Cys:8 澪が選ぶ人間の輝き

「ううっ……ひくっ……ひくっ……耕助さん……」


 澪は、俺が見てる前で泣きじゃくりながら涙をぬぐっている。

 きっと、これまで閉じ込めてた想いが溢れ出て止まらないんだろう。


───でも、それでいい。今は、好きなだけ泣いたらいいさ。


 心で澪にそう告げたが、俺だって泣きそうだ。

 さっき俺は間違いなく澪の歌声に心を、いや、魂を激しく揺さぶられた。

 それだけじゃない。

 俺と澪の魂は間違いなくシンクロした。

 理由なんざ分からないが、俺は感じたんだ。

 『魂の共鳴ソウルシンフォニー』を。


 あれは言葉にするのは難しく、感じた者にしか分からない。

 強いて言うなら、俺と澪の魂が重なり合う『白い音響』といった所だ。

 なので俺は、澪がどんな気持ちで歌ったのかがよく分かる。

 いや、分かっちまったと言った方が正しいか。


───澪は真正面から、自分の歌声をぶつけたんだ。自分を認めず型にハメようしてくる……このクソッタレた時代そのものに!


 俺はそう確信すると同時に強く思う。

 澪と俺は、その点で全く同じだ。

 お互い時代に息苦しさを感じている。

 いや、そんな生やさしいもんじゃねぇ。

 澪も俺も、この時代に”否定”されているんだ。


───澪、お前の気持ち、痛いほど分かるぜ……


 確かに澪の歌は”完璧”じゃあなかった。

 まだまだ荒削りで、音程も荒いし抑揚も甘い。

 けどそれ以上に、澪は透き通って温かい魂の込められた歌声を持っている。

 その歌声は、不完全でも人の心を揺さぶるんだ。


 しかし、時代はAIドルの”完璧な歌声”を選ぶ。

 もちろん、歌声だけじゃない。

 パフォーマンスや見た目だってそうだ。

 ブレがある人間よりも、ミスの無いAIドル達の方を皆いいと思い込んでいる。

 澪はそんな時代の犠牲者だ。

 最高の歌声を持っているのに夢を否定され、夢を見る事すら奪われてる。


───それは俺だって同じだ……


 『StarCrown《スタークラウン》』が解散したあの日、俺は夢という舞台に幕を下ろしてステージライトを消した。

 AIドル達に支配されているこの世界に、俺はもう夢を見れなかったんだ。


───けど、こいつなら……アイツのように”奇跡の歌声”を持つ澪なら……!


 俺は、涙の乾かぬ澪を真っ直ぐ見つめた。

 告白する時みたいに胸がドキドキしやがる。

 マジで、ガラじゃねぇな。

 だが俺はここで引く訳にも、目を逸らす訳にもいかないんだ。


「澪……俺はお前の歌声を、世界に響かせたい!」


 魂からの想いを乗せた俺の声が、潮風に乗って澪に届く。

 それを受けた澪は涙で濡れた顔を上げ、驚いたような目で俺を見た。


「私の歌声を、世界に……?!」


 大きく見開かれた澪の瞳が、涙と共に光で揺らめく。

 俺はその揺らめく光の中に、未来への希望が見えた気がした。


「澪、お前の歌声なら世界を変えられる。俺は、そう信じているんだ」


◇◇◇


「そんな、私なんかが……」


 私の弱々しい声は、波の音にかき消されそう。

 耕助さんは私の歌を大絶賛してくれた。

 慰めやお世辞じゃなくて、心からそう言ってくれているのが分かる。

 だから凄く嬉しい。

 けど、私の歌をみんなが求めてるかと言われたら自信が無いの。

 耕助さんとは何か特別な縁というか共鳴し合えるものがあって、それが心に響いたんだと思うから。

 特にこのAIドル全盛期の時代に、私の歌声が通用する訳がないもん。

  

