第16話 隠された才能

 夜が訪れると同時に、アーテル=グラキエスの中に宿るもうひとつの意識――俺は不思議な落ち着きを感じていた。昼の喧騒が遠のき、館の廊下には使用人の足音もまばら。


 瞼を閉じる頃には、俺たち二人三脚の夜間練習の時間がやって来る。俺の身体は横たわったままだが、その意識は冴えており、無詠唱の魔法をひたすら磨き上げるコソ練を欠かさない。ここ最近はその成果が顕著に現れ始めていた。


 ――無詠唱、かなり安定してきたんやないか。


(ああ。氷の礫アイスアロー程度なら、詠唱なしでもスムーズに発動できるようになった。制御の精度も上がってる。夜中のうちにコソ練したおかげだね)


 アーテルが心中で自信をのぞかせる。日中は俺が身体を動かす時間帯だが、その間も魔力制御の講義を受けることで、俺自身も少しずつ魔法を扱えるようになりつつあった。そもそも二人三脚で並列思考の魔剣士スタイルを目指すのは相変わらずだが、戦闘以外でも魔法が使えれば便利だという理由もある。


 もっとも、成長したと言ってもステータスが目に見えないのが歯がゆい。RPG『アストラルオーダー』を知っているはずの俺だが、あいにく積みゲーで未プレイだったため、細かいシステムを把握できていない。


 MPはどうやって数値化されるのか、賢さがどう威力に影響するのか。ゲームなら数値で把握できるが、この世界では何もかも体感頼り。物理的な鍛錬と同様、どれだけ疲れたかでしか測れないのだ。


 ――ゲートから魔力を引き出すんなら、MPは無限で魔法は使い放題やないか?


(いや、門の操作自体に集中力が要るから。疲労は避けられないだろう。実質的に使用回数に制限はあるよ)


 瞑想状態で交わす会話を思い出す。アーテルも俺も外部バッテリーのようにMPが倍増すれば無敵だと思うのだが、同じ脳を使っている限り、疲れは共有されてしまう。要するに数値としてのMPがない代わりに、どれだけしんどいかで判断せざるを得ないのだ。


 賢さの概念もまた曖昧だ。魔法の勉強では、詠唱文の暗記や魔力理論の習得が不可欠。これが賢さに対応すると考えれば、知識と暗記量が多いほど魔法が強くなるというのはそれなりに理屈が通る。


 実際、無詠唱を目指すには暗記した詠唱を何度も実戦で使い感覚を身に着ける過程が必要だ。賢さが高ければ、そのプロセスを効率よくこなせるのかもしれない。


 ***


 そんな議論を踏まえ、俺とアーテルはある実験をすることにした。日中、館の裏庭でひそかに魔法の検証をするのだ。アーテルが得意な氷の礫アイスアローを一定のスピード・大きさ・発動時間で固定し、何回連続で撃てるかを数えることで、実質的なMPを測ってみることにした。


 ――アーテルが疲れるまで打ち続けて、その回数を記録。限界になったら次は俺が交代して、詠唱付きで同じことをやってみるわ。そこで合計何発撃てるかで、二人のMP総量が計れるかもしれへんな。


 アーテルは笑いながら「本当に発想が飛び道具みたいだね」と脳内で呟く。とはいえ、結果がどう出るにせよ、訓練にはなるだろう。館の裏庭は人目を避けやすく、午後の少し落ち着いた時間帯を狙ってこっそりと始める。


(いくぞ。無詠唱で氷の礫アイスアロー、一発、二発……)


 アーテルが矢継ぎ早に魔法を放っていく。飛び散る氷片が、庭の奥にある的を何度も撃ち抜く。最初こそ余裕そうだが、しばらく連射を続ける内に俺の顔が青ざめ、呼吸が荒くなってきた。限界を迎えたと判断し、俺が交代する。


 俺のほうは詠唱付きなのでやや時間がかかるが、アーテルが脳内でサポートしてくれる。とはいえ、やはり数度撃っただけで頭がぼうっと熱を帯びる感じがする。結局、それぞれ何回放てたかメモを取りながら、ふうふう息をつく結果となった。


(うーん、こんなもんかな。数値がわかるのはいいけれど、実際の戦闘でどれほど役立つかな)


 ――ま、数値化しておけば今後の成長が測れるやろ。少なくとも理論的にこれぐらいが上限ってわかっただけでも十分な成果やで。


 ふたりでそんな会話をしていると、ふと気配を感じた。振り向くと、草陰からじっとこちらを覗き込む小柄な人影――妾アウルムの息子カエルラだ。アーテルが聞いた限り、カエルラは闇系魔法の才を持ちながら、嫡子ではないために正式な教育をほとんど受けていないという。


「カエルラ、そんなところで何をしているんだ?」


 声をかけると、カエルラは一瞬びくりと身をこわばらせ、警戒するように視線を交わす。それでも逃げずに少しずつ近寄ってくる。


「べ、別に。母上から言われたわけじゃないけど……、魔法を見てたら気になって……」


 カエルラはどこか不器用に言葉を探す。彼は身分的にもグラキエス家で立場が弱く、表舞台に出にくい。俺はアーテルの指示を感じ取りながら笑みを浮かべる。


「よかったら、一緒に魔法の基礎をやってみないか? 僕たちもまだまだ勉強中だけど、それでも教えられることはあると思う」

「ホントに? 闇魔法に才能があるかもって言われたけど、僕、妾の子だから誰も教えてくれなくて」


 その嘆き混じりの言葉に、アーテルは脳内で「闇魔法か……僕らも未知だけど、何とかなるかも」と好奇心を高めている。闇属性の理論は別にしても、基礎的な詠唱や魔力制御は大差ないだろう。アーテルが夜中に磨いたノウハウも役立つかもしれない。


「じゃあ、一緒に基礎からやろう。まずはゲートから魔力を引き出すってところからだ。詠唱するときは……」


 アーテルの言葉を伝えてカエルラに指南する形になり、実は自分も復習になる。カエルラが戸惑いがちに魔力を扱おうと試みる姿は、何やらアーテルの練習風景を思い出させ、好感が持てる。


 こうしてカエルラとの交流が始まった。アウルムから頼まれたわけではないが、カエルラも興味を見せてくれたのは幸いだ。闇魔法にどんな秘密があるのか、何をもたらすのか――俺たちにとっても未知数だが、学ぶきっかけになるのは歓迎すべきことだ。


 夕刻が迫る頃、氷の礫アイスアローの連射実験も、カエルラへの基礎レクチャーもひとまず区切りをつける。アーテルは疲れた声で、「結局どれだけ使えるか大体わかったけど、実戦だと全然違うよね」と苦笑する気配が伝わる。俺としても無詠唱までの道は遠いけど、詠唱しながらなら魔法を使えるようになったと前進を感じていた。


(カエルラが闇系魔法を覚え始めたら、いったいどんな力を発揮するんだろう)


 ――今のところは基礎の基礎やからな。でも、正規の教育を受けられないカエルラにとって貴重な機会になるやろ。


 アーテルが思わず昂る気持ちを抑えつつも、俺も少しワクワクしている。自分の魔力を伸ばす一方、カエルラとの交流で暗殺未遂や母の死に繋がる何かを知れるかもしれない。加えて、新たな力をどう活かすかも未知数だ。


 ――さて、魔法の検証で少しはMPの目安がわかったし、賢さの重要性も確認できたんやないか。


(夜はまた無詠唱の精度を上げる練習を続けて、昼はカエルラを含めた勉強会と。それで若も詠唱の反復練習。忙しくなりそうだね)


 辺境伯家の三男として館に潜む陰謀に立ち向かい、また妹ネーヴェを守るためにも力を得る必要がある。継承争いや財政難の大問題を抱えるこの家で生き延びるには、剣術だけでなく魔法の活用も大きな武器となるだろう。


 ふと、遠くで使用人たちが声を上げながら忙しなく動いているのが見えた。辺境伯家の事情はまだ混迷しているが、夜にはアーテルのコソ練、昼には俺の詠唱練習――二人三脚で並列思考を活かすこの生活は身体の限界に挑むようでもあり、不可解なゲーム理論を現実に当てはめる挑戦でもある。無詠唱の魔法、そしてMPや賢さといった曖昧なパラメータをどう使いこなせるかが今後を左右するのだ。


 そう考えると背筋に小さな震えが走る。黒幕ルートを回避しつつ、暗殺未遂の謎を解明し、邸内の継承争いに巻き込まれないようバランスを取るためには、今の内にできることを積み重ねるしかない。


「よし、今日はこのぐらいにしておこう。カエルラ、明日も魔法の基礎を一緒にやろう」

「……わかった。ありがとう、アーテル……いや、アーテル兄様」


 カエルラは最後まで照れくさそうに視線をそらしつつ、館の裏庭を後にした。その小さな背には何かを掴みたいという思いが宿っているように感じられる。彼が身につける闇魔法がどんな形で物語に関わってくるのか――アーテルと俺はその予兆にわずかな期待と不安を抱えながら再び歩み出した。

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