第6話

 私たちは異世界からの落ち人かどうかを調べる宝具の前で、誰からはじめるか尻込みをしている。だってナイフで自分の指を突くなんて、すごく勇気がいるもん。宝具をチラッと見たら、おじいちゃん主教さんとバッチリ目が合ってしまった。


「よし、まず君からはじめようかね。さあ、こちらへ。おや、誰かね? こんなところにナイフなんか置いたままにしていては危ないじゃないか。では、この宝具の上に手をかざしてごらんなさい」


 なんだ、指を突いたりしなくてよかったみたい。私は安心して宝具に手をかざした。下のフラスコみたいな部分が淡く光っていて、こちらからは反転して読めないけど、私の情報が浮かんで見えているみたい。


「ふむ、やはり落ち人で間違いないようですな。それにしてもジョブは霧でクラスはレアか。成人の儀の記録にも表れたことのない、特殊職にお目にかかれるとは。どのような技能があるのか興味深い」


 ひとしきり私の情報を確認したあと、後ろに並んでいたふみちゃんと入れ替わる。ふみちゃんが宝具に手をかざすと、家政とジョブ名が浮かんでいるのが見えた。


「こちらもクラスはコモンだが記録にないものだな。名前から判断して家事の派生ジョブかと思うが… まあ、記録は残しておくべきか。うむ、よろしい」


 ふみちゃんのジョブは、家事なんてありきたりの言葉では表せない、すっごいジョブなんだから一緒にしないでほしい。もちろんそんなことは言わないけどさ。


「では、貴女が昨日の光の柱を天に届けた、聖女さまでいらっしゃるのですね。さあ、宝具にお手を」


 おじいちゃん主教さんが、うやうやしく七五三木さんを宝具の前にいざなう。七五三木さんがちょっともったいぶった感じで、ゆっくりと手をかざした。


「ほう。うん? 巫女でクラスはアンコモン? あれほどの神秘を発現するものが、かように凡庸…いや失礼、この世界の巫女と変わらないとは。まさに落ち人のなせる業というべきか」


 最後は独り言のように、ひとり納得するおじいちゃん主教さん。とにかく、これで私たちが落ち人だということが証明された。私たちの情報を書き記した巻物を書記の人から受け取って、パチンと閉じて封をした。


 領主さんは、急なお願いのお礼と言って喜捨の袋を主教さんに渡すと、巻物を受け取って神殿をあとにする。また徒歩十秒の距離を馬車に乗って移動だよ。これ、地味に段差を登ったり降りたり面倒なんだよね。


 領主館に戻ると、商人さんとサヴェリオさん達パーティが集められた。私たちが落ち人であることが正式に認められたことが報告され、彼らに報奨金が渡される。商人さんに払ってもらった、最初の夜の宿代も補てんしてもらえたみたいで安心した。


 領主さんがこんなに私たちによくしてくれるのは、昨日の奇跡のこともあるけれど、国に私たちを届けたらご褒美がもらえるのと、自分の領に落ち人が現れたことが名誉になるみたい。


 そしてここからは領主さんからの相談だ。この領には、近場の野獣や魔物を狩ったり、野草などを採集するような冒険者しかいなくて、護衛や領をまたぐような移動の経験がある人がいないんだって。


 だから、商人さんの行商のルートを少し外れて、サヴェリオさん達に私たちを都まで送り届ける依頼をしたいんだそうだ。私たちも、知らない人に護衛されるよりも、これまで旅してきたみんなと一緒の方が嬉しいし。


 相談を受けたサヴェリオさんは、追加の馬車を出すことに難色を示した。護衛の数に対して荷物が多く見えると、野盗に狙われやすくなるし、守りも手薄になるから。


 領主さんとの話し合いの結果、荷馬車に私たちの座席を取り付けて、幌をかけてもらうことで落ち着いた。これなら馬車を増やすこともないし、積み荷を少し減らすだけで済む。領主さんとしても、自領から落ち人を送り出すのに、お金を渋ったと思われると困るんだって。貴族もいろいろ大変なんだね。


 幌と座席をつけるために、出発はもう一日延期になった。日持ちの悪い積み荷と、座席のせいで載せられなくなった荷物は、領主さんが買い上げてくれることになった。私たちのせいで道行きが遅れることを心苦しく思っていたから、領主さんのはからいは、とてもありがたいね。


 翌日、旅装が整った私たち一行は出発する。私たちは目立たないよう、領主さんからこの世界の服を一式いただいた。麻でできた薄いカプリパンツみたいな下着の上に、足首まで隠れる茶色の長いスカート、かぶりの開衿シャツにスカートと同じ色のビスチェを着けている。


 なんとなく、オクトーバーフェストの給仕さんみたいな感じ。だけど、靴だけは日本のものを手放せなかった。こっちの靴底はぺったんこで、お手洗いのスリッパよりもクッション性がないんだもん。


 領の特産だという織物をたくさん積んで、ゆっくりと馬車が動きはじめる。ふみちゃんは酸味の強いオレンジが気に入ったみたいで、爪を黄色に染めながら食べている。七五三木さんは、聖女にまつわる資料をもらって読んでいたけれど、馬車の揺れであっという間にダウンした。退屈した私はエレーナさんに話しかける。


「そういえばさ、エレーナさんっていくつなの? 魔法を教えてもらったし、なんとなくお姉さんだと思って話してたけど」


「わたし?そうね、あなたたちよりは年上よ。今年で十七になるわ。あなたたちは成人したばっかりくらい? 十五にはならないわよね?」


 なんだって! 外国人の容姿と年齢がかみ合わないって話は聞いたことがあったけど、エレーネさんはとても大人びていて、同い年には見えない。驚いた私はついエレーネさんを質問攻めにしてしまう。


「うそっ!同い年じゃない! えっ、じゃあサヴェリオさんももしかして同い年? プリーストのオルフェーオさんはさすがに違うよね?」


「まあ! こっちこそびっくりだわ。落ち人って若く見えるのね。サヴェリオは一つ上よ。オルフェーオはそう、ずっと歳上だわ」


 うん、男性二人はなんとなく見た目どおりだった。それにしても、冒険者パーティーってどうやって組むんだろう。エレーナさんは女の子ひとりだし。あっ、あれかな、逆ハー?


「なんで三人はパーティを組んでるの? サヴェリオさんとはもしかして?」


「え! ちょっともう、急になに言ってるのよ! 私たちまだそんな関係じゃないわよ」


? エレーナさん、そのあたり、詳しく聞かないといけないことがあるようですね」


 振り返ると、寝ていたはずの七五三木さんと、みかんを食べかけのふみちゃんが目を爛爛らんらんと輝かせてにじり寄ってきていた。

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