「私の歌声なんか、誰も……求めてないですよ」


 私は膝の前に下した両手を、ギュッと握りしめた。

 そんな私を真っすぐ見つめたまま、耕助さんは告げてくる。


「でも、歌は好きなんだろう。それに澪、お前の歌声はAIドル達より遥かに素晴らしい……!」


 耕助さんの言葉は私の胸に響く。

 きっと、本心で言ってくれてるからだ。

 何より私は歌う事が本当に好きだし、その気持ちを耕助さんのお陰で思い出させてもらった。

 だから、本当は耕助さんの気持にだって応えたい。

 けど、それでも踏み出せない自分がいる。

 AIドルの完璧さを、いつも見せつけられてるから。


「ありがとうございます。私だって歌いたい。でも、今の時代に私の歌なんて、きっと見向きもされないと思う……」


 私が軽くうつむきながらそう零すと、耕助さんが私の名前を呼んで一歩近づいてきた。

 再び顔を上げた私の瞳に映る耕助さんは、哀れみや同情ではなく、凄く真摯な表情を浮かべている。


「そう思うのか。けどな澪、お前の歌はこんな俺に、もう一度立ち上がれるって思わせてくれたんだ」


 耕助さんの真摯な眼差しと言葉に胸が熱くなって、再び涙が込み上げてきた。

 私をここまで信じてくれる嬉しさと、何故か感じてしまう切ない懐かしさが胸に広がってゆく。

 そんな私の前で、耕助さんは一瞬海の方へ視線を向けた。


「……俺は昔、芸能事務所のプロデューサーをしてたのさ」

「えっ?」


 思わず零した声が波音にさらわれ、耕助さんの問いかけが私の耳に届く。


「澪、『StarCrown《スタークラウン》』って知ってるか?」


 耕助さんはそこから簡単に話してくれた。

 元々は芸能事務所のプロデューサーをしてて、あの『Star-Crown《スタークラウン》』を作った事を。

 あのユニットはもちろん知ってる。

 私が最近……とは言っても何年か前だけど、昭和や平成以外で唯一いいと思ったユニットだから。


 流行ったのは私が小学生の頃で、凄く素敵な歌声とパフォーマンスだったのを覚えてる。

 解散した時はもうAIドルがブームだったから静かな報道で終わったけど、当時の私は凄くショックだった。

 何より、まさか耕助さんがプロデューサーだったなんて本当に驚きだよ。


 でも、不思議と素直に信じられるの。

 『StarCrown《スタークラウン》』は女性ユニットだったけど、耕助さんが作ったというのは何故か心にしっくりくるから。


「でも耕助さんみたいな凄い人が、なんでそこまで言ってくれるんですか……」


 瞳に涙を浮かべたまま尋ねた私に、耕助さんは軽く微笑んだ。


「別に俺は凄かねぇよ。ただ、俺はお前の歌声に感じるのさ。AIドルアイツらには決してない『人間の輝き』ってヤツをな」

「人間の輝き……!?」


 このAIドル全盛期の時代に逆行、いや、捨て去れたような言葉に、私の心がトクンと波打った。

 そんな私に耕助さんは静かに告げてくる。


「確かにAIドル達ヤツらは強い。俺だって最初ヤツらの完璧な歌声に驚いたさ。でもAIドル達アイツらのは、ただのデータだ。逆に澪、お前の歌には心が宿ってる」


 耕助さんの真摯な眼差しに乗って届いたその言葉が、私の心を閃光のように貫いた。


「耕助さん⋯!」

「俺はそれを信じて進む。お前の想いも不安も全部ひっくるめて挑戦して、AIドル達アイツらから歌を取り戻したい……!」


 そう告げてきた耕助さんを見つめたまま、私はずっと胸がドキドキしっぱなしだ。

 熱い鼓動が止まらないよ。

 それに、耕助さんからだけじゃない。

 まるで、魂も私に言ってきてるみたいに感じるの。

 『歌え』って……!

