第十九話 前編

 王都にたどり着いたランバートは、王城を警備する近衛兵に案内されて会議室に入った。部屋を丸々埋めてしまうような円卓を囲むように、第一師団副団長のグレンや第二師団団長のノエル、第三師団団長のクリス・バーガンディがいる。文章や図で埋まった紙が大量にあるあたり、何かの資料を読み込んでいるようだ。そして同じように九つある領土を統治する領主のための椅子が並べられている。国王も既に背もたれに背中を預けていた。


「ランバート・クロズリー、ただいま馳せ参じました」


 一言だけ済まし空いている席に座る。右隣にはシルヴァがいた。座った時に小さく手を振ってくれたが頷くだけで終わらせる。


 対角線上にグレンとノエルがいる。しかし、空席のままルークの姿がない。副団長の彼がいて団長本人がいないのは珍しい。何か病気でも患ったのだろうか。


 ランバートの左隣にはバナート領のジャーメイン・ヴェニス公爵とアンブロシア領のサンタ・アンブロシア男爵が座っている。サンタ男爵だけが唯一、男爵の領主なのは、彼らの領土が我々と少し変わっているためだ。彼の名前にある『アンブロシア』も襲名制、これだけでも特殊だと分かってくれるだろう。


 そして、シルヴァと話している赤髪長髪の女性はザクラス領の女公爵、エマ・カシミールだ。聞き耳を立ててみると、どうやら彼女の治める土地の中から鉱脈を発見したらしい。魔族領に近く山が多いので決して住みやすいと言えないが、今後新たな産業として大きく発展すると期待しているようだった。


 騎士団の幹部の近くにミゲル領のタリン・バーナム公爵とカスケード領のオリバー・コルベール公爵が両側を挟むように座っている。領主となって日が浅い彼らにとってこの場の空気は慣れないだろう。現に、以前顔を合わせた際に見せたあの若々しい笑顔が無い。国王の前にいるのもあって緊張しているようだ。


 (……ところで、一番目立つアイツが居ないな)


 辺りを見渡しても、真っ先に目のいくオリビネル領のテリーヌ・ポワン女公爵の姿がない。ここ、カナン領から遠い場所に位置しているから遅れているのだろうか。


 と、考えていると突然バコンと何かが打ち付けられるような音がした。それは扉を強く開けた音だった。


「すまない、準備に手間がかかって遅れてしまった」


 と、資料を片手にテリーヌ女公爵は現れた。背中には彼女の愛銃が掛けられている。


「ああ、ここね」と言わんばかりに、騎士団側に空きっぱなしの席に座った。


 生粋の魔獣狩人ハンターでもある彼女の領土は、我が国の中で最も魔族領との境界線が多い。時折迷い込む魔獣の被害が多いのでこのような生業をしている領民が多数を占めているようだ。彼女が資料を持っているあたり、オリビネル領でなにかあったのだろう。


 一人だけ座る場所を間違えている気がするが、何はともあれ席が埋まった。その瞬間に皆が静まり返る。国王がそのお体を起こしたのだ。


「無事集まったので早速始めるとしよう。まずは皆の者、急に呼び出してすまない。本日其方らにきてもらった理由は、ある物を見てもらいたかったのだ。ではグレン第一副団長、例の物を皆に見せたまえ」

「は!」


 威勢のいい返事と共に懐から布に包まれた物を卓上に置く。包を慎重に解くと、小さな装飾品が出てきた。見覚えのあるそれは、二本の剣が交わっている紋が彫られている。ここにあるという事は彼の身に何かあったことを意味する。一同、呼吸を忘れてしまう程の衝撃を与えた。


「グレン副団長、これは……」

「どういうことですか、一体何が……」

「この家紋……まさか」


 皆、各々口走った。俺もそうしたい気分だったが、とてもできそうになかった。かつて親友でありライバルでもあった第一師団長、ルーク・レミントン。彼が常に携帯しているペンダントが血塗られた状態になっているからだ。なぜそれをグレンが持っているのか。なぜ血塗られているのか。その答えはもう、一つしか考えられなかった。


「ルーク第一師団長は……お国のために殉職いたしました」


 俄かに信じがたいことだが、副団長たるグレンが言ったことだ。彼の手が震えているのをみると自責の念に囚われているんだろうと容易に想像できる。だがそれよりも確認するべきことがあった。

 

「あの師団長のことだ。簡単に死ぬとは思えないのだが……」


 テリーヌ女公がボソッとつぶやく。それに反応するようにシルヴァの口が開いた。

 

「……殉職ってことはさ、何らかの要請で行った時に起きたのかな。グレン副団長、その時の状況を詳しく教えてもらえる?」


 皆がグレン副団長の言葉に耳を傾ける。しかし、本人は無言を貫いていた。ようやく口を開いたと思えば、「このことはできるなら他言無用でお願いしたい」という。副団長は何かに怯えているようだった。

 

「かまわぬ。今から話すものは全て箝口令を敷くことにする」


 国王が了承すると副団長は一礼する。そして、思い口を開けた。


「我々第一師団はオリビネル領に駐在中の第三師団から緊急の招集を要請されました。理由は国境付近で起きた魔族との衝突によるものです」

「これに関しては私からも説明させてもらいたい」


 と、第三師団長のクリスが席から立ち上がった。


「その前に、少しばかり我々についての説明を……。第三師団は主に国境付近の警備を担当しています。近年、国境地帯周辺にて魔族や魔獣との交戦の報告が上がっているのは周知の事実かと思いますが、事後処理として報告書が必ず届きます。今回の報告書は、私の見る限り過去最大規模の戦闘行為が行われています」

