Cys:23 期待と葛藤の交差点

───あっ、耕助さんだ♪


 スマホに表示されたコテバニのアイコン。

 それを見た私の胸が弾む。

 ちょうどルルティア達とやりあったばかりなのもあるし、タイミング的にも嬉しい。


「みんな、ちょっとゴメン」


 私は軽くゴメンのポーズを取って教室を出た。

 みんな勘づいたらしく、軽くニヤニヤしてる。

 でもいいの。


「耕助さん……♪」

「おー澪、元気か?」

「はいっ♪ でも、耕助さんも忙しくないですか?」


 耕助さんの声を聞くと、やっぱり恥ずかしさよりも嬉しさが勝る。

 そんな私に、耕助さんは声を弾ませ話してきた。


「ああ、忙しいけど元気さ。ちなみに、事務所が正式に決まったぜ!」

「えっ、ホントですか! さすが耕助さん! もう決まったなんて凄いですね!」


 耕助さんには感謝しかない。

 もう週末まで日にちも迫ってきてたから、凄く気になってたし。

 さっき梨沙と怜奈に立ち向かって、運気が良くなってきたのかも。


「事務所見てみたいです!」


 私がそう言うと、耕助さんの声はちょっと淀んだ。


「あー、まあ別にいいぜ。直接見てもらった方が早ぇしな。この後どうだ?」

「はいっ! 大丈夫です!」

「よし、決まりだ。この前行ったカフェの前で待ち合わせすっか」


 そこから待ち合わせ時間とかを簡単に決めて、私は電話を終えた。


───ちょっと声が淀んだけど、何かあったのかなぁ……? 気のせい? いや、でも……


 正直なんか少し気になる。

 けど会えば分かるし、大きく前進した事に変わりはない。

 何より、耕助さんに会えるのが楽しみ。

 事務所もどんな感じか早く見てみたいし、私はワクワクしながらカフェに向かった。


◇◆◇


「まぁ、早ぇ方がいいよな。こーゆーのはよ……」


 俺は澪との通話を終えると、スマホを胸ポケにしまって軽く溜息をついた。

 事務所が決まったのは嘘じゃないし、大きな前進である事は間違いない。

 週末、澪の親父さんに会うまでには、何とか形にはなりそうだ。

 

