第18話

 当たり前と言えば当たり前なんだけど、ノクルはあれ以降うちに泊まってない。

 いちいち田んぼに突き落とされたくもないだろうし、そもそも泊まる意味もない。……ラナと過ごす時間を増やす以外にはない。


 というか、今でもノクルはラナが好きなんだろうか。長いこと森の中でユフィにこき使われてるからラナと一緒の時間は増えたけど、疲れることも増えたので冷めちゃったりしていても不思議じゃない。姑問題みたいな?


 私としてはなんとなく二人がくっ付いてくれると嬉しいな、なんて思っていたわけだけど無理にくっ付けたいとは思わない。改めて確認してみても良いのかも。



 でも聞いてみるとそんなことは思い過ごしだったみたいで、好きだからこそノクルは頑張っているんだなって思わされた。むしろ前までの甘い感じの好きと言う感情だけでなく、真剣なパートナーとしての好意があるように感じた。


 私の知らないところで、何かあったのかな。結構な時間を森で一緒に頑張っているはずだから、良い方向での変化があったのかも。


 ラナも私にくっ付いている時は相変わらずフニャフニャな感じだけど、働いている時とかふとした瞬間に、意外な安定感を見せるようになった。二重の意味で。


 この前も、登った植物が突風で大きく揺れても一切動揺せず綺麗に飛び降りた。


 前だったら同じことをしようとしても、足場が不安定なことと慌てることが重なってうまく跳躍できず、足場の植物を揺らすだけでそのまま落ちるということになったはず。

 他にも収穫物を入れた籠を運んでくれたりするようになった。見た目としては絶対に無理でしょって感じでも運んでるから、多分魔法とかも上手く使ってるんだと思う。


 知らないところで成長して、発展していく。

 少し寂しい気もするけど、喜ぶべきことだ。私じゃ教育みたいなこと、とても出来ないしね。何なら私も教わらなきゃいけない立場だし。


 私の方はろ過魔法をなんとなくだけど使えるようになったし、リフォームが終わったらしっかり田んぼを運用してみなきゃだ。

 負けていられない!ってほど漲っているわけじゃないけど、頑張ってる人を後目にぐだぐだするのはちょっと申し訳ない。



 リフォームの計画も大分進んでいて、大雑把な見取り図を描いてユフィとラナ、イルちゃんやミサキさんに見てもらった。ただ、別にこの中に建築に詳しい人がいるわけじゃないから、ほとんど「良いんじゃない?」とふわっとした肯定を貰っただけだ。


 町にいる業者の人にも見てもらったんだけど、言葉を濁していた。これは仕方のない部分が多いらしくて、この世界での出来る出来ないっていうは素材や建てる人の能力で大きく変わっちゃう。

 不可能がないから常に費用対効果がどうなのかということに尽きるけど、その費用も業者毎に大きく異なる。さらにその業者の人が私の家をリフォームするわけじゃない。何とも言えないのだ。


 町の業者がやらない理由はいくつかあって、ミルスの縄張りに迂闊に関わりたくないというのもあるんだけど、私の家は町のインフラとは切り離された単独で完結する家だということが大きい。


 ポツンと一軒家なうえに、設備が充実してる家。モンスターが蔓延るエベナでは珍しいタイプの家だ。冒険者がそうした家を作ることはあるみたいだけど、そうした際は冒険者らしい滅茶苦茶な家や居住者の能力に任せた設計なんだって。


 安全面を考えると魔法で防御を固めるのが基本なんだけど、バリアっていうのは効率を考えると常に張るものじゃないから条件がどうだとか、魔力の供給がどうだとかで難しいみたい。

 安全のためにすることだから、何かしらで傷付いて魔力の流れが詰まって爆発したり、なんてことにならないよう細心の注意が必要だったりでハードルがすんごく高いんだとか。


 私の家も、モンスターに襲われることはまずないとはいえ植物が悪さをすることを考えると頑丈な必要はある。それこそ最初は太い竹みたいな植物に家が貫かれたこともある。普通の作りじゃ簡単に壊れちゃうし、安心できない。

 

 私は家の設備を制御し切るような力もないし、使ってる魔法アイテムも人間向けに作られた物が多いからユフィでも扱うのが難しい。最初から完成度の高い家が必要になっちゃうのだ。



 そんな私の家に手を加えてくれるのは、イルちゃんの家族。関係性はイマイチ分からないけど、私もユフィとの関係を上手く説明出来ないしそんなものだと思う。多様性って言葉じゃ収まらないくらいこの世界、エベナは何でもありだ。


