第23話

 何をどう思っていようと、その気持ちがどんなに強かろうと、私は家の中でじっとしているだけ。いつもより数倍、数十倍は長く感じた一日を終え、寝床に入る。

 丈夫に作られたこの家が一瞬で壊れるということはない。だからこそ閉じこもっているのであり、寝ても問題ない。寝て体力を回復させた方が良い。


 ……馬鹿みたいだ。


 農園が大切なら、思いが強いというのなら。守れるだけの強さを手に入れなくちゃいけなかったんじゃないのか。

 でも、そんなことをしていたら農園を運営している暇なんてない。極僅かしか生き残れない冒険者のトップになってから農園を始めるなんて、馬鹿げてる。目指したところですぐに私は死んで、私の物語は終わりだ。


 意味のない仮定。夢と暴力の二律背反。


 横でユフィが丸くなっていないことが、酷く私を不安にさせる。


「ナゥ」


 よしよしと、ラナを撫でる。私と同じように不安なんだと思う。


 どれだけ不安を抱えていても、気疲れで体力を使い切っていたのか気付いたら寝ていた。叶うなら、全て解決するまで熟睡していたかった。



 朝起きて、カーテンを開ける。寝室の外は変わりない。

 寝室から出て居間の方のカーテンからそっと外を覗く。

 外の光景は、分かるようで分からない。一日、というか半日しか経っていないのに、農園が荒れに荒れたのだろう。窓には植物がへばり付いている。


 かろうじて見える隙間から分かることは、わけのわからない植物が伸びまくっていて、本来畑があった範囲なんてお構いなしに私たちの土地を覆い尽くしているということだけ。

 建物にも大きな負担が掛かっているだろうに、ビクともしていない。流石ニトさん。


 ため息を付くことも何だか躊躇われて、一度鼻息が大きくなる。

 じっと見つめていても変化はない。朝ごはんでも作ろうとその場から離れようとした時、


――外が光った。


 連続的に明滅する。咄嗟に外を見るけど、やっぱり植物が邪魔で良く見えない。植物が無かったとして見える範囲で起こっていることなのかすら分からない。


「そっか、音が無いんだ」


 リフォーム後も、噴水や雨で水が降り注ぐ音や草木の騒めき、どこからか響く鳴き声などは聞こえていた。そのはずなのに、今は何の音もない。むしろ目の前に植物が生い茂っている分、自然の音はよく聞こえそうなものなのに。


 何なら光だって、点滅しているわりには優しい感じがする。あらゆる要素から守られているのかもしれない。

 もしそうなら、やっぱりいつまでも外を眺めていても仕方がない。ここから分かる事なんて何もない。



 外に出れない以上、出来ることは限られる。折角なので、気を紛らわす意味もあるけど倉庫整理をすることにした。この家ごと危ないことになれば意味は無くなってしまうけど、そうならない為にユフィたちが頑張ってくれているはずだ。守り切れると信じてやれることをやっておこう。


 整理はリフォームの際に邪魔になりそうな部分は手を付けたけど、一部分だけだ。


 保存してあるのは、主に利用価値のありそうな葉や繊維、大量の種。


 腐りそうな生ものも、以前のように必要になることはあるので冷蔵室に保存してある。ただどんなに適切に保存していても、長くとも半年もすれば溶けたりどうしようもない状態になってしまうので、そうなれば流石に捨てる。

 冷凍室も同じく、冷凍焼け……なのかはよく分からないけど、粉みたいにボロボロになっていくのでそうなれば捨てる。

 自然と整理されていくので、冷蔵室や冷蔵室は気にする必要はない。


「うーん」


 いざ整理しようと思っても、中々進まない。もともとあまり整理していない理由も、よく分からないからだし。


「ラナたちは何か分かる?他の物に比べて使い道がなさそうとか、種がダメになってるかどうかとか」


 植物と言えど、ファンタジーなこの世界では十分に防具などの素材として扱える固さがあったりする。そういう用途として使えるけど、数が揃っていないし買い取ってもらえなさそうなものが放置されてたりするのだ。


 種の方は単純に、まだ生きているのか分からない。植えても発芽しない種をとっておく意味はないけど、判断が付かないから溜まる一方。雑に一つずつ植える時には使うんだけど、そうじゃなければ積極的に植えようとは思わないような種たち。


