Cys:31 玲華の思惑 ◇spep:1◇
「フフッ、どう出てくるのかしら耕助。そして、望月澪……!」
私こと藤崎玲華は、お気に入りのワインを片手に会社の最上階から煌めく夜景を眺めている。
今日は空も澄んでるし、ここからの景色は何度見ても飽きない。
こうしてガラス張りの壁の外に広がる煌めく景色を眺めていると、自分がここまで登り詰めてきた事を実感出来るから。
仕事が一段落した時にする、私の密かな愉しみ方なの。
滑らかな舌触りのワインが私の身体に流れ込んでゆき、体が心地よく熱を帯びる。
「美味しい……この美しい夜景に相応しいわ」
この景色を見つめながら思い返してみると、私がプロデューサーを務める『
───ここまで色々あったけど、ようやくここまで来たわね……
発足当時はまだマイナーな分野でアイドル業界の一分野だったけど、今や完全に立場は逆転。
私の率いるAIドル達によって、アイドル業界は完全にAIが主役になった。
動画サイトではVTuber達が一応活躍はしてるけど、パフォーマンスも含めた歌や演技はAIドル達の独壇場。
VTuber達の中身は所詮、不完全な人間に過ぎないから。
完璧でクリーンな物を称賛るするこの時代に、不完全さなんてマイナスになるだけ。
だからこそ、ガワすら使ってない生身のアイドルなんて、もはや完全に前時代の遺物。
見た目や能力、コンプライアンス的な面まで含め、生身のアイドルがAIドルに勝てる要素なんて一つも無い。
───なのに
耕助と再会した時に一緒にいた、あの望月澪。
あの
あの歌声は、AIドルには再現できない何かがあった。
不完全で、危うくて……でも、だからこそ惹かれるあの響き。
人間の不完全さが生み出す、奇跡のような一瞬の輝き。
いや、歌声だけじゃないわ。
夢と希望に満ち溢れる凛とした瞳で、魂を輝かせて全身で歌った姿その物が、私の心に焼き付いてるの。
それが私には許せない。
魂を輝かせて歌うあの姿は、私がここまで登り詰める為に否定してきたモノだから。
───
誇りである美しい夜景を見つめたまま、私は眉をひそめた。
そんな私の脳裏に、昔の記憶が切ない痛みを持って甦る。
───あの時の私の決断は間違ってない。絶対に……
私は昔、モデルとしてキャリアを築きながらも、裏方の仕事にも興味があった。
今はプロデューサーとしてAIドル達を率いる立場だけど、元々は秘書とかに向いてるんだと自分では思ってる。
だから耕助と一緒に仕事をしていた時は、正直心から楽しかった。
持ち前の社交性とモデル時代に培った人脈を元に、耕助が手掛けるアイドルプロジェクトと支援してきたから。
耕助とは恋人としても付き合ってたし、あの頃はまだ人間の可能性を信じていた。
AIがいくら進化しても、人間が負けるハズがないと。
けどある日、
『人間の輝き』なんて不完全なモノより、私に必要なのは『完璧な未来』だけ。
そして、世界もそれを望んでるハズ。
───だからこそ耕助、望月澪。アナタ達の存在は決して認めないわ。完璧な未来じゃなきゃダメなの。“私の夢“を叶える為に──!
心で改めてその想いを沸き立たせた時、部屋のドアをノックする音が響いてきた。
その音に振り返ると同時に、扉が静かに開いてゆく。
「玲華様、失礼いたします」
そう告げて入ってきたのは流星と煌牙だ。
二人は私に一瞬サッと頭を下げると、静かな足音を立てながら近寄ってきた。
相変わらず黒いスーツの下からでも凄い屈強さが伝わってくるけど、これが部下なのだから堪らないわね。
流星は私に、精悍な眼差しを向けて告げてくる。
「玲華様のご命令通り、望月澪を『特別枠』にエントリーいたしました」
そう答えた流星を見据えたまま、私は机にワイングラスをそっと置き、胸の前で腕を組んだ。
偉そうに思えるかもしれないど、舐められる訳にはいかないの。
世の中はコンプライアンスだとか騒いでるけど、会社という組織は結局縦割りの仕組み。
優しい顔なんてして舐められるより、恐がられてた方が上手くいくのよ。
「そう。オーディションの準備の方はどうなってるの」
私が問いかけると、流星は煌牙と共に軽く頭を下げてきた。
流星の漆黒のミドルヘアが、サラリと零れる。
「はっ! そちらの準備も完全に整いました」
「問題ありません!」
この二人は見た目も性格も正反対だけど、実力は共に申し分ない。
なので、準備は完全に整ったとみて間違いないわね。
後は最終確認をして、当日、私から正式に発表するだけ。
それを思うと、心から闘争心が湧き上がってくる。
───望月澪、アナタを決して逃がさないわ。耕助と共に散らせてあげる……!
