第六話
木の軋む音が聞こえた。扉が開いたのだ。中から出てきたのは、小太りの男。それでもやはり聖職者、白く清らかな衣服を身に纏っている。背後に何人かシスターが並んでいる。それぞれ両手で何かを抱えているようだ。
「大変お待たせいたしました。司祭を務めております、フリスト・アントニウスと申します。エクス様とアルヴァ様ですね。大変お待ちしておりました」
「お久しぶりでございます、司祭様。本日こちらに伺った件なのですが……」
「契約の儀式でございますね。もうすでに準備の方は済ませております」
「「え?」」
その瞬間、脳内に兄さんの声が流れてくる。
((アル、ちょっといいか?))
魔道暗号だ。
((何、兄さん))
((すっかり忘れてたんだが、本来、儀式をするには事前に申し込む必要があるんだ。日数にして大体二日前から))
((それがどうしたの?))
((儀式を受けに行くと決めたのは今日の昼前だろう?))
((あ、確かに。じゃあ今日は儀式なんて無理だよね。でも、準備できてるって……))
((そう、そこなんだ。仮に執事が聖堂に文を送って急遽できるようになったとしても、申し込むことを前提としているわけだから、それなりに時間がかかるはずだ。だけど、それを済ませている……))
((俺たちがここに来るって分かってた……ってこと?))
((そう思うのが自然だな……))
((なんか、怖くない……?))
((大丈夫、俺がいる。話つけてみるよ))
この時の兄さんの顔、どこか緊張しているように見えた。でもそれが、弟の俺の中でカッコよく思える。
「では、早速取り行わせてもらいますのでエクス様は一度離れの待機室の方にお願いします。アルヴァ様はここで身支度をしてもらいます」
「あの……少し宜しいですか?」
兄さんはスッと手を上げる。
「どうされました?エクス様」
「失礼な話ですが、本来なら一報を入れなければいけないところを失念したままここまで足を運びました。ですが、司祭様は準備を済ませていらっしゃいます。どうして、本日俺たちが来るのを知っていたのでしょうか?」
所々、声が震えているように聞こえる。相手は聖職者、立場は俺たちより上だ。兄さんがこうなるのも当然ではある。きっと同じ立場なら俺もこうなってしまうだろう。
開いている兄さんの手を両手で握りしめた。
「ああ、そのことですか」
「確かに、本来受けられる方は誰であろうと前もって申し込みする必要がございます。ですが、今回ばかりは特例中の特例です」
「どうして特例なのでしょうか」
「それは我らが主、エスピル様からの神託を授かったからでございます」
「神託……?」
「はい、『近日中に領主の三男、アルヴァが儀式を受けに来るので準備を進めよ』と、私どもにお告げをなさったのです。ですので、いつ来られても良いように支度をしておりました」
「そ、そうなのですか!!」
「私も何度かいただいたありますが、個人のために神託を授けることは今までにありませんでした。アルヴァ様は好かれていらっしゃるようですね。仕えるものとして羨ましい限りです」
……好かれてるっちゃ、好かれてるのか?こうして転生してるわけだしあながち間違いではないが、なんか引っかかる。神様は気まぐれって言うし……。
「これは……喜んで良いことなの?」
「ええ、あなたはこの先、すべてにおいてエスピル様の加護が付与されることでしょう」
「良かったな、アル。父上が帰ったら早速報告しなきゃな!」
「……うん、そうだね!」
どこか腑に落ちない自分がいるが一旦忘れておくことにする。多分、気のせいだと思う。きっと変に考えすぎている。今は、純粋に儀式を受けられることに喜ぼう。
「理由としては以上でございますが、他に何か質問などありますか?」
「いえ、大丈夫です。アルをよろしくお願いします」
「こちらこそ。では、エクス様を」
「待機室まで案内致します」
指示されたシスターが兄さんの前に出ると一礼、無表情のまま、ついてこいと言わんばかりに歩き始める。
「アル、あとでね」
「うん」
兄さんは跡を追うようにこの場を離れた。
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