 建築は趣味でやってるらしいけど、散々自宅をいじっているから安心して良いとのことだ。

 イルちゃんの家は近くに町がない完全に独立した立地のせいで襲われることが多いみたいだけど、それでも耐え続けているって聞いてる。少なくとも頑丈さについては最高峰な気がする。

 料金の方も以前の農作物の権利だか情報だかを譲る形で良いそうだ。考えることも減って楽ちん。


 今回のリフォームでは、客間を一つ増やす。板張りだった居間を色々便利な掘りごたつ付きの和室に。倉庫を大きくして温室を増やす。露天風呂と砂場の設置。あとは全体的な補修と強化、というようなことをしてもらうことになった。


 リフォームのことを考えてると、町へ行った時に雑貨が目に入ると時間を使うことが増える。これを置いたら良いかもしれない、こういうのを使うのもありかもしれない、なんて考えていると楽しくていつまでもいられちゃう。

 実際に変わる部分を考えると、物を置けるスペースってあんまり変わりないんだけどね。でも楽しいものは楽しい。



 ワクワクした日々を過ごしていると、あっと言う間にリフォームの日になった。



 当日にはイルちゃんと、ニトさんという方の二人がたくさんの荷物を背負ってやって来た。

 ニトさんは黒髪ショートの中性的な人で、格好良いし綺麗だ。あんまり気を使ってる感じじゃないんだけど、とにかく見た目が良い。憧れのお兄さん……お姉さん?って感じだ。性別が分からない。


 イルちゃんと同じく何故かミルスたちとも話が出来るみたいで、何でも出来る人っているんだなと思う。あまりにも眩しい人で、ちょっと嫉妬しちゃう。これでも私はミルスと話せるようになるまで結構頑張ったのに。


 こっそりユフィと話すと、「ミルスの王様に似てる」って言われて納得した。似てるって言うのは、カリスマとかすごさみたいな、能力の話だ。ああいうのが支配者層って呼ばれる人なんだと思う。




 ニトさんは話してみると思った以上に優しい、というか普通の人だった。


「ニトからみてどう?」

「どうって言われても、この世界じゃゴリ押すだけだぞ」


 イルちゃんとは家族というだけあって仲が良さそうで、旦那さんなのかな?って思ったけど、それなら素直に旦那さんだと紹介する気がする。考えても仕方ないかな。


 実際の作業は、イルちゃんニトさん、それとユフィの三人をメインにしながらも皆でやることになった。


「こういうのは自分でやった方が愛着湧いて良いよ!」


 イルちゃんがそう言って、出来るだけ私たちも手伝うことにしたのだ。ユフィの魔法はここでも大活躍で、ただ力持ちというだけじゃなく地面にいながら天井部分の建材を組み立てたりも出来る。

 私が手伝えることはほとんどなくて、その場その場でどうしたいかを聞かれて答えるだけ。ラナは作業中の柱を駆け上ることも出来るから、小さな材料や道具をリュックから取り出してイルちゃんに渡したりしている。


 ノクルも一応来ているのだけど、私と同じくすることがなく手持無沙汰にしてる。いつもよりイルちゃんとラナが一緒にいるし仲が良さそうに協力してるからか、嫉妬しているのが分かった。一緒に見学しようと近寄ったけど、「溶けちゃうよ」と忠告された。むぅ。



 作業は豪快に進んで行く。

 三人とも、平気で自分より大きな建材を持ち運ぶから迫力満点だ。イルちゃんも力持ちだとは知っていたけど、ここまでとは思わなかった。ニトさんは魔法で浮かせたまま加工したりしていて、職人さんな格好良さも醸し出してた。


「あの、ひょっとして全部背負ってきたの……?」

「そだよー」


 三人は地面に下ろした大きなリュックから、次々と建材を取り出して行く。この世界の魔法の袋は性能に応じて内容量が増えるけど、重さはそのまま。家の大きさは倉庫をかなり大きくする都合で倍くらいになる予定だから、その分の建材を全部持ってきたということだ。


 思わず乾いた声が出て驚いていると、「重力魔法で踏み倒しが出来るんだよ」とニトさんが教えてくれた。


「あー、なるほどです!」


 そういうカラクリだったんだ。便利な魔法って色々あるんだなぁ。

 とはいえイルちゃんが片手で複数の長い角材を運んでいることには変わりはないので、とんでもないパワーはありそうだ。


 玩具のように、着々と組みあがっていく建物。元の家との接続部分も、積み木のように不思議なほど分かりやすく分解されたり繋がったりする。ゲームをやっているみたいだ。

 魔法アイテムも扱いが難しいと聞いてたのに、ニトさんがなんでもないように組み込んでる。すごい人がやってると「実は簡単なのかな」なんて思っちゃうけど、勘違いなんだろうなぁ。