 だから、後は踏み出す勇気だけ。

 そう思った私の背中を押すように、耕助さんは優しく告げてきた。


「澪……力なんて、最初はなくたっていいんだからな」

「えっ、でも……」


 少し戸惑った私に、耕助さんはそっと微笑んだ。


「人間なんだから、それが当たり前だろ。最初から完璧……いや、完璧でしかいられないAIドルアイツらとは違う。俺たちは不完全のままでも前に進むんだ」


 その言葉に私はハッとした。

 確かに耕助さんの言う通りだと思ったから。

 最初から完璧な人なんていない。

 いや、そもそも完璧な人なんていないんだ。

 どんな凄い人だって、涙と挫折を乗り越えながら頑張ってきてるハズ。

 そこまで想いを巡らせた時、私気付いちゃったの。


「もしかして、耕助さんも昔挫折を……」


 私は耕助さんを見つめたまま、その先の言葉が出て来ない。

 言っていいのか迷ってしまうから。

 そんな私から耕助さんはスッと視線を逸らして、海の方を見つめた。

 哀しそうに海を見つめている耕助さんの姿は、遥か昔の淡い輝きに思いを馳せてるように感じさせる。


「もちろんあるさ。若い時から腐るほどな……それに『StarCrown《スタークラウン》』が解散したあの日には、俺自身が消されちまった気がしたんだ」


 静かな波音に乗り届いた耕助さんの言葉に、私の胸は締め付けられた。

 夢が見れなくなってしまう気持ちは、私だって痛いほどよく分かるから。

 そんな事を思う私に振り向いた耕助さんの瞳には、強い決意が宿っている。


「だから夢を見る素晴らしさだけじゃなく、辛さや苦しさだって充分身にみてる。けど俺はな、澪……お前ともう一度夢を叶えたい。お前をプロデュースさせてくれ!」


 耕助さんの放った想いが、私の魂を震わせた。

 その震えが私に勇気を沸き立たせる。


「ううっ……耕助さん……」


 私は再び涙を流しながら、自分の心を振り返った。

 耕助さんはAIドル達から歌を取り戻したいから、夢に挑戦しようとしてる。


───じゃあ私が歌いたい理由は何なの……AIドル達の凄さを知ってるのに、何で歌いたい想いがずっと残ってるの……


 そう問いかけた時、私の心に声が響いてきた。


 『耕助を信じて。ステージライトの下で、思いっきり歌いたいの……!』


 この不思議な声は、さっき耕助さんと出会った時に聞こえてきたのと同じ。

 間違いなく自分の魂からなんだけど、同時になぜか懐かしさが私の心にみ渡ってゆく。

 とても不思議な感覚の声。

 それと同時に私はハッキリと理由が分かり、耕助さんを真っすぐ見つめた。


「私は……私の歌でみんなの心に触れたいんです。みんなを笑顔にしたい。泣きたい時には思いっきり泣けるような、そんな歌を届けたい。それが、私が歌いたい理由なんです……!」


 私がそう告げた瞬間、耕助さんは目を一瞬大きく見開いてから凄く嬉しそうに微笑んだ。


「最高だぜ澪。お前なら、きっとその想いを世界に……いや、みんなの心に届けられる。AIドルに支配されてる世の中のヤツらに、見せつけてやろうぜ。『人間の輝き』ってヤツをよ!」


 耕助さんの微笑みと想いを受けた私の心を、ステージライトが白く温かく照らす。

 もう私は迷わない。


───この想いが嘘じゃない事を、みんなの希望になる事を証明してみせる!


 それを胸に灯したまま、私は耕助さんを真っすぐ見つめた。


「はいっ! 私は私は信じます。耕助さんと、歌声人間の輝きを……!」


 私と耕助さんの想いが波音に合わさり、周囲を優しく温かく包み込んでゆく。

 それはまるで、二人で”シンフォニー”を奏でているようだった。

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