§6. からかわれていたのかどうかは分からない
「あんたはさ、なんで今まで彼女作らなかったの?」
報告書のために行ったデート、
「作らなかったんじゃなくて、作れなかったんだよ」
俺は別に、恋人を作るのが嫌で恋愛奨励法に抵抗していたわけじゃない。
2年の2学期まで彼女ができなかったのは、単に立ち回りが下手だったからだ。
「まあ正直、あまりガツガツするのも違う気がしてたけどさ」
ハッキリ言って陽キャ集団の世界は厳しい。
彼らは魅力的な異性グループとグループ交際するために、まず同性のグループを作り上げる。
そこに魅力に劣るメンバーがいると、グループ全体が敬遠される可能性があるので、同性を見る目もシビアだ。
モテそうなヤツら同士はすぐ仲良くなるが、微妙な連中はなんとかそこに取り入ろうとしたり、取り入ったものの相手グループとの人数合わせでハブられたりする。
もちろん学年の男女は同数ではないので、下級生や校外の相手と届けを出すこともできるのだが、それを良しとしないのが陽キャ集団なのである。
「つーか、そっちこそどうなんだよ?」
「私も似たようなもんかな。可愛い子集めてチーム組もうとする女子集団がキモくてさ」
「そっちもか。そのへんは男女変わんねーな」
同性グループ作りから弾かれた者、最初から降りている者。
そうした男女はこの時期になってこうして動き出すことになる。
中には最初から単独で恋人を作ってしまう超エリートもいるが、あくまで例外だ。
「なんかさ……。ああいうんじゃなくて、もっと自然にできないのかな」
彼女は俯いてコーヒーにミルクを入れ、スプーンでかき混ぜた。
窓から射し込む10月の光を受けて、金色のスプーンが眩しく光った。
「……それな」
俺だってできることなら、自分が本当に好きになれる相手を見つけたかった。
自分のことを好きになってくれる相手と付き合いたかった。
「でもまあ、自然に任せてたら少子化したわけだろ?」
「まあそうなんだけどさ……」
彼女はスプーンを置くと、上目遣いで俺を見た。
「実際のとこ、私と子供作りたい?」
「……は?」
不意打ちを食らって、俺は激しく動揺していた。
「いや、書類上の関係からそういう気持ちに変わる?」
「それは……」
俺は彼女の顔を直視できず視線を落とし、セーターの胸の膨らみに気づいて慌てて窓の外に目をやった。
「……変わるんだ」
「ち、ちげーし!」
💕
あれはやっぱりからかわれていたのだろうか?
とにかく、それから俺たちは3回のデートをして、報告書を提出した。
「おめでとう。良かったじゃない」
報告書を受け取り、養護教諭の先生は小さく拍手した。
「そうですか? サメ映画とか観ただけですよ」
冴島は訝しげに先生を見つめた。
「いえ、お似合いよ。私がこういうことを言うのもなんだけど、あなたたちみたいなカップルの方が長く続いたりするものよ」
冴島は俺の視線に気づいたように一瞬こちらを見て、困ったように目をそらした。
「そんなもんですかね?」
「本当に今の子は幸せね……」
先生は椅子を回して机に向き直り、分厚いポケットファイルに交際届を入れながらつぶやく。
「私が若い頃なんて、学生の恋愛は良くないこととされてたから。不純異性交遊なんて言葉があってね……。バカみたいでしょ? 私みたいな真面目な女子はメイクなんかもしたことがなくて、大人になって急にメイクしろなんて言われてもできないし、男の人との付き合い方も分からなくて……」
それは俺たちに向けた言葉というより、独り言のようだった。
開かれたファイルのページを見つめ、先生は続けた。
「そのくせお見合い文化はなくなって、寿退社前提の採用もなくなって、おろおろしてたら時間切れ。そりゃ少子化するでしょ」
季節は移ろい、窓からの光は床ではなく机の上にあった。
ファイルに置かれた先生の手には張りがなく、染みが浮いていた。
「それは……大変な時代だったんですね……」
冴島は困ったように言う。
先生の世代にだって結婚した人はいくらでもいるはずだけどな……。
だけどまあ、データとして未婚化・少子化が進んだのも事実なんだろう。
「……なんてね。時代のせいにしても仕方ないもの。お幸せに」
先生はファイルを閉じるとこちらを向いて笑顔になった。
そのときはそこまで気にしていなかったけれど、先生の言葉は澱のように心の底にいつまでも残っていた。
*
「§7. 彼女が俺を好きになる理由も俺が彼女を好きになる理由もないけれど」(約1500文字)
2025.01.18.07:04公開予定!
「日本ラブラブハッピー党よりお願い」(約200文字)
2025.01.18.07:05公開予定!
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