 見ていて面白いからか、ミルスたちも遠目に見学している子が多い。見慣れないニトさんを警戒しているのかもしれないけど。


 ニトさんはユフィにも指示を出して、ユフィもそれに素直に従う。ユフィは建築のことなんて知るわけないから言われるままにするのは当たり前なんだけど、不思議な光景に思えた。


 三時間ほど経ってお昼になる頃にはパッと見て完成に思えるほど進んでた。早すぎるくらいに早いんだけど、柱を組み立てていた段階の早さならもっとすぐに終わるのかなと思ってたから、私には分からない部分の方が大変なんだと思う。

 この状態ならまだ調整が効くとのことで、用意したお昼を食べてもらっている間に確認して回る。


 素材むき出し状態の建物は木の香りが強くて、なんだか良い感じだった。

 新しい形が見えて楽しくはあるんだけど、言われたように確認しようにも実際に生活を始めるまでは分からないかなって。

 結局そのままオーケーを出した。

 

 

 午後の作業はイルちゃんとユフィが手伝える部分が少ないらしく、少ししたらニトさん一人に任せて日常業務をこなしていた。途中途中で手伝えることはないかなと様子を見に行ったりもしたんだけど、何から何まで魔法で進めていて絶対に邪魔にしかならなさそうだった。


 途中で覗き見したけど、左官工事とかのちょっとだけ前の世界で見たことのある作業が、魔法によってあっと言う間に綺麗に仕上がる様は見ていて気持ちが良かった。


 作業は日が暮れる前に終わり、無事完成。邪魔になるから出していた家具とかもサクッと入れ直して、さらには増設した倉庫に棚を数分で作ってもらったりした。至れり尽くせりだ。


「よし、良い仕事が出来たかな。そう簡単に壊れることもないはずだ。もし不具合とかあったら連絡して」


 そう言い残して、ニトさんはすぐに帰った。少し休んで貰ってお茶やお菓子をお礼として振舞いたかったけど、それも断られちゃった。

 お昼はリフォーム中の家で作るには手間だから簡単に済ませちゃったし、気合いを入れてお礼をしたかったのだけど。仕事以外にはあんまり興味がない人だったりするのかな。


 イルちゃんもニトさんに「ゆっくりしていけばいいのにね」と言いながらも、一人で帰すのはどうかと思ったのか一緒に帰って行った。


 残念な気持ちもあるけど、それはそれとしてやっぱり家が気になる。見送ったユフィたちに声を掛けて早速新しい部分を見て回ることにする。


「まずは魔法を剥がそっか!」


 そっと立ち去ろうとしていたノクルをユフィに捕まえてもらい、裏手の露天風呂へまわる。抗議の声をあげてるけど気にしない。あれだけ見ていたのに気にならないはずがないのだから、一緒に見た方が良いに決まってる。ユフィも同意見だからか言葉を交わすことなく連携がとれる。


 丸くツルッとした表面の浴槽に水を魔法ですぐに溜め、ユフィが揉みくちゃにする。しっかりとノクルの魔法でも溶けたりしない特殊な石で作られている。


「ナッ!」


 気にしない。


 私がタオルを持って戻ってくると、体を震わせ水滴を飛ばしたところだった。近いと目を防ぎたくなるけど、このプルプルするのって可愛いよね。


 ついでにラナがユフィの魔法で浴槽でグルグル回されていた。洗濯機みたいになっていて、ラナは楽しそうだった。


 露天風呂の存在により使うことが増えるであろう、脱衣所にある裏口から中に入る。


「畳の匂いだ!」


 新しい畳の臭いは何でこんなに良いのだろう。感動しながらゴロンと大の字になって寝転がる。ラナは私に続き、ユフィとノクルは足で確かめるように、感触を楽しんでる。


 そういえばこの畳って何の植物なんだろう。うちでは作ってないよね。……あ、草自体が必要になるとうちの農園では難しいのか。出来るとしたらユフィの米の稲をどうにかするしかない。


「どう?」


 植物の精霊と呼ばれるミルスが嫌がるとは一切考えていないけど、一応畳の感想を聞いてみる。「悪くない」「面白いね」と予想通りの好感触を得た。ラナは元気にはしゃいでるから聞くまでもない。

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