私は心でそう呟くと、流星と煌牙を見つめて軽く微笑んだ。
「二人とも、よくやったわ。ありがとう」
「はっ! ありがたきお言葉、恐縮です」
流星がかしこまる中、煌牙は少し困惑しながら謎めいた顔を浮かべてる。
煌牙は流星とは真逆のタイプなので、どうしても感情が顔に出てしまうみたい。
もちろん彼が何を言いたいのか、私には大体の察しがついているけど。
「……どうしたの煌牙」
私が問いかけると、煌牙は片手で金色の短髪を軽く掻いた。
額には軽く汗が滲んでる。
「あっ、いえ、何と言うか……」
少し言いにくそうにしている煌牙を、私はスッと見つめた。
「フフッ、特別枠の事が気になっているんでしょ」
「ど、どうしてそれを?!」
やはり図星だったみたい。
煌牙は見た目がイカツイわりに、こういう所は可愛いわ。
「だってアナタ分かりやすいから♪」
「す、すいません。ただ、まだ大して有名でもない
そう零した瞬間、流星が煌牙を横からキッと睨みつけた。
「煌牙! 玲華様がお選びになった望月澪を、あの女と呼ぶのは無礼だぞ! 大体お前はいつも言葉使いが…」
そこまで怒気を吐いた流星を、私はそっと制して告げる。
「流星、構わないわ。アナタの忠誠心は素晴らしいけど、煌牙が気になるのも無理ないと思うし」
「玲華様……! 大変失礼いたしました」
声の感じからすると、流星は即座に落ち着きを取り戻したみたい。
流星は私への無礼を働いた相手にはすぐに怒るけど、それ以外の時は極めて冷静。
彼は基本的に感情のコントロールが上手いし、私も同じ。
けれど今、私の心はザワついている。
その理由は他でもない。
私が特別枠に
それは、あの時に彼女が歌った
───耕助、アナタもきっと気付いてるわよね。あれは、昔
けど、これはいくら考えても分からないし、納得出来る答えなんて出てこない。
出てくるのは現実離れした答えだけ。
───
私は一瞬スッと目を閉じ、軽く頭を横に振った。
この事は普段から何度も頭に浮かぶけど、その度に考えないようにしてきてる。
ここは現実。
漫画やアニメじゃないんだから、転生なんてあるワケが無い。
何よりあの子は私に会った時、そんな素振りは全く見せなかった。
もし望月澪があの子の転生なら、必ず私に気付くハズ。
───そう。アレは、ただ奇跡的な偶然が重なっただけ。
私は自分にそう言い聞かせて、流星と煌牙を静かに見つめた。
「流星、煌牙。アナタ達もあの時、
その問いかけに、二人は軽くたじろいだ。
「そ、それは……」
「えっ、どうって……」
答えを聞くまでもなく、私には二人がどう思っているかが分かる。
確かにこれは意地の悪い質問だと思う。
実際、あの現場での出来事はSNSで拡散されて、一部では『奇跡の歌声を持つ謎の少女』とまで言われてるし。
ただ二人ともそう思っていても、私の前では決して言えないわよね。
″AIドルを超える可能性を感じた″なんて事は。
それを分かっている私は、軽く笑みを浮かべて二人に告げる。
「私は今度のAIドルオーディションで、
そこまで告げると私は二人に背を向け、長い髪を軽く揺らした。
「完璧な存在が不完全な者に負けるなんて、決して許さないから……!」
これは二人にはもちろんだけど、何より、私自身に向けての言葉であり誓い。
耕助と別れてから約10年間、私はこの誓いを胸に必死で進んできた。
その正しさが、今回のAIオーディションで証明される。
いや、必ず証明しなければいけないの。
「はっ! かしこまりました玲華様! 必ずやAIドルに勝利の華を持たせます!」
「玲華様、俺も全力でAIドル達の力になります!」
二人の声を背に受けたまま私は、スッと振り向いた。
「……分かったわ。行きなさい」
流星と煌牙が部屋を出てからも、私は夜景をジッと見つめている。
キラキラと輝く夜景の灯り。
その煌めきの一つ一つは、私の手に入れた完璧な世界の象徴。
耕助がいくら力を尽くしても、
───耕助、澪。私が教えてあげるわ。
私は静かに笑みを浮かべながら、再びワイングラスに手を伸ばした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます