第11話

 いけないことをするから謹慎をするのであって、手柄を立てて謹慎するのはおかしい。

 納得がいかないと、的場にメッセージを送る。

『私の行動は店員の立場から逸脱していました』

 的場は俺を助けるために、強盗を無力化した。

 俺が飛び出していなかったら、なんの問題もなかった。的場だけ責められるのは、理不尽だ。


「こしろー、それで話って?」

 ああ、そうだった。スマホを見て考え込んでしまっていた。

 俺は話があると言って、寿一を屋上に呼び出した。といっても昼休みで、二人とも食いモンを持っていて、昨日と構図は変わらない。

 変わっているのは、俺の気持ちだ。

 寿一とはなし崩しで普通に喋っているけど、ケジメはつけたい。

「昨日は怒鳴って悪かった。ついカッとなったっつーか、友達がいらないなんて言葉の綾で本心じゃなくて」

 寿一と目を合わせるのが怖く、舌がもつれる。

「俺とこれからも友達でいてくれ。頼む。やなこと言って、ごめん」

「ていっ」

 寿一が軽い掛け声とともに、俺の脳天にチョップを食らわした。

「なんだよ」

 見上げると、寿一が歯を見せてニカッと笑っていた。

「屋上に呼び出されたから、告白でもされるかと思った」

「茶化すなよ」

「はは、ごめんって――分かってるよ」

 春風が舞い上がる。五月の青葉を高く高く巻きあげて、俺たちを揺らす。

「俺も流せずに突っかかったし、昨日はお相子だろ。こしろーは律儀だな。そういうとこ、俺は」

 ビュオオオ。

 強い風が吹き込んで、俺は目を瞑った。グラウンドの砂を巻きあげたような強さだった。

「ごめん、なんだって?」

「ううん。これからもよろしくなっ、こしろー」

「おう」

 友達と二人でメシを食う。いつもの時間のありがたさが沁みる。

 寿一は今日も購買のサンドイッチを食べている。

「こしろーまじでさー、危ない人に突っかかっちゃ駄目だからな?」

寿一は説教を何度となく繰り返す。

「分かったって」

 昨日から耳にタコが出来そうなほど聞いた。

「その顔は分かっていない、『分かった』だ。あーあ先行きが思いやられるな。あのさ、俺もこしろーに言うことあるんだよ」

 寿一はペットボトルの水を一気飲みして、むせた。

 背中をさすってやる。隆起した筋肉の形がシャツ越しでも感じ取れた。

「そこまで緊張することか? 寿一こそ告白する気かよ」

「そうだよ。小四郎、俺の告白を聞いてほしい」

「寿一、ちょっと待てよ」

 告白……なんの?

 屋上のタイルの上で、尻を動かして後ずさると、寿一は肉薄してくる。

「待たないよ。な、小四郎だから聞いて欲しいんだ」

 いつになく寿一は前のめりになっていて、瞳がキラキラしている。あ、この輝きは知っている。

「俺、陸上部に入るよ」

 春休みの前までの寿一だ。走ることが好きで好きでたまらない時の寿一の瞳の輝きだ。

「昨日、小四郎になんで走らないか聞かれたろ」

「……悪かった」

 責める口調になっていた。

「気にしてないって! 俺は怖かったんだ。怪我や走ること自体が怖いんじゃなくて、俺の走りじゃ、通用しないことが怖かった」

「寿一は速いだろ」

 シンプルにそう思う。ずっと走ってきた姿を見ていた。公式大会、インターハイ、県大会。寿一は速い。

 寿一は苦笑をする。

「根美高校の陸上部の練習に参加するまでは、俺も自分が速いと思っていたよ。けど、陸上部はレベチで、俺は全然速くなかった」

「中学生と高校生じゃ、トレーニング量も違う。身体も違う。太刀打ちできないのは当然だろ」

「そりゃあ、頭では分かってんのよ。でも、俺は焦りに焦って、沢山筋トレをして、無茶な練習をした」

 雨の中、道端で倒れていた寿一。焦りが彼を追い詰めて、過酷な練習に駆り立てた。

 そして怪我でスポーツ推薦を失い、一般入試で根美高校に入った。

「何やってんだって、自分が情けなくなったよ。すごくしんどかった。だけど怪我してるから、もう走れない。走らないと決めたら、問題が消えて気が楽だった」

 走れなくなった寿一の周りから、群れていた人がそうっと消えていった。スポーツ推薦、輝かしい未来、そういった明るい光に寄ってきた虫は、明かりがなければ別の場所へ移る。

 寿一が俺に肩入れしているのは、辛い時でも調子がいい時でも、態度を変えなかったからかもれない。

「だが、お前は走る決断をしたんだな」

 寿一はどんと胸を拳で叩いた。

「昨日のおかげでね。通用するか通用しないかじゃない。全力で走ったのが、すごく気持ちよかった。俺はこの気持ちよさのために走りたかったと思い出した」

 寿一は俺の手を包み込むようにして握った。

「なら怪我の功名だったな」

「それとこれとは別!」

 焦げ茶色の瞳に、強い眼差しで見つめられる。俺は自然と首を縦に振っていた。

「分かったって」

「陸上部の人たちにも、怪我が治ったら練習に参加していいとは言われてはいたんだ」

「ちょうどいいじゃねえか。いつから参加するんだ?」

「来週」

 思い立ったが吉日で、今日からでもいいのに。寿一は俺とじっと目を合わせてくる。

「こしろーさ」

「なんだよ」

「こしろーに言われたら頑張れるからさ、頑張れって言ってくんない?」

 そんなこっぱずかしいこと、よく言えるよな。

 俺は寿一の頭に手を置いた。スポーツ刈りの頭に触ると掌がちくちくする。

 頑張れっつーけど、寿一はもう十分に頑張っている。だからここで頑張れと言う必要はない。

 俺は寿一の頭を乱暴に叩いた。

「かましてこい」

「ありがと!」

 寿一に抱きしめられる。

「こしろーも、的場さんのこと頑張ってね」

「何を頑張るんだよ?」

「俺は応援してるからさ」

 はぐらかされた気がする。

 心当たりはなくはない。

 もうすぐ五月が終わる。六月を迎える屋上に屋根はない。

 寿一と俺の昼休みも、ゆるやかに変わってゆく。

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