「けど……あ〜〜〜くそっ。仕方ねぇだろ。今はこれで精一杯なんだよ」


 俺は誰に言うわけにでもなく、自分自身に毒を吐いた。

 澪には伝えなきゃいけないし、いずれはバレる。

 けど、これから澪に事務所を見せるのを想像すると、情けねえ気持ちが湧いてきちまうんだ。


───アイツにとって初の芸能事務所、きっと期待してるよな……


 けどこれ以上、毒を吐いたって変わりゃしない。

 俺はフウッと溜息を吹くと、夕日に照らされたビル街をスッと見つめた。

 同じ夕日に照らされていても、ビルによって様相は違う。


「まっ、どう捉えるかは、人次第ってヤツか……」


 そう呟くと、俺はコートのポケットに両手を突っ込んで、カフェに少し重い足を向けた。


◆◆◆


「フウッ……」


 俺はカフェの前に到着すると、路地裏に入り紙タバコに火を付けた。

 狭い路地裏に、タバコの紫煙が一瞬立ち込め消えてゆく。

 もちろん、こんな場所で吸うのはダメだろう。

 けど、そんなん知ったことか。

 人がいない場所は喫煙所だ。

 第一、吸わなきゃやってらんねぇのさ。


 そんなやさぐれた想いで吸ったタバコを携帯灰皿に押し込むと、澪がひょっこり顔を覗かせてきた。


「こーすけさんっ♪ お待たせしました」


 澪は軽く皮肉めいた顔を浮かべている。

 まるで、ダメな兄貴のダメな現場を見つけたような表情だ。

 正直、軽くやられた感がある。


「うおいっ、澪、なんでここにいるって分かったんだよ」

「当たり前じゃないですか。街の中で紙タバコを吸うのは、耕助さんぐらいですから」

「チッ、まぁ違ぇねぇ」


 俺は片手で軽く頭を掻くと、片眉を上げて苦笑いを零した。

 澪は俺の事をよく分かってる。

 そもそも事務所が決まったのを伝えたのは俺だし、覚悟を決めて行くしかない。


「んじゃ、タバコ深呼吸も済んだし行くか」

「はいっ! 行きましょう耕助さん♪ ちなみに、ここから近いんですか?」


 澪は楽しみにしている雰囲気全開で、俺に尋ねてきた。

 そのオーラはメッチャいいんだが、今の俺には胸が痛い。


「あー、まあな」


 俺は咄嗟に視線を外した。

 でもそれが、澪には不自然に映ったらしい。


「……どーしたんですか、耕助さん。なんか、ちょっと歯切れ悪くないですか?」

「ん? いや、そんな事ぁねぇよ」


 ちょっと口ごもった俺を、澪は軽く疑うような顔でジッと見つめている。

 まったく澪は鋭い。

 いや、俺がすぐ顔に出るタイプだからか。

 嘘をつかないのが俺の信条だが、こういう時はそれが軽く嫌になる。


「まあ、とりあえず行こうぜ。こっからすぐだ」

「えっ、じゃあ駅から近いんですね。凄いじゃないですか♪」

「たりめーじゃねぇか、一等地よ」


 ったく、何を言ってんだと自分自身に心で毒づきながら、俺は澪と歩き始めた。

 また、街には大勢のヤツらが歩いているが、俺と澪みたいなペアは珍しい。

 俺は年より若く見られがちだが、澪はコートを着てるとはいえ制服姿だし、俺らは親子ほど年齢が離れている。


───普通に見たら変な感じだろうし、澪も気にしてるかもな。ったく、すまねぇな、マジで。 

 

 その気持ちを誤魔化す為に、俺は歩きながら澪に軽く意地悪な顔を向けた。

 澪も感じてるかもしれない気持ちを、少しでも和ませたい。


「てか澪、お前さんちょっと調子乗ってねぇか」

「えっ?」


 少しキョトンとして目を丸くした澪に、俺はニヤッと微笑んだ。


「さっきの『お待たせしました♪』の段階で、お前さん余裕ぶっこいてたろ」

「そ、そんな事ないですよ。だた、耕助さんが悪い事してたからつい……」

「ったく、タバコぐらいで悪人にすんなよ」


 軽く斜め上を向いた俺に、澪は軽く謎めいた顔で言ってくる。


「でも、路上喫煙は悪い事ですよ?」

「固ぇ固ぇ。んなもん、周りに人がいなきゃいいんだよ。あー、くそっ。俺が市長になったら『この街を灰皿に』ってスローガンを掲げてぇ」


 俺がクソみたいな冗談を言うと、澪は思いっきり笑った。


「アハハッ♪ 耕助さんは市長になっちゃダメですね。私の街が灰皿になっちゃう」

「『生活は副流煙と共に』とかもいいな。ああっ、なんと素晴らしい街だ」

「どこがですか w No.1の公害都市宣言ですよ」


 そんな話をしながらも、実は少し気になってる事がある。

 澪から言ってこないから大丈夫だとは思うが、一応確認はしておきたい。


「ちなみに、バズリークスの動画は観たか?」


 俺が問いかけた瞬間、澪はドキッとした顔を浮かべた。

 さっきとは逆だ。

 ただ、澪も俺と同じで嘘が付けないから、すぐ顔に出る。

 

「あっ、あー観ましたよ……でも大丈夫です!」

「ホントか? 実は結構心配でよ。まあNatsMeだっけ? アイツみたいに応援してくれるヤツもいるけど、さっそくアンチも沸いてきたしな」


 この前、路上で玲華レイを相手に歌った動画が、SNSで軽くバズってたのは俺も確認していたんだ。

 NatsMeってヤツに関しては応援ツイートだから安心だが、バズリークスのそれには悪意が感じられた。

 特に澪は繊細な年頃だし、こういう事からは俺が全力で守ってやらなければならない。

 そんな想いでそっと流し目を向けると、澪は一瞬グッと拳を握りしめて俺を見つめてきた。


「確かに色々ありましたけど、私……負けてませんから!」


 澪の瞳には強い光が揺らめいている。

 決して無理や負け惜しみではなく、ちゃんと根拠を持った輝きだ。

 その輝きを受けた瞬間、俺の脳裏に澪と初めて出会った時の場面がフラッシュバックした。

 出会ってからまだ数日しか経ってないが、あん時とは全く違う。


───ったく、若ぇヤツの成長は半端ねぇもんだぜ……!


 俺はそれを想い、一瞬軽く瞳を閉じて微笑んだ。


「そうかい……んじゃ、心配いらねぇな」

「はいっ♪ 大丈夫です!」


 そう答えた澪はキラキラと輝いている。

 きっと困難を自分で乗り越え、決意を新たにしたんだろう。

 自分の可能性を、ちゃんと信じられている。

 ただ、だからこそ思う。

 澪の輝きをより煌めかせて行く為なら、俺はいつ犠牲になっても構わないと。

 俺はスッと立ち止まり、澪を真っ直ぐ見つめた。


「よしっ、分かった。ただ澪、それでもマズい時はすぐに言ってくれ。俺が全力でお前を守る。約束だ」


 俺がそう告げると、澪は俺を見つめたまま軽く頬を火照らせ、嬉しそうに微笑んだ。


「……ありがとう、ございます♪」


 何故か一瞬、澪の可愛い笑みの中に、言葉では上手く言えない懐かしさを感じた。

 たまに澪に感じる不思議な気持ち。

 これの正体が何なのか、正直よく分からねぇ。

 けど間違いないのは、その懐かしさよりも澪自身の気持ちがちゃんとそこにある事だ。


「お、おう……! じゃ行こう。もうすぐだ」


 俺は澪にサッと背を向けると、両手をコートのポケットに強く突っ込んで歩き始めた。

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