「最大規模か……魔族側の兵はどのぐらいだ」


 ランバートが質問するとクリスは面前にあった資料を配り始めた。我々はそれが報告書であるとすぐに気づいた。

 

「報告書の通り、大鬼種オーガ小鬼種ゴブリン人狼種ワーウルフなどの魔族領にありがちな兵となんら変わりありません。理性が損失しているのかわかりませんが、発生時、非常に攻撃的で距離を取る間もなく交戦状態に入った、とのことです」


 指で該当箇所を刺しながら話してくれる。ひと通り説明が終わった後、一枚を取って読んでみるが、推定の兵士動員数やその規模もランバートやシルヴァの知ってる時代のそれとは明らかに差があった。


「……つまり、第三師団のみでの対処が困難になったので第一師団に要請した、と言うことだな」

「はい、その通りでございます」


 事の流れが掴めてきた。だけど、それならなぜ副団長が発言を躊躇ったのかわからない。


「クリス君、質問してもいいかな」


 シルヴァが手を挙げる。

 

「なんでしょうか」

「ここで魔族と戦闘したってことは、第一師団長は魔族に殺された……ってことだよね?」

「あ……」


 クリスは黙ってしまった。その反応を見る限り、図星みたいだ。周囲もそれを汲み取ってか、ざわつき始める。


「まさか、ありえない。ルーク団長だぞ?!」

「そうだそうだ、あんな野蛮で穢らわしい魔族相手に負けるなんて絶対にない!!」


 何人かはその事実が嘘だと思っているみたいだ。俺だってそうだと信じがたいが、副団長も黙り込んでいたことから、それは本当のことなんだろうと感じた。


「グレン副団長」


 国王が口を開くと、全員黙る。副団長は返事をすると、こう問いかけた。


「その、ルーク第一師団長を殺害した相手は誰なのか、しっかりと説明をしておくれ」


 一度時が止まったのではないかと錯覚するほど、静かな時間が流れる。そうだ、あのルークを殺したやつだ。相当な手練れであることに間違いない。グレンはその敵に遭遇している。どんな奴なのか固唾を飲んで彼の言葉を待っていた。


「敵は……白狼です」

 

 皆、『白狼』の単語を聞いた刹那、この世の終わりを告げられるような重圧感に押し潰された。


 白狼……それはかつて魔族と戦争していた頃、勇者らを超人的なスピードで翻弄し、壊滅の一歩手前まで苦しめたとされる敵の大将の一人。魔法の扱いに乏しい人狼種でありながら摩訶不思議な光りを放つ魔法を使用したとされる存在で、暗い青の体色から白銀の姿へと変貌することからこの名がついた。


「嘘だ、白狼はあの戦争で死んだはず……」

「じゃあ我々の知る勇者の英雄譚は嘘だってことになるのか?」

「そんなことないだろう。ちゃんと記録として残ってる。あれが嘘なわけあるか」

「なら、なんで白狼がここに出てくるんだよ!」



 各々、また騒いでしまう。こうなるのも無理はない。子孫であるランバートからしても、これには寝耳に水だった。だが、これでようやくわかった。グレンが話すのを拒んだ理由が。


「グレン副団長、それは本当の話なのですか?」


 隣に座っている第二師団団長のノエルがすかさず聞く。


「嘘……だったらどれほど良かったか。ただ一つ言えることは、英雄譚に登場する白狼と特徴が一致しているってことだけです。ルーク団長がやられたのも納得がいってしまう程には……」

「嘘……」


 皆、副団長の話を聞くやいなや、そんなことはない!と否定し始める。兵力はともかく、これまでの報告書を見れば数が圧倒的に多いのはこっちだ。個の力より数の力、我々の習う兵法の基本のひとつ。だが、頭を抱えながら副団長は言う。

 

「ノエル団長も、領主様方もルーク団長の腕をご存知でしょう。それでも彼はあっさりと敗北してしまった。あれはまさに、勇者一行を苦しめた白狼そのもの」

「ということは、白狼は生きていた、ということでしょうか?」

「人狼種は長命、もしかしたら生きていたのかもしれない。しかし奴は自らをと言っていました。であれば、我々の知っている白狼はしっかりと討伐されている。そして、我々の前に現れた白狼は子孫と考えるのが妥当かと」


 これまでの話から、ある仮説を思いついた。正しいのであればもしかしたら……と、ランバートは考える。

 

「グレン副団長、私からも質問をさせて欲しい」

「何でしょうか」

「その白狼とやらは魔法を使ったのか?」

「記録として語り継がれる魔法の通りの、雷を身に宿した白い獣の姿。この目でしっかりと見ました」

「もし、グレン副団長の言うように今の白狼が子孫なら、神威ウルスラグナは家系魔法だと言う事だ。あの英雄譚の中で書かれている魔法の能力からして固有魔法の類かと思っていたが……でもこれで対策は見つかるだろう。実力差があれど対策すれば報復も可能だ」

「それなのですが……」

「なんだ?」

「報復はできません」

「何?」


 親友が殺され、犯人が特定できる以上一刻も早く葬り去りたい。しかし、グレン副団長から報復できない時き理解ができなかった。


「厳密には可能でしょう。しかし、報復を実行し一歩でも領土に攻めてしまえば百年前と同等の戦争になってしまいます」

「なぜそうなる。白狼だけで戦争なるはずがないだろう?」

「魔族領に存在する騎士団の団長、そして、魔王様の側近です。軍を動かすことは奴にとって容易なものです。ここで手を出すと、痛手を負っている我々の首を絞めることになりかねません」

「騎士団の団長……それに、魔王の側近だと?なぜお前がそれを知っている」

「それは……」



 グレン副団長は言葉にするのを躊躇うも覚悟を決めたのか、白狼と何があったのかを語り出した。

 

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