「ナゥ?」

「んーと、ラナの魔法を上手く使えたりすれば保存が楽になるのかなって」


 保存についてラナを見ながら考えてた。


 今まで何度も考えてきたこと。ただ、時間系の魔法っていうのは扱いがすごく難しいって言われてる。一番簡単なのが魔法の袋のような限られた空間に対して掛けることだって話なんだけど、それでも出し入れ時の問題や中身によって魔法に影響が出るとかで大変だって聞いてる。


 ラナの魔法の練度と、私のアイテムとして使うための知識や技術が足りない。いずれは……なんて思いながら、いつまでもちょっとしたことにしか使えないままなのはそんな理由。


「ナーナ」


 ノクルにも「難しそうね」ってやんわり否定される。せめて私がイルちゃんみたいに賢ければなぁ。以前イルちゃんに軽く聞いたときには専門外だと言われたし、専門家を呼んでやるとしてもじっくり調節する必要があるって言ってた。

 腰を据えてやる必要があるなら、他人に頼むのは良くない。


 ラナの魔法について思いをはせながら、どう整理したものかと適当に種を保存した年数を確認したりする。


 このままじゃ結局何も進まないかなと思い始めたところで、ノクルが素材用の植物を触りながら「溶かせるやつ捨てる?」と提案してくれた。


 溶かせるというのがどういった性質のものか、はっきりとは分からない。魔法抵抗の問題なのか、硬度の問題なのかそれ以外か。でもまあ、同じようにある程度優秀だと思ったものだけ置いてあるのだから、溶けないものだけをとっておくのもありかな。


「とりあえず分別だけお願いして良い?」


 せっかくだから捨てるよりはまとめ売りしたり、あげたりしたい。


 ノクルが素材を軽く触りながらそれぞれを溶けるか溶けないか言ってくれるので、ひたすらそれを繰り返して分別をした。ラナは何か気になるのか、ずっと種を保存している袋とにらめっこしていた。


 ひと仕事終えて、居間でくつろぐ。


 外で命を張って頑張っているであろうユフィたちにはとても申し訳ないけど、暇だ。働いている時は休みたいなと思う事も多いけど、こうして外に出ることも出来ないとなると退屈を感じる。

 何よりももどかしさがあるんだけど、それを出してもしょうがない。ラナを余計に不安にさせるだけだ。


「何かするー?」


 暇つぶしの手段が無いわけでもない。この世界に電子的なゲーム機はないけど、アナログゲームは多い。魔法による効果がある分、むしろ充実してるかもしれない。

 コンピュータゲームの代替は厳しいけど、そういうのが好きな人は実戦に行くだろうから需要も低い。私はそういうのが好きじゃないからこそ、農業なんてやってるわけだけど。


 問題があるとすれば、私以外がミルスということだ。なんだかんだでミルスは人間ほど手先が器用じゃない……というか手が大きくない子ばっかりだから、人間用に作られているボードゲームのプレイが難しいものも多い。


 ミルスと一番やることが多いのはトランプ系。お決まりというか汎用性が高いからか、設定さえすればカードのシャッフルや配布を魔法で勝手にやってくれるし、手持ちのカードを並べるアイテムとかもある。麻雀や花札なんかもこのトランプ形式で出来る。

 もっとも、ここまで一から十まで魔法による操作が出来る装置は相応のお値段。手軽に持ち運べるアイテムとしては私の家で最も高価かもしれない。単純に富裕層か、私たちみたいに人間以外と一緒にやるような人しか持ってない。


 ゴロンと寝っ転がりながら、気楽に遊ぶ。


 ……嘘だ。分かってはいたけど、いつものように気楽には出来ない。

 それでも気を紛らわすためにも集中して、頑張って遊びに興じる。


 手を変え品を変え時間を潰し、なんとか寝る時間。今日一日ユフィに会ってない。心配だ。昨日と違って少し状況に慣れたからか疲れているという感じもしなくて、中々寝付けない。


 布団から出て、居間へ向かい外を覗く。ラナも当然のように付いて来る。全然眠くなってないんだろうな。


 昼間のような閃光はない。夜は休戦してるのかな。それなら少しくらい顔を出して欲しい。


 しばらくボーっと外を見続けてみたけど、何も変化はないので大人しく布団に戻る。やっぱり長いこと眠りには付けなかったけど、少なくとも外が明るくなる前には寝ることが出来た。

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