてみよう。


「じゃあ、早速質問なんですが……」


「うん? なにかな?」


「先生……でいいんですよね? 飛び級してるのかと思って……」


 失礼があったらいけないと思い、直接年齢を聞くなんて野暮なことはしない。

 当たり障りない言葉を選んで質問してみたのだが……。


「……1歳だよ」


「え?」


「私、21歳なんだけど?」


「…………」


 これは、またしてもやってしまったやつです。



 

 

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