Cys:37 コテバニが見つめる先に

「はーっ……話には聞いてたけど、すっごいビルね。昭和にタイムリープしたのかと思ったw」


 私は今、耕助と並んで事務所のビルの前にいる。

 雑居ビル中の雑居ビルで、ここに芸能事務所が入ってるとは思えない。

 入口にはよく分かんないスクーターが置いてあるし、郵便受けの鍵は南京錠。

 本当にボロい3階建てのビルで、郵便受けの302号に『Shining-Rebirthシャイニング・リバース』の表札が付いている。


「へぇ、社名だけはカッコいいじゃん♪」


 私がそう言って横からチラッと流し目を向けると、耕助はビルを見つめたままニヤッと笑みを浮かべた。


「まあな。俺とアイツで考えたんだ。今からドーンとやって、社名に負けねぇようにしていくさ!」

「ふーん……」


 耕助がこうやって前を向いてる時、私はいつも少しだけ置いていかれた気分になる。

 そして、心の奥がチクリと痛むの。

 認めたくないけど、これは嫉妬。

 昔から耕助に密かに想いは寄せてるけど、一度も叶った事が無いから。


 昔は玲華レイと付き合ってから遠慮してたし、何より耕助には心から決して消えないひとがいるのも知ってる。

 耕助が高校生の頃に″死別″した特別な女の子。

 それに加えてStar-Crownスタークラウンに対しては、我が子のように接してたし。


───今度は澪って子か。はあっ……まっ、いいけど。別に。

 

 私は心で溜息混じりに呟くと、瞳にビシッと力を込めた。

 どうにもならない事を考えたって、意味はないから。

 ここまで来たのは、心に不協和音を響かせる為じゃない。


───望月澪って女の子の輝きがどれ程の物か……ううん、私の人生を賭けるにあたいするかどうかを見極めにきたんだから!


 心に刺さった嫉妬というトゲを引き抜き、私は片手で耕助の腰をパンッと叩いた。


「早く行こっ!」

「って! ……うっし、任せろっ!」


 そう言って気合いを入れた耕助と一緒に、私は汚れた狭い階段をドキドキしながら登ってゆく。

 このドキドキが、何に対してなのかハッキリしない。

 けど、こんな気持ちになったのは久しぶり。

 それだけは、間違いなかった。


◆◆◆


「あっ、まだ来てねぇか……」


 そう呟いた耕助の側で、私は少し驚いて目を丸くしている。

 意外に中は広いし、何よりビルの外観からは想像出来ないぐらい、事務所の中は綺麗だから。

 床はピカピカに磨かれているし、壁だって綺麗に拭いてある。

 中央に向かい合って並べてあるソファも悪くないし、テレビもかなり大きい。

 奥の窓際に設置してあるデスクも綺麗だし、その脇の観葉植物もオシャレ。

 角っこにある喫煙ボックスは耕助の為のだろう。

 後、ソファの上に、てーんと置いてある、ぬいぐるみにはビックリした。


「耕助、何よコレ w」

「ああ、そいつは『コテバニ』だ。俺の好きなヒーロー物のアニメに出てくる、マスコットキャラクターだよ」


 そんな事は言われなくなって知ってる。

 耕助があのアニメを好きだから、私、昔これを勉強したし。

 元々アニメはそんなに好きじゃないけど、耕助が好きなアニメだから調べたの。

 特殊能力に目覚めた人間達が街の平和を守る為に、企業に属するヒーローとして戦っていくちょっとリアルなアニメ。

 タイプの正反対なダブル主人公が段々と認め合っていくのが見所で、マスコットキャラクターのコテバニもいい味を出してる。


 だから、知りたかったのはそこじゃない。

 なんでコテバニがここにあるのかが謎なの。

 耕助はヒーローは好きでも、マスコットキャラクターには大して興味無かったから。

 けど、私はこのアニメを知らないていにしてるから、コテバニを両手で掴んで敢え軽く問いかけてみた。


「いつからこんなキャラ好きになったのよ」

「ん? ああ、そいつは澪が気に入ったのさ。ここの設備を揃えに行った時、アイツが見つけてきたから、しゃーなくな」


 しれっと言ってきた耕助をチラッと見てから、私は再びコテバニをジッと見つめてみた。

 すると、なんか逆にコテバニが私に『おちつけ』と言ってる気がする。

 もちろん、耕助は自分の手掛ける女の子に手を出したりしない。

 それは分かってるけど、一緒に買い物に行った場面を想像して心が少しざわめいたから。


───まっ、別にいいけど。私もコテバニ好きだし……


 逆に言えば、澪って子とは趣味も合うかもしれない。

 もちろん、話してみないと本当のところは分からない。

 でも人間同士なんだし、気の合う合わないも大切な部分。

 私はコテバニをソファにそっと戻して、事務所の奥の方へ目をやった。

 喫煙ボックスとは対極にある場所に、マイクや音響機器が設置されている。


「耕助、あそこがスタジオよね」

「そうだ。防音対策も対策もしてあるから、そこは問題ねぇ」


 耕助が言った通り、スタジオはかなりの物。

 マイクも他の音響機器も最新型だし、壁には防音シートが隙間なくびっしりと貼られている。

 広さも申し分ない。


「確かにこれなら、ちゃんと練習は出来そうね。レコーディングも問題なさそうだし」

「だろ♪ まあ、えらい出費にはなったけどな」


 そう言って、はにかむ耕助は嬉しそう。

 これだけの設備を整えるには結構な額がいったハズだけど、夢の為なら惜しくはないんだろう。

 また、その隣にあるダンススペースもこだわりが感じられる。

 鏡張りになってるのはもちろん、照明器具もしっかりと揃え付けてあるから。 


───設備に関しては問題なさそうね。


 むしろこういった設備だけを見ても、耕助の本気度合いが伝わってくる。

 同時に、澪という女の子にどれだけ期待を込めているのかも。

 ううん、そんな生易しい物じゃない。

 耕助は澪って子と人生の“再起“と“逆転“を賭けて、勝負に出てるんだ。


───耕助にここまで思わせるなんて、ホントにどんな子なの……!


 この前、耕助から話を聞いた時もそうだけど、この事務所を見て改めてその気持ちが強くなる。

 私は、耕助が滅多な事ではここまでしない事を知ってるから。

 だからこそ、早く会ってみたい。


 そう思った時、事務所のドアノブがガチャッと音を立てて周り、女の子がひょこっと顔を覗かせ入ってきた。


「耕助さーん、すいません。ちょっと遅くなっちゃいました……って、あっ、もしかして……!」

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